パシャリ!


『なにか欲しいモノ、ある?』
 正直、自分で尋ねながら彼が欲しいものを言ってくれるとは期待していなかった。
 尋ねると案の定困ったように笑い「うーん」と唸る姿におそらく『なにもありません』か『なんでもいいです』という答えが返ってくると思ってのに、やはりひとの心というのはそう簡単にみえないものだ。
『……なら、カメラをお願いします』

「――まさか、カメラが欲しい。なんて言われるとは思わなかったな」
「ん? なにか言ったか?」
 無意識に呟いていたらしい。有利は、勝利に「なんでもない」と首をよこに振り、ふたたびずらりと並んだカメラに目を移し、吟味する。しかしどれもこれも失礼なはなしだが、素人の目には同じようにしかみえない。
「でも、まさかゆーちゃんがカメラを欲しがるなんて思わなかったな。ただの野球バカだと思ってた」
「ゆーちゃん言うな。そんでもって野球バカでわるかったな」
 普段ならもっと隣のいる男に対して文句を言うが今日はそれをどうにかして抑える。ここでケンカなんてしたら、カメラが買えなくなってしまう。
 コンラッドがめずらしく『欲しいモノ』を言ってくれた。そのあとすぐに『無理ならいいので』と彼は続けたが、あの物欲の薄い男なにより、いつも世話になっている男が欲しいと言ったモノ。
 最初は通販で買おうかとも思ったが、説明がよく理解できずここはやはり自分の目で選んだものがいいのかもと思いなおし、けれど自分ひとりではなにがいいのかわからず有利は電気機械系統に詳しい兄である勝利に一緒にカメラを選ぶのをお願いしたのだ。
 実際カメラを選びに無難だと考え『秋葉原へ行こう』と提案すると勝利は『秋葉原よりも新宿で買ったほうがいい』と言われた。勝利いわく『秋葉原で買うひとは欲しいものがどういうものか知っているひとが行く。素人が行くところじゃない』らしい。たしかに言われてみて、以前友人と言った際、数が多くてよくわからなかった。なので、少々勝利の発言にムっとしても、今回は勝利のフォローがなければことが進まないのでがまんするしかない。
「カメラで一番いいのは一眼レフかもしれないけど、でかいし、本格的なものを追及しないんだったらデジタルカメラで充分だと思うぞ。重さもないし、友人のなかにはデジタル使ってるやついるしな」
「……かめこ?」
 知らない用語に小首を傾げると勝利はハッとして「あっ、いやいやなんでもない!」とぎこちなく笑う。気にならないかといえばうそになるが、おそらくその用語はオタク用語なのだろう。わざわざ突っ込んで聞くほどでもないと判断し、有利は一眼レフではなくデジタルカメラに目をやった。
 たしかに小ぶりだが、デジタルカメラだと眞魔国で充電できないかもしれない。さて、どうすべきか。
 コンラッドに良いカメラをプレゼントしたい。としか考えていなかったことにいまさらながら後悔する。充電もさることながらデジタルカメラだとデータ保存なわけで、すぐにデータを写真に現像できないし、持ち帰るにしたっていつもポケットにSDを突っ込んでなどいられない。インスタントカメラは、と思ったがそれも同様だ。
「……あのさ、勝利。充電しなくて済むやつで、その場で現像ができるカメラってない?」
 我ながら、なんてわがままなカメラを要求しているんだと思ったが、欲しいカメラの理想はこれなのだ。言うだけ言ってそこから妥協していこうと尋ねてみる。
 おそらく、鼻で笑われると思っていたが、勝利の返答は予想外のものだった。
「あるよ」
「え?」
「だから、あるよ。充電しないで、その場で現像できるヤツ」
 ……まじですか。

* * *

「――はい、これ」
 スタツアをした日の真夜中。こっそりとコンラッドの部屋に訪れた有利は厳重に幾重にも水に濡れないようにビニール袋で包んだ箱を男へと手渡した。
「あんたが言ってた欲しいモノ」
 妙にとげとげしい言い方をしてしまった自分に失敗したな、と思う。『なにが欲しい』と尋ねたのは自分なのに、どういうわけだかプレゼントを渡すと変に気恥ずかしい気持ちになる。
「ありがとうございます。……いま、開けても?」
「どうぞ」
 しかし、彼は突っぱねた口調を気にしていないようで嬉しそうな笑みを浮かべ有利が座る円卓テーブルの向かいの椅子に腰をかけ、包装紙を丁寧にはがしていく。その様子をちらり、と盗み見て有利は紅茶カップを手にとりにやけそうになるかおをどうにかカップで隠した。
 言えはしないが、自分はこの男が好きだ。恋愛感情として好きになってしまった。
 それを自覚してからはこの想いを悟されないよう気をつけている。こっちの世界では、同姓愛が認知されているとはいえ、それが恋愛対象の相手となるとはなしはかわってくる。おおよそのひとはノーマルだと思うし、自分もけして元より男が好きだったわけではない。コンラッド、だから好きになってしまった。
 かおもよく性格もいい男であるコンラッドからしてみれば、相手などよりどりみどりなわけで、なにより、彼は自分のことを恋愛感情ではみていないだろう。
 魔王のくせに一切の知識と教養がない自分を心配してくれているだけなのだと思う。
 だから、言わない。
 言っていまの関係が崩れるようになったら、きっと自分は泣いてしまう。
 結果がわかっていることはしない。
 ふたたびコンラッドが自分のとなりにいるだけで十分だ。そう思う気持ちが自分を臆病にさせているとも思う。
 そうして、若干物思いにふけているとコンラッドが「珍しいかたちをしていますね」とカメラを取り出した。
「ああ、それポラロイドカメラっていうんだ」
「ポラロイドカメラ?」
 オウム返しする彼がかわいいと思う自分は末期なのかもしれない。
「最初はもっとちゃんとしたカメラにしようと思ってたんだけど、こっちで使うとなるとあんまりでかいのも不便だし、デジタルカメラだと充電できないだろ? だから、電池式のヤツ。なかにフィルムも内蔵されてるから撮ったらすぐにその長細い所から写真がでてくるってわけ」
「へえ……」
 物珍しそうにしげしげとコンラッドはポラロイドカメラを見つめる。
「……しかしこんな高価なものをプレゼントしてくださって恐縮です」
「あんたが思ってるほど、そんな高いモノじゃないよ。いま、写真を撮るのが流行っているみたいだし」
 勝利曰くいま、写真を趣味で撮る女の子が増えているらしく、ポラロイドカメラやデジタルカメラを買うひとが急増しているそうだ。
 とはいえ、正直なはなしをすると短期間のアルバイトしかしない自分からすれば手軽な値段でもなかったし、今度新しい野球用具を買おうと溜めていた貯金も使ったくらいの値段だった。なのに、そんな高いモノではないと言ったのは見栄だ。
 以前なら、こんな些細なことでうそをつくようなことはしなかったが、好きなひとのまえでは格好わるい姿を見せたくないというやつだ。
 ああして小さな見栄を張るたび、情けないと思う反面、こんなことをするほど自分は彼が好きなのだと実感する。
 有利は、椅子から立ち上がりふらふらと室内を見てまわる。そうして、シンプルな部屋に似合わないのに関わらず棚の一番いい場所を陣取っているアヒルのおもちゃ――通称あひる隊長を手にとりそれをみつめたまま、ふと、思ったことをコンラッドに尋ねた。
「なあ、それであんたはなにを撮るの?」
 何の気なしに言ったそれにコンラッドは思いもがけぬ答えが返ってきた。
「……好きひと、ですね」
「え、」
 驚いて、勢いよく有利は振り向いた。
 振り向いたさきにあったのはコンラッドではなくポラロイドカメラのレンズ。
 ――パシャリ。
 シャッターが切れた音が妙に室内に響く。
 好きなひと、というワードと男のとった行動に思考が停止する。
 どういうわけだか、コンラッドも混乱しているようだ。ゆっくりとカメラが下がると自分と同じような表情を浮かべていて『ジー……ッ!』とこれまたゆっくりと現像された写真がはらり、と床に落ちた。
 写真に目を移す。
 そこには、ピントがあわなかったのだろう。ブレた『渋谷有利』が写されていた。







 
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