>>たまねぎスープの泣かせ方(title 衡行)



 大人ってずるい。
 だってなんでもわかっている風なんだもの。
 大好きな父親である、ユーリとヴォルフラムの元から離れ、カヴァルケードに留学し、日々王女になるべく勉強をしている。
 大好きなお父様に毎日会えないのはさびしいけど、いつまでも甘えてばかりじゃいられない。いつかは自立した女性にならなければいけないとわかっているから、がんばったぶんだけそれはきっと自分のちからになり、いつかはユーリたちの役にたてる。そう信じているから。
 でも、こうして眞魔国――大好きひとたちのいる血盟城に帰るときは、めいいっぱい甘えてさびしかった心を埋めて帰る。
 しかし、みんながみんな私のことを受け入れてくれないのが、現実だと、風に紛れて聞こえる私への批難の声を拾うたびに痛感させられる。
 しかたのないことだ。批難の声を否定する権利など私にはないのだから。
『魔王』とは『魔族』とは実際どういうものなのかもしらず、はなしで聞いていたことを鵜呑みにして私はユーリを暗殺しようとしたことは、ユーリが許してくれたとしても、許されない罪であることには変わりない。私の一生を持って償わなければならない罪で、ユーリのことが好きだからこそ、私が犯した罪を許せないひとたちがいてもおかしくないのだ。一般的に考えれば、暗殺を行おうとした者を自分の子にするなどありえないはなしなのだから。
 風に紛れた批難のこえは私が受け入れるべき罰なのだ。それがどんなにひどいもので、心を切り裂かれるような痛みを持ってしても、決して涙をみせてはいけない。
 もちろん、それは私の罰ということもあるけれど、私が泣いてユーリたちの悲しむかおなど見たくないから。
 なので、批難の声はユーリがいないときにしか聞くことはない。
 ユーリやヴォルフラムは私が帰ってくると知るとかならず遊んでくれる。しかし、お父様たちは忙しい仕事の合間をぬって遊んでくれるので、一定の時間がくればふたたび仕事へと戻る。それをさびしいと思うけど誇らしいと思う気持ちのほうが強く、不満を感じることはない。
「また仕事が終わったら遊ぼうな」
 と、名残り惜しげに私のあたまを撫でつけたユーリとヴォルフラムを見送り、私はそっと息を吐く。
 広い部屋でひとりになると甘やかされて、愛されたぶんだけ幸福を感じる半面、囁かれた罪の声にときおり押しつぶされそうになる。そうしてやわらかいソファーにからだを横たえひっそり痛みに耐えているとふいにドアをノックする音が聞こえた。
「グレタ。いるか?」
 聞きなれた声にあわててからだを起して扉を開ければそこには相変わらず眉間にしわを寄せているグウェンダルの姿。一見、強面にみえるひとだけど、普段よりも眉間のしわが一本少ないのがみえて私はうれしくなる。グウェンダルもまた私の大好きなひとのひとりで彼も私を好いてくれている。
「どうしたの? ユーリたちと一緒にお仕事じゃないの?」
 と、問えば「ユーリはギュンターと歴史の勉強、ヴォルフラムは新兵の剣の指南をしている」と彼は答え、それから大きな手で私の手をやさしく握って、部屋のそとへと連れ出した。
「どこに行くの?」
「……厨房」
「お腹すいた?」
「すこしな。グレタはどうだ?」
「私もすこしだけお腹すいたかも」
「そうか」
 グウェンダルは口数がすくない。一緒にいるときは私ばっかりしゃべっている。でも、それがいやだと感じないのは、相槌してくれる彼が私のはなしを促してそれがやわらかい口調で口端にほんのすこし笑みがみえるからなんだと思う。厨房につくまで私はいろんなはなしをした。学校のこと、ともだちのこと。グウェンダルが教えてくれたクッキーをベアトリスにあげたらとても喜んでくれたこと。
 そうしているうちに厨房に到着し、グウェンダルお手製の胸元にねこの刺繍のあるおそろいのエプロンをみにつけた立ったカウンターにはやまもりのたまねぎを見て私は目を丸くする。
「たまねぎ、いっぱいだね」
「ああ。グレタに新しい料理を教えてやろうと思ってな」
 そう言ってたまねぎをみじん切りするように指示をされる。最初のうちはなにも感じなかったのだが、たまねぎを刻んでるうちに目がちくちく痛みはじめて動かしている手を止めようとするとグウェンダルは「手をやすめるな」とすぐさま指摘され怒られているわけではないのに、からだがびくりとすくんだ。
 だってこうして注意をされることはすくなかったのだ。
 目がひりひりするのに。
 ちょっとでも休んじゃだめなのだろうか。
 目が痛いからちょっとだけ、とお願いしようと開いたくちは被さったグウェンダルの声にかき消された。
「だって、」
「泣きたいのなら、泣いていいんだ」
「……え」
「強がる必要などない。痛いのなら泣けばいい。我慢できないのなら泣いていいんだ。私はだれにも言わない」
 最初ウェンダルがなにを言っているのかわからなかった。でも、言って私の目をまっすぐに見る彼に私はとうとう堪え切れなった涙があふれ出してしまう。
「まだたくさんたまねぎが残っている。グレタ、手を動かせ」
「……うん」
 あの瞬間、グウェンダルが私になにを言いたかったのかわかってしまった。私はさっきよりも速度をあげてたまねぎを切り始める。ぼろぼろ涙を流しながら、頬に伝うそれを拭うこともせずにたくさんのたまねぎを刻み、熱した鍋にバターを溶かし刻んだたまねぎが飴色になるまで炒めて、できたのはたまねぎがとろとろになったスープ。
 それをふたりしかいない厨房のテーブルで食べる。めいっぱい泣いて体力を消耗したせいか、美味しそうな香りに食欲をそそられ、ちいさくお腹がなるとグウェンダルが笑う。
「……おいしいか?」
問われ頷くとグウェンダルは「そうか」と言って私の頭をぽんぽんと撫でる。
 きっとグウェンダルはわかっているんだと思う。私の心に掬う不安や、恐れ。それからたまねぎを刻みながら流した涙がぜんぶたまねぎのせいじゃないってことも。私が隠しているもの、知っているんだろう。
「おいしいけど、ちょっとだけしょっぱいね」
 と、鼻をすすりながらいえばグウェンダルは頷いたけど「はじめて作ったにしては上出来だ」と私を褒めてくれる。
「ちょっとおなかが空いたらこんどから作ろうかな」
「ああ。そのときはぜひ私にも食べさせてくれ」
「うん。……あの、グウェンダル」
「なんだ?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
 とろとろのやさしいたまねぎスープは、からだだけじゃなくて、心もすっかりあたたかくしていく。
 ああ、大人ってずるい。
 なんでも知ったようなかおして知らんぷりをしていると思ったらさりげなく手を伸ばしてくれる。
 耐えることが唯一の解決方法だと思っていた私に新しい解決方法をなにも言わずに教えてくれる大人ってずるい。
 ずるくて、やさしくて、こんなにもあったかい。


END


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