かわいいって言ってよ!4


『あなたのためなら胸でも腕でも命でも捧げます』
 といつかコンラッドが言っていたセリフを思い出す。
 いまだってそんなものはいらないと思うし、なにより命は大切にしてほしいとも思うが、あときは理解できなかった彼の考え、想いがすこしだけ自分もわかるような気がする。
 ……この男のためならば、なんだってできる。
 羞恥心やプライドなんて放りだせてしまう。
「……コンラッドが好きだって想ってくれる奴になりたかったんだよ! そんなおれのどこが悪いんだ……っ!」
 いつの間にか、コンラッドの姿を無意識に探すようになって。地球いるときには終始、この男のことばかり思い出す。
 出会った当初からコンラッドという存在は自分にとって大きなモノだったが、いま比べるとそれはちっぽけなものだ。恋愛感情として彼を好きになってからはそれこそ自分の世界はコンラッドで廻っているのではないかと思う。自分ばかりが彼を好きになって溺れていく。そう感じてしまうのはまだ自分が幼い思考であるからだろうとも考えるが、考えても徐々に肥大しく想いに歯止めはかけられない。
「ユーリ、」
「あんたがおれにいっつも『かわいい』って言うから!」
 爆発をもう抑えられない。
 コンラッドがかわいいと言うから悪い。
 やさしい声で、やわらかい笑顔でいつもいつも『かわいい』と言うのが悪いのだ。
「っおれは男なのに! あんたのせいだ! 格好いいって言われるよりも『かわいい』のほうが言われるとうれしいと思うようになっちまったんだろ!」
 これ以上、自分が彼によって変化していくのが怖い。変わりたくないのに、無意識に故意に変化していくのはコンラッドのせいだ。
「だから! だからっ、おれのせいじゃないっ!」
 以前はすなおに己の非を認めることができたのに、いまではこうして相手に責任転嫁するような物言いしか言えない自分に吐き気がする。
 かわいくなりたい。
 かわいくなれない。
 もうどうしたらいいのか、わからない。
 有利は涙をどうにか堪えようと下唇を噛んでみたがしゃっくりはとまらずからだはびくびくと震える。
「……それが俺に黙って働いていた理由ですか?」
 感情が読みとれない声音でコンラッドが尋ね、有利はうな垂れるように頷けば、少し間が空きコンラッドが長く息を吐いた。
 ――呆れられたんだ。
 当たり前だ。幻滅しないはずがない。
 わかっていても、反射的にからだがかたくなる。それでも自分の指先は無意識に未だ彼に縋るように裾を握るちからを強くした。
 途端――ずっと背中にまわされていたコンラッドの腕がより強く自分を抱きこんだ。
「こ、んら」
 男の肩口に顔を押しつけるような体勢に戸惑い、彼の名を呼ぼうとしたが、有利の声にコンラッドの声が重なる。
「どうしてあなたはそんなにかわいいんですかね」
「なに言って、」
「かわいくない。なんてありえないのに」
「……っうそだ!」
 否定されてうれしいのに、コンラッドの言葉が信じられない。
「ユーリ」
 どうにかして、離れようともがくも体格差もちからも違う。逃げだしたいのに逃げることができない。
「だ、だって! コンラッドあのときすごくいやな顔してたくせに!」
 あの日からことあるごとに脳内で再生される自分を見て顰められたコンラッドの顔。あれは間違いなく本物だった。
 しかし、やはりというべきかコンラッドには覚えがないらしい。
「あのとき……嫌そうな顔?」
「だから、ツェリ様の部屋でおれが女装したときだよっ! コンラッド、おれを見た瞬間すごく嫌そうな顔してた」
 あんな顔を目にしたあとでは、すなおにコンラッドの言葉を信じられない。
「バカなことをしたっていう自覚はあるよ。みっともない格好もしたっていうのもわかってる。……けど」
 わかっていても、それでも。もしかしたら、コンラッドは喜んでくれるんじゃないかと勝手に期待をしていた。
 いまさら数日前のことを蒸し返すのはどうかとも思ったがあの日の出来事をぽつぽつと語れば「ああ」と思いだしたようにコンラッドは声をあげ、ちいさく笑ったかと思うとやわらかい声音で「顔をあげてください」とお願いをする。
「……やだ」
 泣き顔はもとより汚いがいまは化粧も落ちて通常よりもぐちゃぐちゃなのに。そんな顔なんてみれたものではないだろう。嫌だと首を横に振る。
「ちゃんと顔を見せて。ユーリの顔を見て話たいことがあります」
 けれどコンラッドは聞く耳も持たず、有利の頬を両手で挟み無理やり上へと顔をあげさせた。
「見るなよ、いま、汚いんだから……んっ」
 汚れた顔を見せたくなくて、せめて視線だけは逸らして言えばそれを咎めるようにコンラッドが有利の更新に自分のものを重ね、反論をする暇もなく何度も唇を啄ばんだ。
 コンラッドはずるい。わかっているのだ。自分がキスをすると大人しくなるのを。
 気持ちが弱っているときにやさしいキスをされて、からだからちからが抜ける。そうしてようやく口唇が離れると「ごめんね」と彼は謝罪を口にした。
「思い出しました。……あのとき、顔をしかめたのはユーリの姿がみっともないと思ったからではありませんよ。嫌な気持ちに、不安にさせて本当にすみません」
「なら、なんで」
「あまりにもあなたがかわいらしいから思わず顔を顰めたんです」
「……は?」
 コンラッドの言っている意味がわからない。かわいいから顔を顰めるというのはどういう意味なんだろう。
「意味がわからないって顔をしていますね。もっと簡単に説明しましょうか。……かわいいあなたの姿を俺以外が目にしたことに嫉妬したんですよ」
「……しっと? コンラッドが?」
 考えもしなかった答えにフリーズしかけた脳を働かせ、有利は唖然としたままコンラッドのセリフをオウム返しした。
「はい。それに交際をはじめるときに言ったでしょう? あなたは俺の初恋の人だと。俺はユーリのこととなると自制が効かない、うまくいかない。……あなたにはいつだって翻弄されているんです」
 たしかにコンラッドは言っていた。自分が初恋なのだと。だが、それと今回のことは関係あるのだろうか。まだ不安が拭えず、有利はコンラッドを見つめる。
「惚れた欲目もたしかにあるでしょう。しかしそれをひいててもユーリは出会ったときよりもずっと魅力的になりました。……俺はね、どうしようも男なんですよ」
 コンラッドが自虐的に笑む。
「最初のうちこそ、公に公表できないだとしてもこんなかわいい恋人がいるんだと心のなかであなたに惹かれる相手に自慢をしていた。ユーリは俺だけの恋人だと、誇らしく思っていました。けれど、そのうちにそんな気持ちよりもずっと独占欲が勝ってきて……無理なことだとわかっていてもあなたをどこかに閉じ込めてしまいたい。自分だけをあなたを見て、あなたも俺だけを見てくれたらいいと思うようになってしまった」
 ね、ひどい男でしょう。
 と、コンラッドは苦笑いをする。
「大人げないことを考えているというのはわかっていたからいままでずっと黙っていました。でもまさか無意識に表情に出ているなんて想定外でしたね。……こうしてあなたを泣かせることになるのだったら大人げなくても、飽きられてもちゃんと言うべきでした。ごめんね、ユーリ」
 すごいことを言われた気がした。なのに、うれしいと思う自分がいる。
「じゃ、じゃあ。おれのことを『かわいい』って言わなくなったのは、」
「ユーリが『かわいい』よりも『格好いい』のほうがうれしいと言っていましたし、なにより『かわいい』とくちにして、周りにあなたの愛らしい仕草や行動、言動を教えたくないなと思ったからですよ」
 やわらかな声音とは裏腹にこちらに向けるコンラッドの目は真剣そのもので有利は安堵と喜びとでまた目頭が熱くなる。それを落ちつかせるように有利は長く、長く息を吐いた。
「よかった……。おれ、コンラッドに嫌われたのかと思ったから」
 ようやく有利はコンラッドの裾を掴んでいた指を離し、離した手を広い男の背中へとまわしてもう一度肩口に顔を埋める。コンラッドは香水を使っていないと言っていたが、どこか甘い香りが有利の鼻こうをくすぐった。そうして胸いっぱいに彼の匂いを吸いこんで顔をあげる。
「な、もう一回言ってくれよ。あんたの目にはおれがどんな風に見えるのか」
 この男に言われ続けて、好きになった言葉を有利はねだる。するとコンラッドはことさら浮かべる笑みを深くした。
「一度なんて言わず、何度だって言います」
 コンラッドが、互いの鼻先が触れるほどの距離で言う。
「ユーリ、かわいい。ユーリがいちばんかわいいです」
 だれに言われるよりうれしいと感じる言葉。
「……あなたはだれより愛らしい」 お互いの鼻先が擦れ、口唇が触れあう。重力に従い背中をシーツに落とせば、いつの間にか啄ばむキスは貪るようなものへと変化していた。
 

next

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -