お届け物です!1 「おーい、渋谷! そろそろ配達の時間だぞ!」 「はい、いますぐ!」 背後から自分の名を呼ぶ声がする。 渋谷有利は両手に抱えた最後の段ボールの積み込みを終えるとうっすら額に浮かんだ汗を拭った。荷物の数を確認し、トラックの荷台の扉に鍵をかけようやく有利はうしろを振り返る。 「お! ずいぶん手際が良くなったじゃねえか」 声をかけた梅本大吾(うめもとだいご)は有利の一連の動作を見ていたのかまるで犬を褒めるように有利の頭をくしゃくしゃと撫でた。 「ありがとうございます!」 二十四歳にもなって、頭を撫でられるのはどうかと思うが、褒められるというのはいくつになってもうれしいものだ。 梅本はひとしきり有利の頭を撫でたあと肩をぽんと叩く。 「それじゃ、オレも行くわ。くれぐれも事故には気をつけろよ。あとお客さんの対応にもな」 「はい! 梅本さんもお気をつけて!」 有利はハツラツとした返事をすると【ネコノ宅急便】と大きく書かれたトラックに乗り込んだ。 * * * 最初のうちはトラックに乗ることも、ひとりで配達先をひとりでまわるのも不安でいっぱいだったが、それを二カ月ほど繰り返せば当初よりは緊張もほぐれ、お得意先であれば名前を覚えられて世間話をできるほどにはこの仕事にも慣れてきた。 そうして今日も問題なく無事配達をこなしていき、次の届け先に荷物を渡せば午前中の仕事は終了する。 このまま順調にいけば今日はまともな昼食にありつけるかもしれない。 「なに食べよっかなー……」 最近は忙しく休憩時間などあってないような日々が続き、昼飯を抜くこともしばしばあった。時間があったとしても悠長に食べるほどの時間はなく、コンビニに駆け込んで片手で食べられるパンかおにぎりがメインで久々にゆっくり、お腹いっぱいに昼飯が食べられるかもと思うだけで顔がにやけてしまう。 ラーメンにしようかそれとも牛丼にしようか。 有利は昼飯のことを考えながら助手席に置いた配達先の住所と地図がプリントされた紙を手に取り現在地を確認して、道路の端にトラックを寄せてハザードランプを点灯させて一時停車する。 最後の届け先は初めて向かう場所だ。住宅街からすこし離れた場所にある。場所を再度確認すると有利は届け主に連絡するため携帯電話を取り出した。こうして電話連絡をするのは未だに慣れず、うっすらと胸に浮かんできた緊張を取り払うように深呼吸をし、通話ボタンを押す。 『……はい』 何回かのコールのあとやや低い声が聞こえた。 「もしもし。こちらネコノ宅急便の渋谷です。森本(もりもと)さんの携帯電話でしょうか。――あ、はい。あと五分ほどでそちらにお届けにあがりますのでよろしくお願いします」 簡単に説明をして、通話を切ると有利はハンドルを握りなおして最後の届け先へと向かう。 ゆっくりと注意深く表札などを確認し、目的の家についたのはちょうど五分であった。 今日のおれ、絶好調だな。 順調すぎる流れに心のなかで自分を褒めつつ、荷台から小包を持って足早に玄関口へと向かいインターフォンを鳴らす。 「すみません、ネコノ宅急便です。お届け物をお持ちしました!」 けっこう大きな声で話しかけたのに、返事がない。 「……あれ? 森本さーん! すみませーん、ネコノ宅急便でーす!」 もう一度呼びかけてみるが応答もなければ、物音ひとつない。 どうしたのだろう。 有利は小首を傾げた。この荷物は時間指定のものだし、もし急な用事が入って変更するならさきほどの電話連絡の際に普通なら言ってくれるはずだ。しかも電話してから五分くらいしか経っていない。 「あのー……」 本来ならば、応答がない場合、不在届けをいれておくのだがいままでの過程を考えると森本さんが外出している、というのは考えにくいのだ。 「っまさか!」 有利の頭のなかにひとつの推察が浮かぶ。 そういえば最近気温があがり室内で熱中症になるひとが多く、倒れるひとがあとを絶たないと今朝のテレビニュースでも注意を促していた。 もしかしたら、森本さんも家のなかで倒れているのではないだろうか。 考え過ぎかもしれないと思う反面そうじゃないとも言い切れない。 ……どうしよう。 考え出したら森本さんの様子が気になってしかたがない。 そうして玄関のまえでそわそわしていると庭に敷いてある砂利を踏む音が聞こえた。 「――どうかしましたか?」 森本さんかと思う勢いよく有利は振り返り、目を点にした。 振り向いたさきには自分と同じく小包を持った外国人がいたのだ。 「はじめまして。ホワイトライオン宅急便のコンラート・ウェラーです」 「は、はじまして! ネコノ宅急便の渋谷有利です」 まさか同業者に遭遇するとは。 それだけでもびっくりしたが同業者に会ったことに驚いたというよりは、にこやかな笑顔を向ける外人がまれにみる美形だったことに驚いたというのが正しいのかもしれない。 「あれ、ここのエリアが梅本さんが担当している区域では?」 「えっと、つい数か月前におれネコノ宅急便で働くようになって梅本さんの一部エリアをおれが担当することになったんです」 尋ねられて有利は慌てて答える。 いけない。まさかモデルさんのような美形に出会うとは思わなくてついまじまじと観察してしまった。 「そうですか。では、これからさきまたこうして出会う機会があるかもしれませんね。改めて、どうぞよろしくお願いします。シブヤくん」 「こちらこそよろしくお願いします! ……って、あ!」 あいさつをして軽く会釈をした際、手元にあった小包をみて有利は本来の役目を思いだした。 「どうかしました?」 「あ、あの森本さんに事前連絡をいれたんだけど、返事がなくて……っ! 最近、熱中症とかよくテレビで聞くし! 今日も暑いからもしかしら森本さんも熱中症で倒れてるんじゃないかもって! どうしよう!」 言うと、彼はきょとんとした表情を見せて有利の肩をたたいた。 「シブヤくんは優しいね。大丈夫ですよ。森本さん、たぶん寝てるだけだからもう一度電話をかけてみれば慌てて出てきますよ」 だから、安心して。 と、すぐに携帯電話を取り出してこちらにウィンクをしてみせた。不安を抱きながらも大の大人がしかも芸能人でもないのにウィンクが似合うなんて、と場違いなことを思ってしまった。 電話をかけて数秒。突如、静かであった家のなかから走りまある音が聞こえたかとおもうと、慌てた表情で森本さんであろう成年が顔をあらわした。 「すみません、ほんとうにすみません! ネコノ宅急便さんの電話は寝ぼけて出てしまったみたいで……気がついたら二度寝しちゃってましたっ! ご迷惑をおかけしました!」 眉をへの字に下げて出てきた森本さんはどうやら自分の電話に出たとき寝ぼけていたらしい。その証拠に森本さんの髪は四方八方にはねていた。 「ほら、森本さん寝ていただけだったでしょう? 森本さんは仕事の関係上、寝る時間がまばららしいのでこういうことがよくあるんですよ」 担当エリアが長いのかウェラーさんは森本さんと顔見知りのようだ。 「ネコノ宅急便の方は、森本さんが熱中症で倒れているのではないかと心配だったようです」 ウェラーさんが言うと、森本さんはばっとこちらを向いて「すみませんっ」と頭を下げた。 「あ、あの……ぼく、物書きでして。っていってもまだまだぺーぺーなんですけど。自分で時間指定をして置きながら寝ちゃうこともあると思うので次からは返事がなかったら不在届け入れておいてください。自分で取りに行くので。……本当に心配かけてしまってごめんなさい」 「いや、おれが勝手に暴走しちゃっただけなのでそんなに謝らないでください。お仕事、大変ですね。一応今度伺うときは、二回電話かけます。それで出なかったら不在届け入れておきますね」 自分も以前、友人から小説家というのはとてもつらい職業だと聞いたことがある。一度、小説家としてデビューしても、売れなければそれだけでは食べていけない過酷な職業のひとつだと。そのため安定した地位が確立するまでは睡眠時間などあってないような日々が続くのは当たり前だと聞いた。 「無理をしなきゃいけないときもあるんでしょうけど、体調には気をつけてくださいね」 と、有利が労いの言葉をかけるとハンコを片手に持ちながら森本さんは涙目になっていた。 「あ、ありがとうございます……っ」 森本さん、涙もろい体質らしい。 「ほらほら、森本さん。泣いたらまた彼が心配してしまいますよ」 いまにも泣きそうな森本さんをウェラーさんが宥めるように言い、森本さんはぐしぐしとと鼻をすすりながらふたつの小包にハンコを押した。 「……っていうか、なんでウェラーさん笑ってんですか」 荷物を受け渡しながら笑うウェラーさんを見て不思議に思い尋ねれば彼はやわらかく目を細めた。 「いや、あなたはやさしくて可愛らしい方だな、と思いまして」 女の子であったらコロリと落ちてしまいそうな甘いマスクと甘い言葉。自分は可愛いといわれるよりも格好いいと言われるほうがうれしいはずなのに、突然そんなことを言われたからかぼっと顔が熱くなってしまう。 「へっへんなこと言わないでください! っほら、行きますよ! それでは失礼します、森本さん」 にこにことほほ笑むウェラーさんと自分とウェラーさんの様子を凝視している森本さんの視線に耐えきれなくなって有利が言い、森本さんに会釈をすれば森本さんははっと我に返ったかのようにからだをびくんと竦ませて、同じように会釈をする。 「ごちそうさまです!」 「……ごちそうさまです?」 「あっ! ま、間違えました! ありがとうございます!」 まだ、森本さんは寝ぼけているらしい。 言い間違いに慌てたのか、森本さんは口元を抑えて家のなかへと引っこんでしまった。 「……じゃあ、おれもこれで。ありがとうございます。助かりました」 ウェラーさんがいなければ、森本さんの安否を気にして庭のまわりをうろうろとしていたかもしれない。 再度礼を述べて、有利がトラックに乗り込もうとドアを開ければ「あの、」と声をかけられた。 「なんですか?」 「シブヤくんはまた配達に戻るんですか?」 「いえ、午前中の配達はこれで終わりで、これから飯を食いに行くところですけど……」 「よかった、なら俺とお昼ご飯一緒に食べに行きませんか?」 「……は?」 なんで? と有利は小首を傾げると彼は「嫌ならいいですよ」と続けた。 そう言われると、断りづらいんですけど……。 日本人特有の妙な言葉の使い方まで知っているようだ。 「いいですよ、わかりました。飯、食いに行きましょう」 誘いに驚きはしたが、べつに嫌いなわけでもない。それに同業者と食べるというのもたまにはいいのかも知れない。 「よかった! じゃ、なにを食べに行きましょうか」 「そうですねー……」 このときはまだ、妙に鼓動が速くなっている理由を有利は知るよしもなかった。 next |