おれの息子さん
おれの息子さん
恋人いない歴=年齢なおれですが、恋人がいなくても思春期まっさかり。成長期まっさかりなわけです。日々、心身ともに成長しているわけでして……。
「あー……」
朝、起きたらおれの息子さんが起きてました。おれよりもさきに寝巻き(下半身)をおしのけておはようしていました。
いやいやいや。べつにいいんだ。たまにはある。男の子ならだれにでもある生理現象だから、驚くことはない。
だがしかし!
「ど、どどどうしよう……っ」
「……おはようございます、ユーリ。どうかしましたか?」
「い、いや? なんでもない! わけでもない?!」
「はあ……?」
普段はどうってことのない生理現象ですが! タイミングが悪すぎおれのバッテリーであり名づけ親であり、護衛でもあるコンラッドの部屋でおれの息子がおはようございます状態だったりするとはなしはべつで、す、よ、ね!
非常に、非っ常に!
と、いうわけで、おれは現在、いたたまれない気持ちでいっぱいだ。
真夜中にコンラッドの部屋の浴室にてスタツアして自室に帰るのめんどうくさがった数時間前の自分を殴りたい。
おれとおれの息子よりも部屋の主であるコンラッドは起床しすでに仕度をすませていて、若干ぴちぴちなジャージ姿のままテーブルに紅茶を用意していた。
あーどうしよう。
コンラッドの部屋だからコンラッドにちょっと部屋から出てくれなんて言えないし……って、うわ、コンラッド。用意周到ありがとう、おれの部屋に行ってジャージ持ってきてくれたのかよ。ありがたい、ありがたいけどいまはその心遣いがにくい!
ええええ、どうしよう。これはどうすればいいんだ。
この羞恥で萎えればいいのにおれの息子さんめっちゃ元気なままだし、股間を抑えながらお手洗いまでいくのもつらい。ごめん、本当にコンラッド出てってくれないかな。
もーテンパっておれ、脳内トルコ行進すぎだろ。
本当に、どうしたらいいの、この状況。
ろくに言い訳もできず、ベッドのうえで不思議そうにじっとこちらを見ているコンラッドにたいして実にぎこちない笑顔を浮かべていると――……。
「……もしかして、ユーリ。『朝立ち』ですか」
さらり、と言われた。
「え、あ……」
まさか指摘されるとは思ってもみなかった。
それに返事などできるわけもなかったが、びくり、と肩が震えてしまったので、もうこれは『そうです』と言っているようなものだ。
がっと頬が熱くなる。
「こ、コンラッドっ!」
しかもコンラッドがこっちに来るもんだから、おれは慌ててふとんのうえから息子を抑えてしまう。
「生理現象なのですから、恥ずかしがることではないですよ」
「わかってるけど、恥ずかしいもんは恥ずかしいの! っだからほんっとうに申し訳ないんだけど、トイレ貸してくれないかな……っていうか、できれば部屋を出てってほし……なっ!?」
どんどん小声になり、最終的には消え入りそうだった声のボリュームが一気にあがる。それもそうだろう。だってコンラッドがどういうわけかベッドのふちに腰をかけたかと思えば、ふとんをはがしたのだ。普段と変わらない表情で。
「男同士なのだし、恥ずかしがることはないでしょう。俺がお手伝いしますよ」
「はあ?!」
コンラッドの部屋で朝立ちをしたというだけでもパニックだったのに、コンラッドの予想もしなかったことばについにおれのキャパシティーが限界を超えた。
「大丈夫、すぐに終わりますから」
なにが大丈夫なのか、全っ然わからないんですけど!!
「――っ!」
そうしてあっという間におれは『じゃあ、お願いします』と許可もしていないのに、コンラッドにズボンをおろされ、紐パンを解かれて、現在進行形で息子さんを彼の手で慰められている。
いつだったか覚えていないが、友人と話していたときに『男同士で抜きっこ』をしたとかしないとかそんなどうでもいいことを話していたのを思い出す。あのときは『いやいや仲がいいからってそれはないだろ』みたいなことをおれは言ったような気がするけど、これはもう抜きっことかでもないし、それ以上なことをしている。
一方的に抜かれてるし、しかも仲がいい友達じゃなくて名づけ親だ。
だめだ、この状況。朝立ちしたときより意味がわからない。
「声を抑えなくていいですよ」
恥じらいを一切感じないトーンでコンラッドが言う。
抑えなくていいというが、抑えないと変に高い声が出そうで怖い。『やめて』とも言いたいが、それよりもさきに喘いでしまいそうになってくちにできない。
言い訳でしかないかもしれないけど、だれかに触られるなんてはじめてなんだ。
自分の手で射精を促す動きとはまったくちがう動きをすることにも、だれかに触れられることにも困惑すると同時に否応なく興奮してしまうのがうらめしい。
ぜったいにみっともない声だけは出さないようにしよう。そう決意した矢先、おれは自分でも聞いたことのない高い声をあげた。
「――あっ!」
コンラッドが勃起した陰茎のくびれを強く擦りあげたからだ。しかもそれだけではなく、裏筋も指でなぞるもんだからたまったものじゃない。
「や、やめ……っ!」
「つかぬことお聞きしますが、ユーリはだれかに触れられるのは初めてですか?」
なんでそんなことを教えなきゃいけないんだよ! っていうかわかってんだろ。おれ、恋人がいたことないって!
尋ねられたそれに、すでに熱をもって火照っている頬がさらに熱くなる。
思わず考えもなしに「うるさい!」と罵倒したが、コンラッドはそれをおれが初めてであると受け取ったのだろう。罵倒されたことなど右から左に受け流して「そうですか」と言い、続くことばにおれはからだの芯が急激に冷えていった。
「ならこれはいい経験かもしれませんね」
「な、に……?」
「王になると一通りの礼儀作法などを学ぶでしょう。そのひとつに結婚適齢期にもなると性も学ぶことになるんですよ。日本では『保健体育』ですかね。まあ、それよりももっと内容が濃い『房事』というものをあなたも学ぶことになります」
「……ぼーじ?」
あたまも呂律もうまくまわらないままオウム返しする。
「いわゆる、セックスってやつを学ぶのですよ」
「え、そんな……ぁあっ」
セックスを学ぶってことは、それ専門のひととセックスをするってことか? そんなのいやだ。想像しただけでもゾッとする。気持ちわるい。
しかし、同時にふっと疑問が浮かぶ。親しい間柄とはいえども、半ば強制的にこんなことをする目の前の男に。
……なんでコンラッドは気持ちわるいって思わないのか。
コンラッドはこの状況で混乱してばかりのおれのことを気にも留めずに愛撫の手を強めていく。
「こういうこともするし、されることになります。だから、今日は『房事』前の心構え、予習だと思ってください」
「や、や、やだやだ……っ!」
からだは熱いのに、心がだんだんと冷えていく。
「あなたの場合は、婚約者だから先生になるひとは『男』かもしれませんね」
そう淡々と述べるコンラッドにこの男が、業務的におれの性欲処理をしているのだといまさらながらに実感する。
それとこんな状況でおれはもうひとつわかったことがある。
「もう、イキそうですね」
「ん、ん、んっ」
言いたいことがいっぱいあたまのなかにある。だけど、どれを最初にくちにしたらいいのかわからない。それ以前に、コンラッドが言ったようにもうイキたくてしかたがなくこんがらがっている状況で出たことばは「シーツが汚れる」だった。
ばかにもほどがある。
すると、コンラッドは罵倒や否定のことばは無視したくせにばかなおれの発言には「ああ」と相槌を打ち、さらに予測不可能な行動に出た。
「シーツが汚れるのがいやなら、」
そう途中でことばを切ったことに嫌な気配を感じ、コンラッドのほうへかおを向けた瞬間、彼は躊躇いもなく勃起したおれのものをくちにふくんだのだ。
「ひっ」
悲鳴とも喘ぎともつかないこえが喉奥からこぼれる。
手で触れられる、ということだけでもたえきれないほどの快感と羞恥でいっぱいだったのに、くちでされるなんて。
未知の快感に本当にあたまがおかしくなる。
『おかえりなさい、陛下』と帰ってくるたびにやわらかい声とともに動くあのくち。
『ユーリ』とおれに名前をつけてくれたコンラッドの口内の温度を知るなど、想像もしたことなかった。
まじで意味がわからない。なんでこうなったんだ。
こうなるんだったら、恥を捨ててそそくさとトイレで処理すればよかったと後悔する。
おれの屹立を全部口内にふくんだり、さきを吸ったりされて、快楽やら羞恥やら罪悪感、絶望感といろんな感情が混ざり合って涙が出てきた。
「……っ、も、でちゃ、うから! はなして……!」
ちからのはいらない手を必死に伸ばして、愛撫を続けるコンラッドの髪をつかむ。
「いいですよ、このままイって」
なにがいいんだ、バカ!
あれか、口内射精ならシーツ汚れません的なことが言いたいのか、あんたは!
全っ然、良くない!
歯を食いしばって、射精感を耐えるが一切こういった経験がないおれの忍耐力なんてあってないようなもの。
ヨザック曰く『夜の帝王』と呼ばれた男に敵うわけもなく……。
「――あ、ァっ!」
コンラッドの口内に吐精をしてしまった。
もうやだ、穴があったら入りたい。穴がないなら穴を掘って埋まりたい。
なんて心底思うが、そういうわけにもいかずにおれはおそるおそる脱力しきったからだを叱咤し上半身を起こして――絶句する。
こくん、とわずかにコンラッドの喉仏が上下したのが見えたからだ。
「……の、飲んだ?」
尋ねなくてもいいことを尋ねたおれもアホだが、それにたいしてコンラッドの「シーツ、汚したくないとおっしゃいましたので」
と平然と返されさらには「もう少し落ち着いたらロードワークに行きますか?」と言われておれは目の前が真っ赤に染まった。
コンラッドはあくまで『主であるおれの性欲処理をしただけにすぎない』そして『房事がどういうことであるか教えた』だけなんだと言われたような気がして。
「……コンラッドのバカヤローっ!」
だって、わかっちゃったんだ。
この男がおれは好きになっていたと、こんなマヌケでありえない状況で。
「――っていうことが、あったな」
「ありましたね。枕のなかにある羽が舞い散るくらいの勢いで投げつけられましたね」
「あれだけですんでよかったと思ってほしいくらいだっつの! いたいけな純情な少年の息子を弄んだあげく、あんな辛辣なことば投げられて……っ! 上様降臨しなかっただけありがたいことだぞ」
あの日のことを、ふと思い出してちょっと腹がたち思わず、となりにいるコンラッドに指をさせば「ひとに指をさすのはいけませんよ」と注意された。もっともだと思うけどあんたに言われたくない。
「っていうか、ほんとあれで自覚するなんて……」
言うと「自覚ですか?」と返されわかってるくせにとは思いながらも「恋愛感情をあんたにもってたってことだよ」と返答するおれはなんてやさしいんだろう。(最後のほうはぶっきらぼうな物言いになっちゃったけど)
「いまさらだけど、なんであんなことしたんだよ」
問うとコンラッドは「もういいかなって思ったから」と答えた。
「は?」
「……あなたにたいして恋をしていると自覚していた当初はこの想いは一生秘めておこうと思いましたが、あんな可愛らしい姿を拝見したらだめでした」
まったく可愛いとは思わないが、あんなと言ったそれはおそらくおれの息子さん朝から元気だったことをさしているんだろう。
なんと言っていいのかわからず、とりあえず黙秘をするなか、コンラッドが話を続ける。
「このさき黙っていれば、いつかはだれかと手を繋いだり、キスをして、からだを重ねるときがある。……ユーリがしあわせならばと俺はいわゆる『片想い』で一生を終えることになっても笑顔を浮かべる自信はありますが、嫉妬しない自信はない。心からあなたのしあわせを願うことはできないなとあのとき思ったのです」
たしかに。さきのことなんてわからないが、あのとき、あんなことをされなければおれはコンラッドが好きなのだと自覚しなかっただろう。もしかしたら、ヴォルフラムでもなくほかのひとと付き合う可能性もあった。
「とはいえ、あなたに告白する勇気もなかったので、ならばいっそのこと嫌われてしまえばいいと考えまして、あのような暴挙にでたのです」
「……告白する勇気よりもあんなことするほうがよっぽど勇気がいると思うけどな」
言えば「そうですね」とコンラッドは肩をすくめる。
「でもあのときは、内心その事実にショックを受けていてあたまがまわっていなかったのだと思います。いまならもうあんなことできません。まあ、いまはそのような必要もありませんけれど」
最後に茶化してきたコンラッドの頬をおれはぎゅっとつねる。
「痛いですよ、ユーリ」
「痛くやってんだよ、バカ」
そりゃいまは必要ないと思うけど、言わなくてもいいだろ。頬がわずかに熱くなるのを感じると、コンラッドはおれの頬が赤くなったのがわかったのか「かわいいなあ」と言った。
かわいい、と言われるのは正直男としてどうなのか、と思うがその声音がどこか甘くてうれしそうに言うもんだからなにも言えなくなる。
「さきほどの話の続きですが、嫌われたいと思っていましたが、最中あなたは本気で俺を拒まなかったことにたいして、うれしかったです。もしかしたら……なんて考えもしましたしね」
「……そこらへん、意地が本当に悪いよな。あんた」
「ですね。……ごめんね、ユーリ。でもいまあなたがこの腕のなかにいてくれることはいつだって夢のように思うしとてもしあわせです」
コンラッドは本当に意地が悪いし、バカだ。
そのことばを口内で転がして、おれは彼の胸にかおを埋める。
あの朝、おれはとんでもないことをコンラッドにされて、傷つけられた。それこそもうコンラッドのことなんて知るかよってなって、彼の部屋なのにコンラッドを追いだして数時間引きこもったぐらい。
でもそのとき、やっぱりわかったんだ。引きこもって怒ったり、泣いたりした。だけどそれは『コンラッドはおれのことを好きじゃないんだ』ってこと。
あのあと数週間はぎくしゃくはしたけど、最終的にはおれが告白して、いまはこうして付き合っている。
コンラッドは『あなたに嫌われたら、どこか遠くに行くつもりでした』と告白したときにコンラッドは言ったが遠くに行かなかったってことは『嫌われてはいないという自覚はあった』ということだ。
何度もいうけど意地がわるい。
でも、思うのにそんな男を好きになって、彼と同じようにこうしてベッドでふたり寄りそうことを『しあわせ』だと感じる。
コンラッドが『意地のわるい男』だとするならおれは『ダメな男』なのかもしれない。
あの朝の出来ごとはいま思い出しても、恥ずかしいがあの朝がなかったらおれたちは『恋人』になんてならなかっただろうから、おれは早起きした息子さんをちょっとだけ心のなかで感謝した。
END