>>捨てられないから蓋をして鍵をかける
(title everlasting blue)



 ――あなたのためなら手でも腕でも命でも。
 そう言ったのはまぎれもなく真実。
 自分のすべてはただひとりの少年、シブヤユーリに。自分には手も腕も命もひとつだって必要ない。あなたに必要とされるなら惜しむことも躊躇うこともなく差し上げる。
 それはユーリの立場からすれば、余計なお世話なのだろうという自覚はあった。自分のとっている行動は自己満足に過ぎないのかもしれない。けれど、あなたが理想とする世界に一歩でも近づくことができれば、自分があの少年の役にたつことができれば自分はそれで良いと思うのだ。
 ユーリが自分に生きる意味を、なにもないと思って自分にはたくさん良いところがあると教えてくれたから……いうなればこれは恩返しのようなものだ。
 あなたの願いを叶えるためであれば裏切ることも平気でできる。たとえそれが二度と故郷の地を踏めず多くのひとに恨まれることになろうとも。地位も信頼も愛情もなんだって捨てることができる。
「……そう、思っていたんですけどね」
 どうやら自分は己を過信していたらしい。心にひとつ強い信念があれば、どんなものでも捨てることができる、と。けれども、それはただの理想に過ぎなかったのだ。
 コンラートは自分の手に視線を落とし、ぎゅっと拳を握る。
 いまになってようやく気がついた。捨てられないものがたくさんあることを。
 目蓋を閉じれば、いや、閉じずともふと思い出すのは少年の顔、こえ、体温が蘇る。
 朝起きれば、自然と彼を探し、美しいと呼ばれる景色を目にすればふたりで出かけた日々が思い浮かび、風にのってくるのは『コンラッド』と呼ぶ彼の、ユーリの声が聞こえてくる。それらはきっと自分の幻聴、幻覚なのかもしれない。けれども、そうして思い出すということは己の心の奥底であの日々を大切に、そしてすがりついているからだろう。
「……俺は本当に馬鹿ですね」
 もう二度とユーリの元には戻らない。そう決断したのなら彼と過ごした日々を思い出を捨てるべきだった。後悔しないよう前を向くにはあの日々はあまりにも幸福すぎる。
 自分の心にはまるで故郷の部屋の一番良い場所にある黄色いアヒルのごとく思い出が輝いている。
「ユーリ」
 もう自分には彼の名を呼ぶ資格はないのに。こうしてくちにしたのはもう何度目だろう。こんなにも優柔不断でなにも捨てられないやつだと自分でも思わなかった。
 コンラートは、握りしめた拳をゆっくりと広げ、ゆっくりとあらわになった手のひらの上を冷たい風が撫ぜる。
 恋しい体温は、もう二度と感じることはないというように。

 捨てられないから蓋をして鍵をかける。
(選択を間違えたと思ったことはない。けれども『帰りたい』と願ってしまう)



END


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テーマ「人外ファンタジー」
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