かわいいって言ってよ!3


「……反省しているのは、わかりました。けれど俺が聞いているのは、なぜここで働いていたのかという理由です。働きたいのなら俺に行ってくれれば、もしグウェンダルが反対をしても、俺がとおしますと以前言ったでしょう。なのに俺にまで黙って働き、しかも女装までして……その理由が聞きたいんです、俺は」
 自分のことを心配してくれているのだろう。
 しかし、どうにもコンラッドの言い方がひっかかってしまう。女装までして、というのが有利にはみっともない格好までして、と言われてるような気がしてならない。
 そうじゃない。コンラッドは心配してくれてるだけだ。そう心に言い聞かせるも……言い聞かせると同時に彼はこんな姿の自分を見るに堪えないのだ、と心のなかに潜むもう一人の自分が囁く。店にあらわれ自分の姿を目にしたときも彼はまえのように顔を赤らめたりしなかっただろう、と。
 ――もう、いやだ。
 聞き慣れた『かわいい』。たった一言それを言われなくなっただけで、どうしてこんなも心をかき乱されて不安になってしまうのか。もうかわいくなってしまった自分のどこをコンラッドは好きになってくれたのか。わからなくて、怖くなる。
 その恐怖を奥歯を噛み殺して必死に抑えているのに精一杯で、ぎりぎりのところで立っている有利をコンラッドの一言で追いうちをかけた。
「陛下」
「……っ」
 そうだ。コンラッドは自分が『陛下っていうな』と言わなければずっと『陛下』と呼ぶ。プライベートの時間は王様じゃないから名前で呼んでくれと頼んだのも自分。付き合い当初はなぜ自分のことを『陛下』とことあるごとに呼ぶのか尋ねたことがあった。コンラッドは『あなたがそう返してくれるのがうれしくて。俺があなたを王様からひとりの人間にかえてあげられる。……それに陛下というたびに唇を尖らせるユーリがとてもかわいらしくて、ついね』と言ってくれたけど、いまこのタイミングで彼が自分を『陛下』と呼ぶそれはまったく甘さが感じられない。甘さどころか一線を引いているような冷たささえある。
 でも、それはしかたない。
 コンラッドが自分のことを『陛下』と呼ぶのは自業自得なのだ。
 だってそれは自分が――カワイクナイカラ。
「答えるまで、帰れませんよ。へい、」
「――っさい!」
 ああ、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
 もう一度だけコンラッドが『かわいい』と言ってさえくれればよかった、ただそれだけのことだったのに。たった一言きければこの不安は消えていたかもしれないのに。
「……へい、か?」
「何度もそうやって陛下って言うな! ちゃんと聞こえてるよ、バカ!」
 ここ数日押し殺していた気持ちがマグマのごとく爆発する。もう止められない。コンラッドを責める言葉も涙もぜんぶせきをきったように溢れだす。
 ……こんな女々しい自分をだれに知られてもいい。だけど、この男にだけは知られたくなかったのに。
 彼を好きになればなるほど、不安が大きくなる。ありのままの自分をさらけ出していい。そんな自分を受け入れてくれてより自分らしく場所がコンラッドだと思っていたのに……。
「も、やだ……。あんたといるとおれはヘンになる」
 彼を好きになるまえの自分が思い出せない。ことあるごとに言われていた『かわいい』が言われなくなるたび、いままでの自分が否定されているような気がする。もう否定されたくないのにこうして泣きわめく自分はまったく可愛げがない。むしろ、見れないほど情けない顔をしているのだろう。
「あんたが……コンラッドがいけないんだろっ! 毎日毎日あんなに言ってたくせに言わなくなったから! あんな顔するから……っ!」
 コンラッドのせいじゃない。これは八つ当たりだ。そう理解していても自分の口からこぼれ落ちるのは「コンラッドのせいだ」と彼を非難する言葉ばかり。
「ユーリ!」
 さきほどの態度から一変、突然暴れ出した有利にコンラッドが戸惑うように名を呼び、暴れる手を掴もうとするがそれを振り払う。
「っ! ほんとうにどうしたんですか」
「ホントにおれ、どうしちゃったんだろうな。バッカみてえ……」
 有利は自傷的に笑んでひたすらにコンラッドから顔をそむけた。
 好きになって、恋をして。付き合うようになれば自然と相手に合わせて自身が変化していく。それは、わかっていた。……学校の友人のなかにも何人か恋人がいるひとがいる。友人を悪く言うつもりはないが、とある友人はあまり素行がいいとは言えるものはなかったのに好きなひとができ、付き合うようになってからの友人の素行はみるみるよくなっていった。その友人だけではない。付き合うとみんないい方向へ変わっていくのに。自分だってそうであるはずだった。
 なのに、コンラッドと付き合うようになった自分はどうだ。
 頭で考えるよりもさきに本音が口に出てしまうところ。
 相手のことを考えずになりふり構わず行動してしまうところ。
 それらがコンラッドを傷つける。それだけじゃないたくさんの短所を理解していても直さないばかりかこんな格好してまで『かわいい』を言わそうとしているあざといところ。数えきれないほど嫌なモノが溢れてきたなくなっていく。
「なんなんだよ……おれ、キモチワルイ」
 自己嫌悪で胸が押しつぶされてしまいそうだ。
 自分のことをこんなにも嫌いになるなんて思わなかった。
『自分のことを好きにならなきゃ、相手に好きになってもらえないだろ』
 なんて、まえにコンラッドに説教したくせに。口先ばっかりの自分。
「……ユーリ、泣かないで。落ち着いてください」
「……っ」
 ぎゅっとコンラッドが有利を抱きしめる。
 小さい子どもをあやすように背中を大きな手のひらが撫でていく。あの日から溜まっていた感情を涙といっしょに吐きだしたことでか、何度かそうして背中を撫でられてわずかに落ち着きを取り戻す。
「あなたを泣かせたいわけではないんです。俺になにも言わずに……俺の知らないところでなにかあったらと思うと不安でしかたがないんですよ」
 背中を撫でていた彼の手が移動し頭をやさしく撫ではじめた。それもまた子ども扱いされているとややムッとするも、彼のことばにこんな自分のことをまだ幻滅してないことに安堵した。子ども扱いをする、ということはまだ子どもだと彼は思っているのだろうか。なら子どもらしく女々しくてわがままな想いを吐露してもコンラッドは受け止めてくれるだろうか。
 自分を抱きしめる男の広い背中に腕をまわしても大丈夫だろうか。
 有利は片方の手で涙で濡れるぐしゃぐしゃの顔を覆い、コンラッドの背中にまわそうとしてためらい震える手でどうにかのばして彼の裾をぎゅっと握りぽつり、と呟いた。
「おれ……コンラッドが、好き、だ」


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