secondLove?3



『かわいいお嫁さんをもらうのが夢』
 と遠藤が放課後の教室で語った高校三年生。
 あのときに自分の初恋は想いを告げることなく静かに終わり、同時に苦い思い出ばかりが詰まった中高の学生生活は高校の卒業とともに決別をするはずだった。
 遠藤も自分も無事第一希望の大学に合格をして、互いに家を出てひとり暮らしをするつもりだったのだ。
 会う時間がなくなれば、もう彼を想い胸を痛めることもなくなり長年続いた恋心も忙しい日々と流れ続ける時のなかで風化をし、いつか若気の至りだったと遠藤を今度こそは彼の望む『幼馴染み』になろう。
 そう、思っていたのに――人生はそう簡単に思い通りにはならないものだ。
 大学からの合格通知を受け取った日。遠藤とは幼馴染みであり、隣に住んでいることもあって自分たちだけではなく、互いの家族ぐるみで仲が良い。どちらの母親が言いだしたのかわからないが、母に合格通知の入っている封筒を手渡すと『遠藤さん家と今日は大学祝いにバーベーキューするわよ』と言われた。その話を聞いて、一瞬「そんなものしたくない」と言いかけた口を寸前で噤む。あの放課後から学校では受験や行事の急がしさを理由に最低限遠藤とは関わらないようにしていたのに。
 けれど、合格を喜んでくれる家族を目の前にして「嫌だ」など言えるはずもなく笑顔を取り繕えば、妹の麻美(あさみ)と『バーベーキューの材料を買い出しに行ってきて』と頼まれた。買い物の最中、麻美に『気分でも悪いの?』と尋ねられたが、自分は男なのに遠藤が好きで、告白するまえに玉砕したんだよ、とは言えず『受験の疲れが出たのかもな』とまたも曖昧に笑みを見せることしかできなかった。もともと感情を表に出さないので、怪しまれることもなかったが、きっと嘘を吐いたことを気づかれなかったのは遠藤に恋をしていた期間が長かったからだろう。遠藤には気づかれないようにと嘘を吐くのが自分は上手くなったから。
 そうして遠藤の家の庭で始まったバーベキュー。開始から一時間ほど経つと父親たちはビール缶を片手に会社の愚痴をこぼしあい、母親たちは世間話で盛り上がって、合格を祝う会というよりはただの食事会になっていた。かくゆう自分たちはというと、妹の麻美。遠藤。遠藤の姉、加奈子(かなこ)さんと四人で小さいテーブルを囲んで鉄板で焼かれた肉や野菜、焼きそばをなどちまちまつまみながら恋愛話をし、自分はその賑やかで和やかな雰囲気を壊さぬよう笑顔の仮面を張りつけている。身内であれ男女となれば必然的に話題は恋愛関連に向かうのは予想していたが、予想していても未だに想いを引きずっている自分には苦痛以外のなにものでもない。
 料理に食べているのに集中している振りをして増田は適当に彼らの話に相槌をうつ。
 妹の麻美は自分とは違い、社交的でこの四人のなかでは高校一年生と最年少であるのに恐縮することなく会話を楽しんでいる。
「そういえば、加奈子さんっていまの彼氏さんともう長く付き合っているんですよね。どれくらいになるんですか?」
 麻美が焼き玉ねぎを食べながら問う。
「そうね、もう高校三年生のときには付き合い始めていまが大学四年だから……五年は付き合ってるかな。私も彼氏も会社の内定をもらってて、大学を卒業したら私も夏樹と増田くんと同じくらい時期に実家を出て、彼氏と同棲する予定なんだ」
 加奈子さんが言うと麻美は心底うらやましそうに「いいなあ」と声を漏らした。
「加奈子さんやお兄ちゃんたちと離れるのがさびしいっていうのもあるけど、それ以上に彼氏と同棲っていうのがうらやましい! あたしも加奈子さんの彼氏さんみたいに格好良くてやさしい彼氏が欲しいよ」
 彼氏が欲しい、はここ最近の麻美の口癖のひとつだ。麻美くらいのクラスの女子も同じようなことを言ってような気がする。冗談で言っているのか、本気で言っているのかは定かではないが、それでも恥ずかしげもなく恋人が欲しいといえる素直な麻美こそがうらやましい。自分では冗談でもそういうことが言えないのだ。言えたとしても好きなひとの前では言えない。この妙なところで意地っ張りな性格は父親に似てしまったんだろうなと思う。本当に好きなものに関してはどうしても冗談が言えないのだ。冗談のかわりにはぐらかすことはあっても。
「だめだよ、麻美ちゃん。そんなに簡単に彼氏が欲しいなんてすぐに口したら。男は単純な生き物なんだよ! 聞いたら自分にもチャンスがあるなんて勘違いした変な男をひっかけちゃうよ」
 そう言って加奈子さんは友人の実体験をいくつか話始める。加奈子さんから聞いた変な男のはなしはどれも本当にあったのかと思うくらい仰天してしまうものばかりで、みんな興味津々に彼女の話に耳を傾け、一通り友人の変な男武勇伝を聞き終えると麻美がうんうんと頷く。
「麻美ちゃん。外見も大切だけど、中身が何より大切なんだよ。だから顔はちょっとダメかもって思っても中身が満点だと男が選んだほうがいいわよ」
 と加奈子さんはアドバイスをした。
「……そっか。そういうものなのかあ。でもそれでいうと夏樹くんは完璧だよね! ね、夏樹くんは彼女いるの?」
 しかし、頷きながらも加奈子さんのアドバイスは恋人が欲しい麻美には効果がなかたのだろう。肉ばかり食べている遠藤に肩を寄せて麻美が尋ねる。
「結構あたし尽くすタイプだよ。あなた色に染まっちゃう系の良物件だと思うんですが、いかがです?」
 冗談口調で麻美は言うが、おそらく冗談半分本気半分だろうな、と増田は思う。兄妹ゆえか好みのタイプは似ているのだ。自分でああ言ってしまう麻美に若干苦笑いしてしまうがたしかに麻美は良い子だ。それに中学生の頃には文化祭で開催された美女コンテストで優勝するくらいの美貌を持つ。なので麻美が本気で彼氏が欲しいと望めばすぐに彼氏はできるだろう。けれど麻美はかなりの夢見る乙女だから、彼女の目にかなう男がなかなか現れないのだ。
 こうして遠藤と麻美が寄り添う姿は美男美女のお似合いカップルにしか見えないな、と感じまたもひとり傷ついている自分に気づいて増田はそっと目をそらした。
「……彼女はいないけど、麻美ちゃんとは付き合えないなあ」
「えー……」
 麻美と同様、軽い口調で断りをいれた遠藤に麻美が不満の声を漏らして頬を膨らませれば遠藤はそんな妹の頭をよしよしと撫でる。
「たしかに麻美ちゃんはすっごく可愛いし、いい子だけどもう家族ぐるみの付き合いが長いじゃん? だから妹にしか見えないんだもん。ね、妹としてならべったべたに甘やかしてあげるから、それじゃだめ?」
 言って小首を傾げた遠藤に麻美は諦めたようにため息をもらした。「わかった」と拗ねたように答えた麻美の言葉のなかに増田は『ずるい』という言葉が混じっているような気がした。いや、おそらくそうだろう。
 遠藤自身は無意識であんな風に答えたのだろうけれど、無意識とはいえああいう返答はずるい。中途半端な優しさが一番ひとを傷つけることを遠藤は知らない。
 麻美も麻美で冗談半分で告白したから、麻美の肩を持つことはしないが、それでもよしよしと遠藤に頭を撫でられる麻美が笑みを浮かべるも悲しさが滲んでいるのを見てかわいそうだと思う。
「だめだめ、麻美ちゃん。夏樹は一見いい男に見えるかもしれないけど、だめな男なんだからね。人当たりはまあいいけどね、それだけよ。相手の気持ちに疎いし、家事とかはまったくできない。友だちとしてはいいけど、彼氏にはしちゃだめなタイプだよ、うちの弟は」
 麻美の本心を知ってか知らずかわからない口調で加奈子さんが言えば「ひどい言い草だな」と遠藤が笑う。
「だって本当のことでしょ。正直、一人暮らしさせるの心配なんだから」
 そう言った加奈子さんと偶然、視線があうと増田を目にした途端彼女はなにか思いついたように「あ、」と声をもらし、じっと増田を見据える。
「……なんですか、加奈子さん」
 見つめられることに落ち着かなくておずおずと尋ねれば加奈子さんは胸のまえで手を合わせてお願いのポーズをした。
「ね、増田くんも卒業したらひとり暮らしするんでしょ」
「はあ、そうですけど……」
 ここまででなんとなく、増田は加奈子さんがなにを思いついたのか察しがついた。
 おそらく遠藤と自分が互いに一人暮らしを始めたら、自分に遠藤の様子を定期的に見に行ってほしいということだろう。見に行くのは構わないが、だらしない遠藤の生活を自分がたしなめたところで聞く耳を持たないと思うが。しかしそれを言ったとしても「それでもいいから」と加奈子さんは言うだろう。ならこの場では彼女のお願いを承諾して、大学生活が始まったら
『大学生活に慣れるので精いっぱいだからえんちゃんの様子を見に行くのができない』と適当に理由をつけてしまおう。どうせ、遠藤のことだ。いまは彼女がいなくてもまたすぐに新しい彼女ができる。彼女ができたらそれを加奈子さんに報告すれば無理に遠藤の様子を見に行けとは言わなくなるだろう。
「あのね、増田くんには悪いんだけど、お願いがあるんだ」
 ほら、きた。
「お願い、ですか?」
 何を言われるのかわかっているくせに、増田はとぼけて彼女のお願いというのを促してみる。
「増田くんにお願いっていうのはね、」
 ――息苦しい。
「……っ」
 増田は息苦しさを覚えて目を覚ました。首筋に手をあててみるとだらだらと汗が流れている。どうやら気がつかないうちに寝てしまったらしい。
 食堂でしょっぱい思い出を無意識に回想してからの気分は最悪で、憂鬱な思いを抱えたままどうにか今日一日の講義を終えてアパートに帰宅したのだが、ちょっと気分を落ち着かせるためにとソファーで横になって間に寝てしまったらしい。
 ……まさかまた夢のなかで過去を振り返ることになるなんて。
 増田は、幾度目かのため息を零した。零した瞬間、安本の『しあわせが逃げるぞ』というセリフを思いだしたが、正直どうでもいい。
 自分はとうにしあわせになれることを望んでいないのだから。しあわせからすでに逃げられている。きっとこのさきの人生が向かっているのはバッドエンドだ。しあわせはもう遠藤と出会ったときに使いはたしてしまったと思う。
 どうせ夢で過去へ遡ったのなら、まだ恋愛感情を持ち合わせていなかった仲の良かったただの幼馴染みでいたほんとうにしあわせな日々を映してくれればいいのに。
 首筋に掻いた汗を手の甲で無造作に拭い、床に落ちていた携帯電話を拾い上げて時間を確認する。自分が思っていた以上に寝入っていたらしい。携帯画面に表示された時刻は十九時ちょっと過ぎを知らせていた。当初の予定では帰宅してすこし休んだら近所のスーパーで夕飯の買い物に行くはずだったのに。いまから食材を買い出しに行けば時間がかかってしまう。夕飯以外にも風呂の準備、洗濯、部屋の掃除などをしなければならないのに。
「……今日はコンビニの弁当で済ますか」
 増田は通学用のリュックからサイフを取り出してズボンのポケットにそれをねじ込み、床に散らかった衣類を拾い上げて脱衣所に設置してある洗濯機へと放り込む。
 いまから洗濯機をまわせば、コンビニで弁当を買い、戻って掃除機をかけたりするあいだにまわし終わるだろう。
 毎日、きれいにしてもすぐに汚くなってしまう部屋。
 まったく、加奈子さんの読みが当たっていて呆れてしまう。
『増田くんにお願いっていうのはね、一人暮らしじゃなくて夏樹とルームシェアして欲しいってことなんだけど』
 加奈子さんのお願いは自分が予想していたこととは違っていた。
『夏樹、家事全般だめだし、誰かが面倒みないと心配なのよ。増田は家事ができるって聞いたし、夏樹の扱いもわかっていると思うから……どうかな?』
 卒業したらもう遠藤とは疎遠になろうと思っていた自分に加奈子さんがさらり、ととんでもないことを言う。
『お! それいいね。なあ一緒に住もうよ、マー』
 甘えるような遠藤の声音。決別を決めたのならお願いされても断るべきだったのだ。
 お前は一生、自分を好きにならない。
 そのうちにかわいい彼女をつくる。
 それをわかっていながら――この生活を選んだのは自分。
「……おれって、ほんとドエムだわ」
 中途半端な遠藤の優しさに、いつまでもすがりついている。
 部屋に散らばる衣服も散らかったゴミもぜんぶ遠藤のものだ。もちろんご飯を用意するのも自分。
 わかっているのに、わかってなかった。
 どれだけ自分が遠藤のことが好きか。
 恋の種が胸の中で生まれて、もう萎れそうなくせして根は心の奥深くはってしまっていることに、遠藤と生活をしてみてようやく理解した。
 雑草みたいに抜いても抜いても、ちょっとやさしくされればまた芽が生まれるのだ。
『俺、マーがいないとたぶん死んじゃうかもしんないから、一緒に住もうよ』
 心ないただのお世辞で言った遠藤の言葉の数々が、自分の心を縛りつける。
 増田は洗濯機のボタンを押し、終了時間を確認するとまたため息をこぼして部屋をあとにする。自分の弁当と食べるかもどうかもわからない遠藤の弁当を買いに。何時に帰ってくるかもわからない男が帰ってきたとききれいな部屋にしておくために、早足でコンビニへと向かった。

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