>>信じてください上っ面でいいから(title 衡行)



 どんなにやさしく、尊敬できる人格のあるひとであれ、長所があれば短所もある。それは当事者が自覚にはなく、相手からして長所と短所だと思うことであり長所は本人に伝えるべきではあるが、短所は滅多なことがないかぎり本人には伝えるべきではない。
 それが、ひととの付き合い方だと、コンラートは考えている。
 今日も今日とて執務室に朝からこもりきりの我が生涯をかけて守ると決めた少年王の苦労を労い、あたたかな紅茶をコンラートは差し出した。
「おつかれさま、ユーリ」
「んー……」
 普段であれば、ここで彼のことを名前で呼ばず『陛下』と言って意地悪をするのだが、ここのところ休むひまもままならない彼に意地悪をする気にもなれず、コンラートは素直に『ユーリ』と呼ぶ。けれどもそんなコンラートの変化にも気付かないほどに目の前にいる少年は体力を消耗しているのだろう。やや机上にそびえたつ書類の山の合間を器用に縫い、突っ伏している。
 眞王に選ばれた魔王であるとはいえ、ユーリは本来、まだ遊びたい盛りの少年。自分がやらなければいけないことだとは理解していても、心も体も我々大人たちと比べればずっと幼い。
「……ここ数日間。あなたは脱走もせずによくがんばりました。疲れでしょう? 俺がグウェンダルと交渉して今日はもう執務を終わりにしましょうか」
 だからグウェンダルにユーリを甘やかすなと注意されても、ついつい甘やかしてしまいたくなる。
 ……ましてや、自分の好きなひとなのだ。
 こんなこと口が裂けても言えるはずないけれど。
 やや声をちいさく甘さを含んだ声で言えば、きっとユーリも自分の提案に乗ってくれるだろう。と、コンラートは思っていたが、彼は差し出された紅茶を手に取りゆるく首を横に振った。
「……いや、大丈夫」
「本当に? とても大丈夫、という顔には見えませんが」
 あきらかに疲労困憊と言った表情を浮かべているユーリに尋ねれば彼は紅茶を一口、飲んだあとゆっくりくちを開いた。
「正直、大丈夫じゃないけど。でも、この積み上げられた紙にはいろんなひとの願いが込められているんだっておれは知ってる。……まだまだへなちょこな王様だけどさ、やらなきゃいけないことはちゃんとしなきゃって思うから」
「そうですか」
 常日頃、ユーリのとなりを歩んで彼が少しずつではあるが成長しているとは思っていたが、こうしてしっかり彼のくちからこのようなことを聞くと自分は知っていたように思っていただけで、なにもわかっていなかったのだと感じる。
「まあ、なんかちょっと格好いいこと言ってみたけど。……またそのうち脱走しちゃうかもしれないし、グウェンダルには怒られてばっかりだし、みんなだって疲れてるのにおればっかり疲れてますーみたいな顔してんだから、おれって格好悪いな」
 疲労からか、無意識に意識がマイナス傾向に向かっているのだろう。そうひとりごとのように呟いたユーリにコンラートは「そんなことはありませんよ」と声をかける。
「俺は、そんなユーリが好きですから」
 さして声を張って言ったわけでもないが、二人きりの執務室にはやけにその一言が響いたように思えてコンラートは少しヒヤリ、とした。が、それはユーリの返答によって錯覚だったのだと理解する。
「またまた、そんなこと言っちゃって。簡単に好きだなんて言っちゃだめだぞ。相手がおれだったからよかったけどさ、これが女の子だったら勘違いするって」
 なまじ、あんた顔も声も性格もいいんだから。
 呆れ口調で言われコンラートは肩を竦めた。
「そんなことはありませんよ」
 きっとユーリは肩を竦めた自分の態度を単なる謙遜だと思っているに違いない。ユーリの返答に半分安堵をしてまた半分は落胆しているなんて露にも思っていないのだろう。
 ユーリが自分のことばを本気でとってくれないことはわかっている。どう言ったところで彼に自分の想いに気づかない。反対に気づかれたら困るから軽い口調で言ったのだから本気だと思われなくて当然と言えば当然だろう。
 ユーリはひどいひとだ。
 そんなことばをコンラートは口内で転がして、飲み下す。ひどい、と思う自分は理不尽だと重々わかっている。けれどもそう思わずにはいられない。
 ユーリは自分のことを『平凡などこにでもいる男』だというが、それはあくまで自己分析だ。ユーリと関わったひとのおおよそは彼の魅力に惹かれている。
 そのなかにはコンラートと同じ想いを抱いた者も少なくないだろう。だが、決してユーリはその想いには気づかないのだ。
 ユーリはとてもやさしくて、純粋で――残酷だ。
 この想いに気づいてほしいとは思わないけれど、それでもひとつだけ、訂正させてほしい。
「あなたにだけですよ。俺が『好き』だなんて言うのは。信じてください」
 コンラートが言うと、ユーリはいつものように「はいはい」とこちらをみずに生返事をして「あ、そういえばさ」といままでのやりとりを流すように新たな話題を持ち出してきた。
 きっとユーリは明日、いやあと五分もしないうちに自分が言った『好き』も『あなただけですよ』ということばも忘れてしまうのだろう。ただ覚えているのはいつも言っているということだけで。
 そう思いながら、コンラートは笑顔を張り付け、話題を促すように相槌を打った。

END





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