>>その名をいつか忘れても(title everlasting blue)



 最初なにかの罰ゲームなのかと思った。
「あなたが好きです」
 十六年間生きてきて、初めて告白されたのは男。しかも公衆の場。公衆の場と言ってもみんな帰宅ラッシュで早足で通りすぎていく道の隅っこのほうで、大声で告白されたわけでもないのでおれ以外だれも告白されてるなんて思いもしないんだろうけど。
 それでも学校が終わって、コンビニで雑誌を立ち読みしてコンビニから出てさあ帰ろうって思っていたときに突然、腕を掴まれてなにがなんだかわからない状況下。そしてトドメの告白。
「はあ……」
 自分の置かれている状況に追いついていけず、ようやくくちからこぼれでたことばはあまりにも間抜けなものだった。
 罰ゲーム。そう脳裏に一瞬よぎったがそうではないことはすぐに理解できた。まず目の前の男性とは初対面。しかも相手は高そうなスーツを着込んでいる社会人だ。社会人が罰ゲームなんてする暇なんてないだろう。それにかおの整った外国人さんだ。
 なにより罰ゲームならこんな必死で泣きそうな表情なんてしない。
 だけどくりかえし言わせてもらうけど、このモデルなんじゃないの? と思うほどに顔立ちのこのひととは初対面なのだ。
「ずっと、あなたを探していたんです。あたまのおかしいひとだと思われてもしかたがありませんが、俺はずっとあなたに会いたかった。つぎに生まれ変わるときには、対等な立場でいられる世界で逢えることができたならあのとき言えなかった想いを伝えようと思って生きてきたんです」
「えっと……」
 生まれる前からおれを探していたなんてなに夢見がちな怖いこと言ってんだこのひと。
 やばい、これは逃げたほうがいいのかもしれない。
 そう思って一歩後ろにさがった瞬間、焦ったようにくちにしたセリフにおれは目を見開いた。
「待ってください、ユーリ!」
『ユーリ』
 それは間違えなく、おれの名前。驚いて固まったのはこのひとがおれの名前をなぜ知っているか、ではなかった。
 毎日のように呼ばれる自分の名前を彼がくちにしたのがやけに懐かしく鼓膜を震わせたから。
 だれが呼んでも同じはずの『ユーリ』がちがう。
 懐かしい、だけじゃないおれは『知っている』。こうしておれの名前を呼ぶひとを待っていた。
「こ、コンラッド……?」
 無意識にこぼれただれかの名前。だれか、じゃない。目の前の男の名前だと確信している。
 途端、ずっと心のなかでもやもやしていたものがすっと取り払われた気がした。泣きそうに目尻を細めた彼の笑顔とともに。同時におれの視界はぐらぐらと歪む。
「はい、ユーリ。俺です。……コンラッドです」
 もし生まれかわったら、とかそういうのはきっと輪廻転生というのだろう。この世に魔法がないように、おれは輪廻転生というのを信じてなかった。あるとすれば、それこそ漫画や小説だけの世界。前世はなんだったとかそういうのを信じているのはちょっと拗らせてる兄貴とかだけだと思っていたのに。いまはどうだろう。
 目の前の彼の後ろに、おれには見えるのだ。もうひとりの彼のすがたが。眉尻に傷があり、深緑の軍服を着ている『コンラッド』のすがた。
 それと脳裏に廻るのは、その軍服を着ている彼ととなりを歩んで笑っている自分の姿が。
 おれは無意識に拗らせていたのだろうか。
 妄想にとりつかれているだけなのかもしれない。でも、そんなことどうでもいい。
「……ユーリ陛下」
 拗らせてるのはおれだけじゃない。目の前の初対面であるこの外人さんもおれと同じように拗らせてるんんだ。
「遅ぇよ、バカ! 好きっていうのが遅すぎ!」
「すみません」
「それにおれはもう陛下じゃねえんだよ! 名づけ親のくせに」
 初めてなのに初めてじゃないやりとり。いまは苦しいくらいに胸が痛い。
 おれは、待ってたんだ。ずっと待ってた。
 何千年も前から今日の日が来ることを。
 やわらかくおれの名前を呼んでくれるこの男の存在を。おれは待っていたし、思いだした。
 おれは『コンラッドがずっと好き』だということを。
「ただいま、ユーリ」
「おかえり……コンラッド!」
 もう自分でもなにが起きてるのかさっぱりわからない。でもおれは一歩ひいて立ち止まっていた足を再び前へと踏み出して、初対面で初対面じゃない男の胸へとダイブした。
 ここが、コンビニのまえだってことも忘れて、わんわんとガキみたいに泣きながら。
 抱きしめ返してくれた男の茶色の瞳にはゆらゆらと銀の星が揺れていた。


その名をいつか忘れても
(心はずっと覚えてる。)



END


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