嘲笑えない悪戯



 良く言えば、慎重に。悪く言えば、臆病。そんな言葉がよく似合う。と、幼馴染であり、悪友とも呼べる男、ヨザックはコンラートに意地が悪い笑みを浮かべてそう述べた。酒場なのに、さしてひどい酒気のいないおだやかな雰囲気のなかコンラートの持つグラスの氷がカラン、と音を立てる。コンラートは、微かに口端を吊り上げて男の意見に同意した。
「……よく知っているさ」
 そう、一番自分がよく知っている。この優柔不断な性格を。否、そんな言葉を使用するまでもない。自分という男は、選ぶことさえしないのだから。選ぶまえに諦めている。選ぶことはしない。だのに、遠回しにもし、手に入れることができたなら……ほとんど諦めている状態で強請る。自分でも思う。面倒な男だと。しかし、いまさらこの心の奥底まで沁みついた汚れた性格を改善することはないだろう。
「あんたはそれでいいのか。そんなんじゃ、いま欲しいものは一生手に入らないぜ?」
「それも重々承知だ。もとより、手に入れられるものじゃない」
「じゃあ、なんであんなに優しくしてんだよ。大切だから、じゃねえだろう」
 見透かしているように、ヨザックは笑いグラスに注がれた酒を一気に煽り、声を低くして続ける。
「ユーリ陛下への態度。あんなの庇護欲だけじゃ、ない」
「……なら、どうした?」
 コンラートはなんでもないように、それでいてヨザックよりも暗くて、意地の悪い笑みを深くしてみせた。
「あんたは重いし、暗いぜ。あいかわらず……」
「そんな簡単にひとは変わらないさ」
 どんなに欲しても手にいれられなかったものは数多くある。例えば、愛情がいい例だ。好意を持って、それを与えてくれようとした者もいたが、一度だって狡猾した心が満たされたことはない。むしろ、より飢えて潤そうとしても心は空っぽで相手を壊してしまう。手に入れたものさえ、大切にできないなら願うだけのほうがいい。自分の代わりに欲したものを手にしたひとのほうがそれらを幸せにしてくれる。
「……ユーリには幸せになってほしい。でも、ついこの性格上、手をだしてしまいたくなるんだ」
 アルコール度数の高い酒が喉を熱く焦がすように通り抜ける。自分の罪深い行為を責めるように。
「あーあ」
 ヨザックは、つまらなそうに小さく嘆息すると、コンラートの飲みほしたグラスを見つめながらぼやいた。
「おまえさんって、本当に最低な男だよな」


 ――そうして、飲みかわした夜半も欠かさず、コンラートは行う日課がある。
 城内を巡回し、最後に自分の主の部屋へと。
「失礼します」
 なんて、言葉を口にするも窓を叩く風よりも微小く、音もなく室内に足を踏み入れる様はとても従者とは言えるものではない。側近といえども、主の部屋をこうして訪れることなど許されることではない。
 わかってはいるが、やめようとは思わない。
 すぅすぅと、心地良さそうに寝息をたてる少年王の寝台へと近づいてコンラートは彼の髪を撫でた。指をすり抜ける感覚はまるで自分の想いを現しているようだ。
「ユーリ……」
 深い眠りについているのか、ユーリは目を覚ますこともなく規則正しい寝息を立て続けている。いつものように。
 そして、コンラートも少年と同様にいつものように髪を梳いていた手を滑らし、耳元に囁きかけた。
「……愛しています。ユーリ、あなたをだれよりも」
 毎夜繰り返して彼の耳元で囁く。
 叶うことはないと知っている。もしも、さえきっとこのさき訪れるない想い。
 しかし、コンラートは何度も囁く。
「好きです。愛しています」
 自分は最低だと、言われるまでもなく自負している。
 コンラートは、何度目かの言葉を囁き終えると、主の唇を指の腹でなぞった。味わうように。
 この想いは一生叶うことはない。けれども。
「望むだけならば、心優しいあなたは赦してくださるでしょう?」
 そうして笑うコンラートの表情は、月でさえ伺い知ることはできなかった。


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