ごちそうさまです!
(お届け物です!1の番外編)


motomori@ひきこもり≫やばい、やばいよおお! 今日すごいの拝んじゃった! 生きててよかった! 宅急便最高!!
riko@原稿しろ≫なにがあったんですか?www
motomori@ひきこもり≫荷物頼んでたんですけどwwネコノの可愛い男の子とホワイトの超絶外人イケメンが並んでてwwくぁwせdrftgyふじこlp
riko@原稿しろ≫アオイさん落ち着いてください!なんとなく察したけど、詳しく!!
motomori@ひきこもり≫ネコノとホワイトの宅急便のメンズがオレの前でなんかいい雰囲気でやばかった。超絶イケメンww多分ネコノのかわいこちゃんに気があるwwオレには口説いているようにしか見えなかった
riko@原稿しろ≫もちつけ。ホモに飢えてるからって簡単にホモをつくんな。
motomori@ひきこもり≫≫いやだってオレが家ん中戻って聞き耳立ててたらイケメンがネコノの子を昼飯誘ってたし、ネコノの子無自覚だと思うけど、顔真っ赤でおけしてたんだぞ!!
riko@原稿しろ≫それは……この夏、アオイの薄い本が厚くなるな。期待してるぞ

 さきほどまで静かであった室内にけたたましく鳴り響くキーボードを叩く音。
 森本はひとりでいることをいいことに、にやけた顔を隠すことなく思いをSNSでぶちまけた。
 そしてぶちまけている途中で返ってくる返信に森本のテンションは右肩上がりにのぼっていく。
 森本は、小説家である。
 ジャンルはボーイズラブ。いわゆる男同士の恋愛を手掛けるBL小説家で自身もここ最近よく耳にする『腐男子』というカテゴリーに分類される。
 もとより森本の趣味は読書。漫画、小説問わずなんでも読んでいたのだが高校時代、まだ一人暮らしをせず実家に住んでいたころリビングのデーブルに妹がしまい忘れていたのだろう小説をなんとはなしに興味本位で手にし、目を通して――森本の人生は大きく変わった。いわずもがな、妹がテーブルに置き忘れた小説よいうのが『ボーイズラブ』だったのだ。
 もともと自分は恋愛小説を好んでいたが、男女ではなく同性同士。男女の恋愛では考えられないような将来への不安、せつなさ、しあわせなどが自分の胸を打ち抜いた。いま思えばあれが初めて『萌え』を感じた瞬間だったのだろう。読み終えてからは、こっそり妹の部屋に忍び入りBL小説、漫画を読み漁ったものだ。
 そうして、そのうちに読むだけでは物足りず、ひっそりボーイズラブの小説サイトを立ち上げところ観覧数はうなぎのぼり。好き勝手趣味の一環で書き綴りはじめて四年。森本のサイトを訪れたとある出版社が声をかけてくれ――現在、森本は『元森(もともり)アオイ』というペンネームでボーイズラブ小説家の仲間入りを果たした。
 まあしかし、小説家になったとはいえまだ駆け出しの新人なのだが。

motomori@ひきこもり≫オレ、夏コミサークル参加出してないんで無理ですww
riko@原稿しろ≫何いってんの。委託なら快く私が引き受けてやる。さあ、書け。薄い本を厚く、熱くしろ。夏はホモに飢えた奴らが全裸待機で待っている。
motomori@ひきこもり≫ちょwww 理子さん返信早い!!

 男がボーイズラブ小説家というのは公にはできないのだが、森本は信頼のおける同業者の一部にはカミングアウトをしている。そして現在進行中で感情を爆発させているSNSも自分の素性を知っている同業者のみだけをフォローしているので、問題はなく自分宛に届いた返信を目にしてまた森本は声をたてて笑う。

riko@原稿しろ≫でも、そんな美味しいシチュなら薄い本じゃなくて編集者のひとと話し合って商業誌として出すのもいいかもね
motomori@ひきこもり≫あー……たしかに! いますごく書きたい意欲があるから話してみる。その前にご飯食べてくるから(そしてまだ原稿残ってるから 白目)いったん離脱ー
riko@原稿しろ≫いってらー! どちらにしてもたのしみにしてるわ!

 そうしてひとしきり萌えを吐きだすと森本はパソコンから離れキッチンにストックしてあるカップラーメンをひとつ取り出し、ポットの湯を注いだ。
「……いいもの見ちゃったな」
 久しぶりに超萌えた。
 キッチンタイマーを三分に設定し、湯をいれたカップラーメンを持ちながら森本はリビングのソファーへと移動してつい数分前のことを思い返した。
 以前からホワイトライオン宅急便の王子様系超絶イケメンことコンラート・ウェラーとは面識があった。彼だけでも、じゅうぶん目の保養であったが、まさかそれ以上の保養をこの目にするなんて。
 ときおり、SNSで拡散された呟きのなかに同業者の宅急便のお兄さんたちが家の前で仲良くしているという萌えシチュエーションを目にしたことはあった。が、きっとこれほどまでにすばらしい萌えを見たのは自分だけだろう。
 以前お世話になっていたネコノ宅急便の梅本さんが『次回からは新人がここのエリアを担当するので、もしまたネコノ宅急便をご利用の際はひとつよろしくお願いします』と言っていたが、あれが今回のフラグだったとだれが予測できただろうか。宅急便で王子系イケメン×かわいい子猫系新人という新たなカップリングが森本の脳内に浮かびまた自然と顔がにやけてしまう。知らずに脳内でストーリーを練っていると『ピピピッ』と三分経ったことを告げる機械音が鳴り響き、森本はハッと我に返り、カップラーメンの蓋を外して意識を食へと移行する。
 つい数時間前まで締め切りと格闘していたので、飯をこうしてちゃんと食事に時間を割いたのは久々な気がする。鼻腔を通るカップラーメンの匂いに食欲がくすぐられた。
「いただきます」
 だれにいうわけでもなくぽつり、と呟いて箸を持ち、さて食べるぞとなった瞬間、キッチンタイマーのアラーム音とは異なる音が室内に響いた。
 発信源はズボンのポケット。片手でズボンのポケットに手をいれ未だに震えている携帯電話のディスプレイに表示されている名前を確認する。表示されていたのは今野喜一(こんのきいち)。その名を見て、森本は若干口端をひきつらせた。
「はい……もしもし」
「もしもし、じゃねえよ。このばかたれ。お前、SNSに浮上するまえに俺に連絡するのが筋じゃねえのか」
「ご、ごめんっ! だってすごく萌えちゃって! だれかに話したくてしかたなかったんだもん……っ。もちろん、喜一にもすぐ連絡するつもりだったよ? ……飯、食べてから」
 すみません、うそです。さっきの萌える光景を見て、連絡するのをすっかり忘れてしまいました、とは言えなかった。これ以上、喜一を怒らせたくはない。けれど、喜一にはこちらの考えなどお見通しだったようで「嘘をつくな。つぎ、同じようなことしたらシバくからな」と釘を刺されてしまった。
「……まあ、脱稿終わったお前がしゃべれるくらいの元気があるのに安心したよ。で、どうするんだ」
「どうするって?」
「だからさっきSNSで呟いていたシチュエーションのことだよ。趣味で書くのか。仕事として書くのか。仕事で執筆したいっていうならちょうど夏の短編読み切りで制服特集の話があるからその枠で書くっていうのもあるぞ。ほかに制服で書きたい話があるならそれでいいけど」
 言われ、森本はうーん、と唸る。
「でもいいの? そえだとSNSでちょっと特集のネタバレしちゃった感じになるけど……」
「そこは大丈夫だ。元々お前のアカウントは鍵つきでフォローされてんのは口のかたい身内だけだろ。だれかに言いふらしたりしないだろうよ」
「そっか、それじゃあ短編で描かせてもらえたほうがうれしいかも」
 夏の祭典と言われる同人即売会の個人誌で書くのも楽しくて好きだが、正直仕事でも締め切りを破ってしまうことがあるのに、スケジュールを自分で組み、脱稿までできる自信がない。その旨を伝えると喜一が「たしかに」と笑う。
「わかった。じゃ、こっちでスケジュール組んでやっから」
「よろしくお願いします。今野さん」
「こういうときだけ畏まるのはずりーぞ、森本」
 喜一は森本の担当である。
 彼は高校時代の同級生であったがあのことは仲が良かったわけではない。彼は運動部で自分は帰宅部。接点といえば、三年間偶然同じクラスだったということだけ。あいさつ程度の会話のみで卒業をし、思い出すこともないだろうと思っていたのだが、人生は不思議な縁があるもので、進学先の大学で喜一とはすぐに再開した。運動部であったからてっきり体育大学に向かうのかと思っていた喜一は自分と同じ文学科だったのだ。それがきっかけで仲良くなり、社会出て作家デビューが決まったとき、彼は自分の編集担当者としてまた自分の前に現れたときは本当に驚いたものだ。
 はじめのうちこそ、自分がボーイズラブを書いているということがバレてしまいおろおろとしたものだが、あれからこうして長いこと喜一と二人三脚をしているうちに恥じらいなどななってしまった。いまでは真顔で下品な会話をしていたりもする。
「で、森本。宅急便の話に戻るが、今度はなにを通販したんだよ。あんまり変なモノばっかり通販してっと俺も面倒見切れねえからな」
 言われて森本は荷物の中身を思い出して奇声をあげた。
「ぎゃああああああっ!」
「ってめえ! いきなり耳元ででけー声出すんじゃねえよ! 鼓膜を破る気か、うるせえ!」
「あっ、だ、だって、だって……!」
「ァア?」
 あんな可愛いネコノ宅急便男子と王子様系超絶イケメンに心配までされたのに自分が通販したものが申し訳なさ過ぎて土下座したくなる。
「お、大人の玩具とゲイDVDを通販しちゃった……」
 ネコノさんには玩具を。ホワイトライオンさんにはDVDを。
「……お前、相変わらず最低だな」
 電話の向こう側で、ドン引きしている喜一の姿が目に浮かぶ。
「仕方ないじゃん! 頭で思い描いてるのと現実が異なってたらさ! ボーイズラブはファンタジーだけど、ファンタジーじゃないんだよ!」
「なにを言ってるかさっぱりわかんねえ」
「だからファンタジーあってこそのBLだけど、心理描写と性描写はほどよくリアルを注ぎこむのがぼくのモットーなの! っあ! でもなんていうかそんな如何わしいものをなにも知らずに満面の笑みでぼくに手渡し、しかも萌えまで提供してくれたのかと思うとあのふたりが可愛すぎて泣けてくる」
「だれもお前のモットーなんて聞いてねえんだよ。わかった、もう黙れ。スケジュールはあとで連らうするからそのときまでにプロットと今回買ったヤツをまとめておけよ。……ったく、玩具なんて毎回触るだけで実際使わないくせに」
「つ、使えるわけないでしょ!」
 玩具は触って感触や動きを。DVDは体位やその際の雰囲気を知りたいがために購入しているのであって、自分自身で使うことはもとより考えにない。いわば資料なのだ。なので、一通り観察などを終わると大人の玩具やDVDは喜一に渡して、彼の友人などに貰ってもらう。毎回そうして処分をしてもらうことに申し訳ないと思うものの実際に目にして、手で触ってみなければ自分は書けないのだ。もちろん、喜一もそれをわかっているからこそ、悪態は吐くもののやめろとは言わない。
「とりあえず電話切るぞ。ちゃんと飯は食っておけよ。たださえお前は細いし、病院に担ぎ込みたくもねえしな」
 そう言って一方的に電話が切られた。
「うわ……」
 森本は視線を落とし、目にしたものに情けない声を漏らした。電話に集中していたためにカップラーメンの麺は汁を吸い膨張し、溢れていた。

 森本はため息をこぼして熱の冷めた生ぬるい麺のみになったそれをずるずると啜りながら新たなストーリーを頭のなかで展開させていく。
「また、あのふたり来てくれないかなあ……」

END


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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