>>その口ふさいでやろうか(title 衡行)




 ――わかってるんだ。
 有利はそう何度も言い聞かせて、向かいの席でお茶を共にする男のはなしに耳を傾ける。
 相手も自分がわずかに苛立っていることに気づいているのだろう。けれども、何に対してこちらが苛立っているのかまではわかっていないらしい。
 やや困ったように眉根をさげてはなす男はおそらく、有利が抱いている苛立ちをついさきほど、執務から脱走し、摂政を担っているグウェンダルのお説教からくるものだと思っているのだと思う。
 もちろん、お説教でまいっている部分もある。だが、それは自分が本来やるべきものを投げたことで起きた事態。反省することはあっても、逆恨みをするような感情を抱いたりはしない。
 普段よりも口数の少ない自分を、説教でしょげている自分を気にかけて目の前の自分の護衛であり、恋人である男――コンラッドは何気ないようにはなしを続ける。
 こんなはなしを聞かされるならば、彼の寒いギャグを聞いているほうがマシだ。
 そう言ってしまいたいのを、有利は抑えるように紅茶にくちをつける。
 わかっては、いるのだ。
 コンラッドが、王でははく一個人とする『有利』を相手にするとマイナス思考になりやすいこと。ましてや、恋人になってからは以前よりもまして負の感情に陥りやすいことは。
 それはコンラッドが自分を嫌っているからでない。自分でいうのもなんだがちゃんと『好き』だと思われている自信はある。
『好き』か『嫌い』かという問題ではなく、コンラッドが後ろ向きに物事を考えてしまう一番の理由は『自分が欲しいものを欲しい』と『自分が欲しいものを与えられていいのか』と思うことだ。
 詳しく聞いたことはないが、コンラッドの友人で諜報員であるグリエ・ヨザックや彼の過去を知る人からちらほらと聞くのは、コンラッドがずっと『我慢をしてきた』ということ。我慢をし続けて、欲しいものが欲しいと言えなくなったのだろうな、と思う場面に自分も遭遇することがある。欲しいと思ったものは『自分よりも手にするにふさわしい人がいる』と手にすることも、口にすることもないのだ。
 そんな彼だからこそ、好きになったという部分もある。
 けれど――わかっているからとは言え、それをすべて手放しで受け入れられるほど自分はできたやつではない。
 いまだってそうだ。
 無意識とはいえ、話題のなかにちらほらと遠まわしに『自分はあなたの恋人にはふさわしくない』とか『もっとふさわしい人がいる』といいあげくの果てにはまるでこちらが同情で付き合っていると思わせるように『ユーリはやさしい』と言う。
 まるで段ボールのなかでおびえている子犬のような顔をして。
 耐えるにしてもそろそろ限界がくる。
 もうコンラッドには何度も言ってきた。『欲しいものは欲しいと言えばいい』と『だれかにふさわしいとかじゃなくて、自分が欲しいものは自分で手にしていいの』だと。自分の気持ちを彼もきっと理解している。だからゆっくりではあるが、欲しいものを欲しいと言えるようになったし、こうして自分たちは恋人にもなった。けれど、もう癖になっているそれをすぐには治すこともできないのも事実だ。
 有利は短く息を吐くと椅子から立ち上がって右手をコンラッドへと伸ばして男の胸ぐらを掴んだ。
「……いい加減にしろよ、あんた」
「ユー、」
 戸惑い、尋ねようとするよりもはやく有利が口を開く。
「自分にはもったいないとか、釣り合わないとかそういうネガティブ思考になんのが癖になってんのはわかるけど、なったらなってたでおれがいつも言ってること思い出せよ。――おれはあんたが好きで、あんたもおれが好き。一番大事で単純なところが同じなら釣り合うとかそういうのは関係ないんだよ! ッこのバカ!」
 思い出せよ、あんたはおれのこと好きなんだろ。と、突然啖呵を切った有利にコンラッドは目を見張りながらも「はい」と頷く。
 しかしこうして頷いたところで彼の不安を消せないのもわかっている。
「でもユーリ、俺は――……」
 代弁でもしたいのか、なにかを口にしようとするコンラッドの胸ぐらを一層強く掴んで、有利は顔を近づける。
 もう言い訳なんて聞きたくなかった。
「言い訳なんか、聞きたくないね。そんなことしか言えないならその口、おれが聞きたいことばが聞けるまで塞いでやる」
 テーブルに乗ったティーカップが振動で傾いて、紅茶がこぼれたのも、お茶菓子が床に転がってることももうどうだっていい。
 どうか、この男がもっと欲しいものを欲しいと言えるように、欲しいものを手にしても罪悪感を抱きませんようにと、祈り半分怒り半分で有利はコンラッドにキスをした。

その口ふさいでやろうか。
(そうして彼からずっと聞きたかった『好きです』と『ありがとう』が聞けたのは、互いの唇が赤く熟れたころだった。)

END



普段は『好き』っていうのも『キス』するのも恥ずかしいのに、切れて周りが見えなくなると男前なことをしちゃうユーリとか想像するときゅんとします。
唇が赤く熟れるまでキスしてたのはおそらくネガティブ次男が途中で盛り上がったからでしょうね。


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