お届け物です!3


「あーやっぱり天気のいい日はからだを動かすのが一番だよな! 気持ちいいっ」
 有利は組んでいた腕をぐっと空へと伸ばす。気持ちのよさに思わず鼻歌まで出てしまう。
 年末年始の繁忙期を過ぎて、気がつけば季節は春。あたりはもうすっかり桜が満開になっていた。
 日課であるロードワークの時間帯。朝もはやいこともあり、桜の名所である噴水公園にはちらほらと数えるほどしかひとがない。
「なんかすっごくぜいたくしてる気分」
 春とはいえ、まだ頬を撫でる風は若干冷えているが、ロードワークで温まったからだにはちょうどいい。
 有利はそばにあるベンチに汗を拭いながら腰をかけて一息つく。ちらちらと桜の花びらが舞う景色もまたきれいで自然と笑みがこぼれた。
「おはようございます」
 と、ふいに声をかけられて有利は右を向き、驚いた。
「……コンラッド?」
「はい」
 イケメン、というのはずるい生き物だと思う。自分と同じくジャージを着ていてもオシャレにみえるのだから。しかも彼の背景には少女漫画によろしくリアルに桜が満開だから爽やかな笑顔が通常より三割増し。
 有利は声をかけてきた男――コンラート・ウェラーの放つキラキラオーラに圧倒されつつ「おはよう」と返せば、コンラッドはうれしそうに笑みを深くした。
 ……やばい、太陽のひかりよりもこの男、まぶしい。
「奇遇ですね。まさかこんなところであなたに会えるだなんて思いもしませんでした」
「それはこっちのセリフだよ。コンラッドも朝、走ったりするの?」
「ええ。毎日ではありませんが、休日や時間に余裕がある日には走っていますよ。……あの、となり、座っていいですか?」
「あ、うん! どうぞ!」
 有利は言い、コンラッドがベンチに座れるようからだをずらしてスペースを作る。
「っていうか、ひさしぶりだな。こうやってコンラッドと話すの」
「そうですね」
 宅配で森本さんの家ではち合わせしたあの日以来、なかなかコンラッドとかおをあわせることがなかった。繁忙期に突入する寸前だったこともあり、かおをあわせると言っても互いにトラックに乗っていてすれ違いに会釈する程度だったのだ。
「あー……年末年始。思いだすだけでもおそろしい」
「ですね。クリスマスプレゼントやおせちで通常の倍の荷物がセンターに溢れて大忙しでしたから」
「そうそう! あたりまえのことだけど荷物は時間厳守だから普段以上にご飯は食べられないし、荷物は多いしでてんわやんわだったもん。覚悟はしてたけど、体力の消耗が激しくて」
 久々に会ったわりにはぎくしゃくすることなく、同業者あるあるではなしは盛り上がった。が、そのうちに有利の腹がちいさく音を鳴らす。朝食を摂るまえに走ったのだから働き盛りの食い盛りの二十代には当然のことなのかもしれないが、腹の音を聞かれたのかと思うと恥ずかしい。有利は照れくさそうに笑う。
「えっと……なんか、ごめん」
「謝ることではないですよ。俺もそろそろ腹が減ったなと思っていたところです。もしよかったら一緒に朝食を摂りませんか?」
 以前ラーメンを一緒に食べたときも思ったが、まだ数回しかかおをあわせていないのにこうして誘ってくれるのが有利はちょっと不思議だった。しかし、だからといって迷惑とは思わないし、むしろ彼と一緒にいる時間は穏やかで心地がいい。コンラッド、という男はいままで出会ったきたひとのなかでも不思議な魅力があるなと有利は改めて思う。
 今日は休みだし、せっかく会ったのだからと有利は一緒にコンラッドを朝食を摂ることにした。桜も満開なのでなら花見もしようということになり、コンラッドと公園のとなりにあるコンビニエンスストアでおにぎりに飲み物。それとからあげにちょっと寒いから汁多めのおでん。今回は割り勘で買ったそれらを持って再びベンチへ。朝飯にしては豪華というか量が多い気もしたがたまにはこういうのもいいだろう。友人とご飯を食べることはそれなりにあるが、朝食を一緒にというのは何年ぶりだろう。それを思うと無性にわくわくしている自分がいる。
 購入したものをふたりで座るベンチに広げ、さあ食べようというとき「くしゅん」と有利はちいさくくしゃみをした。どうやら、走って掻いた汗でからだを冷やしたらしい。風邪はひかないと思うが、上着を家においてロードワークに向かったのは失敗だったな、と冷えた腕を温めるようにさすると肩になにかが触れる。
「もしよろしければこれをどうぞ」
 肩に掛けられたのはコンラッドのジャージだった。
「えっ」
 驚いてこえをあげれば「すみません、汗臭いですかね」と見当ちがいなことを言われて、有利は慌てて首をよこに振る。
「いやいや、そういうことじゃなくて! これじゃ、あんたが寒いだろ!」
 心遣いはうれしいがそれで彼が風邪をひいたら困る。肩に掛けられたジャージに手をかけ、返そうとしたが、その手にコンラッドの手が重ねられる。
「ふだんは上着を持ってジョギングなどしないし、俺は寒くないので気にしないでください」
「そう言われても……」
「ほんとうに平気ですから。ユーリが心配だし、迷惑でなければ、どうぞ使ってください。ほらこのとおり手もあたたかいでしょう? ……ね?」
 重ねられた彼の手が自分の手をぎゅっと握る。しかも前回同様、強く言われたわけではなくあくまで控えめに「ね?」とお願いされてしまうとどうにも拒否ができない。
「それじゃあ……お言葉に甘えて」
「はい」
 どうして自分はコンラッドの『お願い』に弱いのだろうかと考えながら借りたジャージに腕をとおす。一系細身にみえる彼だが、借りたジャージは思いのほか自分にはサイズが大きかった。
「……ねえ、コンラッドってなんか香水使ってる?」
「いえ。どうかしましたか」
「いや……。なんでもない」
 なんかさっぱりしていて安心する匂いが鼻をかすめたのだ。でも、香水をつけていないということは、気のせいだったのかもしれない。
 ――そうして、互いに買ったものを分け合い食べていると話題は同業者あるあるから野球へとかわった。どうやらコンラッドは野球が好きらしい。自分も野球が好きなので趣味の話ができると思うとテンションがぐんとあがる。
「コンラッド、野球好きなんだ」
「ええ。アメリカにいたときはレッドソックスのファンでね。よく球場に足を運んでいました」
「へえ、いいなあ! おれは埼玉西武ライオンズが好きなんだ」
 久しぶりに野球の話をしたことでか、有利はまだ小さかった頃、野球教室であったことを思い出す。
 最初は自分に向かってくるボールが怖かったこと。そしてそれを聞いてくれた講師の選手がおびえる自分を背中から抱きしめるようにして支えるようにして、もうひとりのプロの野球選手が投げたボールをキャッチしたこと。
「……そのひとが言ったんだ。『いまきみはプロの選手が投げたボールを受け止めた。それでも小学生の投げる球が怖いのか?』って。いま思えば投げられたボールは超スローボールだったんだろうって思うけど、あの出会いがなかったら野球が嫌いになってたと思う」
 それだけじゃない。あれがなければ、野球と関係なく怖いことや嫌なことがあれば逃げ出すようなやつになっていたのかもしれない。
「それはとてもすばらしい出会いですね。それで、ユーリはいまも野球を続けているんですか?」
 言われて、有利はわずかに口角をひきつらせた。
「あー……えっと、いまはやってない」
 アレはもう過去のことでなんとも思っていないはずなのに、無意識に声のトーンが低くなる。それをあわてて取り繕うとしたが、こちらの心境の変化を察したのか「なにかあったんですか?」と問う。
「……いや、べつにおもしおくもないはなしだよ」
 そう。アレは大きなトラウマでもなければ、わざわざはなすようなことでもないなんでもないはなし。だから聞いてもつまらない話でふだんならはなしを逸らすのに、気がつけば有利はアノ話しをぽつぽつとしゃべりはじめていた。
 中学生時代のはなしだ。とある練習試合でのこと。相手チームはリトルリーグ、全国ベスト四位にまで進んだ強豪チーム。一方自分のチームはお世辞にも強いとはいえない初心者の集まりで毎日監督に怒鳴られ扱かれていた。そんなレベルの違う練習試合、三年性がケガをして出られなくなったかわりにライトに入った一年生が手にしたボール。本来ならカットホームしなければならないところを経験の浅い彼は判断で投げたボールが試合の勝敗をわけた。練習試合とはいえ勝負は勝負。くやしいのはわかる。チームもその一年生もくやしかっただろう。気持ちはみんな同じはずだったのだ。けれど、監督はくやしさから出たとは思えない暴言をその一年生に試合後、言い放った。
『あんなこともできねーならやめちまえ!』と。
 いや、それだけではない。退部届けを出せと監督は言ったのだ。
『お前には野球をやる資格がない』
『お前みたいな役立たずに使っている時間はない』とも。
 監督はもしかしたら焦っていたのかもしれないといまは思う。でなければあのとき『もっといい部員を入れなきゃ勝てない』なんて言わなかっただろう。けれど、どんな理由があったにせよ、あんな風に怒鳴りつけ、ましてや相手チームにも聞こえるように言うのはどうかと思う。
「……で、気がついたときにはおれ、ガツーン! と、監督を殴っちゃっててさ。我ながら短気だと思うけど」
 考えなしに殴ってしまったことを思い出すとお恥ずかしいかぎりだ。でも、自分の怒りをどうしても抑えることができなかった。
「奮起させるためにはっぱをかけるんならいいと思う。でも、そうじゃないって思ったんだ。万年ベンチの補欠部員だったからよけいかな。ことばの裏には敏感だったんだ」
 言えば、コンラッドは「それであなたは後輩のために部活をやめたんですか」といい、有利は思わず苦笑した。
「……そんな美談じゃないよ」
 思い出すたびに考える。
「才能の芽がでないことに嫌気がさして、おれは辞める機会をうかがってたのかもしれない。……補欠で三年間をおわらせるのが格好わるいから、無意識に格好よくされると思ってあんな行動に出たのかもしれないって思うんだ」
 あのあと、監督は態度を改めたと聞いた。殴る、なんてことをしなくても自分たちのチームはよくなっていたのかもしれない。あのときの答えたんて一生わからない。けれどただ結果として、チームを抜けたと同時にボールやミットに触らなくなったというだけだ。
「なーんかオチもない話をしてごめんな」
 話おわったあとの妙な沈黙が耳に痛くてわざと声のトーンを高くし、居心地のわるい雰囲気を払拭しようとすれば、ぽつり、とコンラッドがくちにしたセリフに有利は思わず目を見開いた。
「なぜ、野球をやめたんです?」
「え」
「それはチームを辞めた理由でしょう。野球をやめた理由じゃない」
 言われて、有利はくちを噤む。
 ……たしかに言われてみれば、そうなのかもしれない。
「……なんでやめちゃったのか、わかんない」
 これだ、というはっきりとした答えが見つからず正直にいまの気持ちを述べて、コンラッドを見れば彼はやわらかく目を細めて笑顔を浮かべた。
「じゃあ、まだやめてないんじゃないですか? 野球」
 彼のことばに肩がすっと軽くなる。
「なあ、コンラッド」
「なんです?」
「……おれ、野球していいのかな」
 有利は自分の手のひらを見つめ、その手を開閉させる。
 ひさしぶりボール。それからミットを触りたい。
「ええ、だってあなたは引退していない」
 言われて有利は胸と目がしらがきゅっと熱くなった。




next

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -