secondLove?1


※こちらは『voiceLove?』に出てきた遠藤×増田の話になります。

 高校三年生。
 三年生ともなれば卒業と同時に将来のことをいやでも視野にいれなければならない。
 増田亮平(ますだりょうへい)は昼休みに先生から呼び出されてクラスのみんなに返却するように、と頼まれた紙の束を抱えながら改めてそのことを考える。
 渡された紙の束に視線を落としたそれは『進路希望調査』と書かれていた。そういえば去年の秋口頃の三者面談の前後にこのようなものを書いたな、と増田はぼんやりと思いだした。第一希望から第三希望までを適当に埋めたような気がする。
「……将来の夢、か」
 口に出したそれはあまりにも実感がない。
 いまは初夏。もう卒業まで一年もないのに、将来のビジョンも見えなければ危機感も感じない。まるで他人事にしか思えない自分のことがやや恐ろしくも思う。
 やりたいこと、というものが自分にはない。
 一応大学へ進学する方向では考えてはいるが、大学は親が勧める経済学を学ぶためにそれなりに有名な大学を選択したぐらいだ。三年の授業には『進路について』の話が含まれてくる。
『いまから君たちが選ぶ道は君たちの一生に関わってくる。よく考えて後悔しない選択をするように』
 耳にタコができるほど聞いたセリフ。しかしその授業を聞き、増田が横目にするのは自分と同じく右から左へと先生の話を聞き流している生徒ばかりだ。一体、どれだけの生徒が先生の話にしっかり耳を傾け、未来のビジョンを見据えているのだろう。……と、すこしだけ考えて増田は思考を散らした。
 ムダなことだ。自分にはいまのことしか考えないのに。
 今日の夕飯、明日提出の課題。週末に友人と遊びに行く予定。そんな目にみえる現実を考えることで精いっぱいだ。
 もうすぐ昼休みも終了する時間帯の一層賑やかになった廊下を歩いていると、ぽん、とうしろから肩を叩かれた。
「増田、それなに?」
 肩を叩き呼びかけたのは同じクラスの渋谷有利だった。
「これは去年配られた進路希望調査のヤツ。みんなに返却しろって先生に頼まれてさ。で、そういうお前はまた購買に行ってたのか。……相変わらずよく食べるなあ、渋谷は」
 渋谷はメロンパンを頬張って、片手にはビニール袋を持っている。
「そんなに食って太らないのが不思議だよ」
 渋谷は昼食にお弁当を食べている。それからデザートにとお菓子を少し。あの量だけでもすごいなと思うのにまだ彼のお腹は満たされていないらしい。
 感心したように増田が呟くと渋谷ビニール袋に手を突っ込みコッペパンをこちらに差し出してきた。
「増田も食べる?」
 どうやら渋谷の目には自分が物欲しそうにみえたらしい。
「いや、もうお腹いっぱいだから遠慮しておく。……それより、渋谷はもう進路決まっていたりすんの?」
 声をかけられて歩みをとめていた足を再び教室へと進めて尋ねると「おう」と素直に渋谷頷く。
「え!」
「おい『え!』ってなんだよ」
 思わずこぼれた驚きの声に渋谷が不満そうに口を尖らせた。
「あ、いや……ごめん。まだオレは決まってなかったし、てっきり渋谷もそうだって思ってたからびっくりしちゃって」
 渋谷は正直こういうことに関して自分と同じような心境に立っていたと思っていたのに。仲間うちで将来のことが話題に上がっても渋谷は夢を語ったりはしなかったから。
「でも増田は志望校決まってたよな? 某有名大学の推薦を受けるってまえに先生が言ってた気がするけど」
 小首をかしげて、尋ねた渋谷に増田は苦笑いをしながら頷く。
「ああ、まあね。そうなんだけど、なんていうか大学を卒業したさきの進みたい道とか職業とか全然みえてこねえんだよな」
 おそらくは大学でとった専攻の延長線上にある職業に就くだろうとは思うが、幼少時に描いていた『このお仕事にやりたい!』というような確立したものではない。ただ漠然としたもしか自分には思い浮かばないのだ。
 大人が悪い、というわけではない。彼らは自分たちの将来のことを心配している、というのは増田も理解しているものの、それでもいままで持っていた『夢』を語ればもっと現実をみろと否定をされてきた。それらが根元だとは言わないが、将来に描く夢というものをあやふやにさせている要因のひとつではあるだろうと増田は考えている。
「あー……」
 渋谷が納得したように声を漏らす。
「渋谷はどこに行くんだ?」
「ん? おれは声優の専門学校。声優になりたいなって思ってさ」
「……せいゆう?」
 聞きなれない単語に増田が聞き返せば「声を仕事にする職業のこと。ほらアニメとか映画の吹き替えのひと」と説明してくれた。
「お前そういうのに興味があったんだ」
 考えもしなかった専門学校、目指す夢に意外だなと増田が感想を述べれば「まあ、いろいろとあって」とちょっと照れたように渋谷は笑い、続いてなぜその職業を選んだのか聞こうとしたが、昼休みの終わりを告げる予鈴のチャイムが鳴る。
「あ! やばい。これ昼休み中に配れって言われてたんだ」
 先生の伝言を思い出して増田はわずかに歩く速度を早め、渋谷はメロンパンを急いで頬張った。
「渋谷、ほっぺがハムスターみたいになってんぞ」
「うるしゃいよ!」
 そうして教室へ戻り、返却しているうちに増田はすっかり渋谷に聞こうとしたことを忘れてしまったのだった。

* * *

『副会長』
 響きはえらく格好いい肩書きだが、実際には雑用係りのようなものだ。
 昼休みと同様、全ての授業が終了すると担任に頼まれた資料をだれもいない教室でひとり机上に広げ、ホチキスで綴じながら増田は思う。
 頼りになるからと全校生徒からの推薦で選ばれた副会長の座。皆、口々に増田が適任だと言ってくれたことは嬉しいと思うもののこうして自分でなくてもいい用事をことあるごとに頼まれていると自分はただの使い勝手のいいパシリとしか思われていないのではにかとわずかに皮肉な気持ちになる。実際、自分は誰かに指示を受けることを好んでいるのだからそう思われても仕方がないのかもしれないが。指示をされて、皆が望むような結果を出したほうが達成感は強い。文化祭やその他の行事は「ありがとう」と言われて副会長していてよかったと常々感じたものだ。
 パチン、パチンと数枚のコピー用紙をまとめてホチキスで綴じる作業を繰り返しながら、もう少しで副会長も退任するのだなと考えるとちょっとだけ寂しい気持ちになる。
 そうしてぼんやりと物思いに耽りながらようやくまとめる資料も半分となってきたころ、ガラリ、と教室の戸が開かれる音がした。ひとけのない校舎だからだろう。その男はやけに大きく聞こえた。
「あれ? マーじゃん」
 姿をあらわしたのは小学校からの幼馴染である遠藤夏樹(えんどうなつき)。
「何してんの?」
「見りゃわかんでしょ。先生に頼まれた書類を綴じてんの」
 言うと遠藤は「ふぅん」と自分から尋ねたくせにさして興味のなさそうな返事を返してこちらへと近づいてきた。
「べつに頼まれたからってやらなくてもいいのに。マーは真面目だよね」
 その物言いに一瞬、バカにされているような気がして増田はムッとしたが当の本人はバカにしたつもりはないらしい。コピー用紙が並べられた四つの机の一席に腰をかけてあたり前のように書類を整理しはじめた。
「俺も手伝ってあげる。マーも座れば? 立ってると疲れちゃうよ?」
 にへら、と人懐っこい笑みを浮かべ「マーの席はおれの前ね」と遠藤は席を指定する。
「俺が書類をまとめる係で、マーはそれをホチキスで綴じる係ね」
 あとからきたくせにすっかり遠藤のペースに巻き込まれている自分にたいしてため息をつき増田は彼に言われるがまま指定された席に腰をかけ作業を続ける。
 校舎内はひとが少ないがまだ校庭には運動部が活動をしているのだろう。ハリのある声がまるでBGMのように教室内に響く。
「……えんちゃんは何してたの?」
「俺も先生に呼び出しされてたの。希望する大学よりもっと高いところ狙ったらどうかって。遠藤ならそちらの推薦も受けられるだろうってさ。ま、希望してた学科もあったしオッケーしてきたよ」
「へえ……」
 遠藤は頭がいい。そして自分よりもずっと生徒や先生に頼りにされていて現在生徒会会長を担っている。頭脳は明晰でしかも顔も整っている。そこらへんのモデルよりも美形だ。知り合ったことに聞いたが、遠藤はくウォーターらしい。祖父が外国人でその血を受け継いだのだろう。ちょっと長めの茶色がかった髪の毛。瞳も黒ではなく明るい茶色。
 彼は自分と同じく大学に進むこともそのさきの将来のこともきっとおぼろげなのだろう。けれど、自分と違うのは遠藤はおそらく適当に選んだ大学でも楽しいキャンパスライフがおくれるだろうということだ。
 遠藤は人懐こくってすぐに友だちができ、高校での三年間、自分は彼が女性にアプローチされている場面や告白されている場面に出くわしている。
 それから、彼女といるところも。
「えんちゃんは理系だっけ。何を専攻すんの」
「薬学部。ちょっと興味があるから」
 ちょっとだけ興味がある。その一言が増田の胸をざわつかせた。
 遠藤は『ちょっと』だが自分で興味のある学科を選んだ。対して自分は『言われるがまま』大学も学科も選んだ。
 その違いに増田は大きな溝を感じる。自分で選択するのとしないのとでは全然違う。
 自分で言うのもどうかと思うが、勉強はそれなりにできる。いや、それしかできないと言ったほうが正しいのかもしれない。友人と呼べる者の多くは遠藤を通じて知り合ったばかりで自分から友人を作ったとなると高校では渋谷くらいしかいない。そう思うと、こうして置いて行かれたような心境に陥るにしては、自分が何の努力もしていないように思える。
 ……なんて、おこがましいのだろう。自分は。
「……そう。でもあれだよな。薬学部って頭が良さそうなイメージがある」
 普段であれば遠藤とふたりきりの状態で会話がない状態が続いても何も感じないのだが、今は何か話を続けていないと胸のざわつきが大きくなっていくような気がして増田は会話が続きそうな返事をした。
「ああ、俺もそう思う」
「自分で言うなよ」
「だって理系ってイメージするのって知的な人が多い感じあるじゃん。それかストイックなイメージ」 いたずらっ子のように笑い、まとめた書類を遠藤が増田へと手渡していく。それを受け取り、ぱちん、ぱちんとホチキスを鳴らす。
「でもさあ、こうして静かな教室にいて進路の話をするとなんだか感傷的な気持ちになるね。もうマーとこうして一緒に過ごすのもあと一年もないなんて信じられないや」
「そ、うだな」
 一瞬、息がつまり上擦った声がこぼれた。
 その動揺が気付かれてはいないかと増田の鼓動は跳ね上がったが、どうやら遠藤は気がつかなかったらしい。
「大学合格したら、今度はちゃんと目覚まし買うんだぞ。もうえんちゃんを起こしに行けないんだから」
 遠藤は朝が苦手で、隣に住む自分が彼を起こしに向かう。冗談のつもりで言ったはずなのに、それを口にした途端、喉奥にひりつくような痺れを覚えて増田は言わなきゃよかったと後悔する。
 大丈夫だろうか。いま、自分はヘンなことを言ったりしなかっただろうか。ちゃんと冗談に聞こえただろうか。本音を勘付かれて「どうした」と尋ねられたら泣いてしまいそうな気がした。
「大丈夫だって。目覚まし買わなくたって携帯電話のアラーム機能使えば。それに忘れたってどうにかなるでしょ」
 遠藤は笑いながら言う。
 そんな彼の態度を望んでいたのは自分なのに、いざ言われると心を痛める自分が嫌になる。
 わかっているのに。……遠藤にとって自分は幼馴染みにしか過ぎず、どうでもいい存在だと理解しているのに。
「どうにかなればいいけどな。……そういえば渋谷、声優を目指すんだって。すごいよな。オレなんて進学したあともそのさきの未来だって考えてないのにさ」
 どうにかこれ以上心をかき乱されないようにと、話題を他のものへと逸らしたいのに己の口から出てきた話題は同じようなもので増田は自分の失態に静かに奥場を噛みしめた。
「なんか意外! 渋谷ってそういう職業に興味あったんだなあ。俺、将来の夢なんてわかんないよ。あ、でも」
 遠藤が最後の資料を手渡して言う。
 屈託のない、無邪気な笑みをこちらに向けて。
「そういう夢じゃないけど、俺もおっきい夢があるぜ。可愛いお嫁さんをもらうの。で、べったべたに甘やかすのが夢!」
 ――グサリ。
 増田の心に見えないナイフが突き刺さる。
「……そりゃまた大きな夢だな」
 わかってる。わかってたよ。だからそんなこと言わなくてもいいじゃないか。
「でも、えんちゃんならきっとかわいいお嫁さんもらえるよ。ムダに顔はいいから」
「あ、ひでぇ!」
 ケラケラと笑い声を立てる遠藤に改めて実感する。
 ――この男は、自分のことを絶対に好きにならない。
 増田は受け取った最後の書類をホチキスを閉じた。
 ぱちん、ぱちん。――パチン!
 ホチキスが鳴る。
 その軽音はまるで自分の恋が一生片想いのまま綴じられていくような音に思えた。
「……仕方無いってわかってるけど、なんで初恋って叶わないんだろうな」
 脈絡のないセリフを増田が呟くと、遠藤は不思議そうに小首をかしげた。

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