私の指を差し上げます | ナノ

私の指を差し上げます
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 私はユーリが好き。だれよりも好き。
『付き合ってください』
 と言ってくれた男に私はそう言った。ひどいことを言っているという自覚はあった。が、真剣に私のことを思う彼にたいして本音を隠すのは礼儀に反していると思ったからきっぱりと言ったのだ。
 それを聞いて彼は、じっと私を見つめたあと微笑んだ。
『一番じゃなくていいよ。そんなきみを僕は好きになったから』
 と。
 彼――フォンウィンコット卿リンジーとの出会いは幼いころ。ウィンコットの毒を受けて仮死状態になったフォンクライスト卿ギュンターを助けるためにフォンカーベルニコフ卿アニシナに血盟城に呼ばれたのだ。あのころのリンジーは私よりも背が低く見た目は三歳児ほどであった。(とはいえ魔族の外見は人間の成長速度より遅く、実際の年齢は十二歳であったのだが。)あの頃のリンジーはやんちゃという言葉がぴったりだったのに、彼はいつのまにか声変わりをし、私の背を越していった。成長するにつれ、父であるフォンウィンコット卿デル・キアスンに顔立ちやおとなしい性格へと変化していった。
 私はリンジーが好きなのだと思う。私の想いをも包み込んでくれるリンジーのことを。
 しかし、交際してからも私のなかで誰が一番好きなのかと問われれば私は迷いなく『ユーリ』と答えるのだろうと思った。
 たとえリンジーに『結婚しよう』と求婚されても。
 けれども、リンジーと交際を四年が経て私は『好き』には多くの種類があるのだと、久しぶりに眞魔国の丘に存在する血盟城。お父様とのお茶会で知ったのだ。
「ねえ、お父様。私、リンジーのことはとても好きなの。でもね、結婚ってどういうことなのかしら。恋人となにが違うの?」
 リンジーに求婚されたとき、嬉しくなかったわけではない。むしろ、きゅっと胸が切なく締め付けられて泣きそうになった。だけど、私は「考えさせて」と彼に返事を返したのだ。結婚をしたくないわけではない。しかし私には結婚に踏み切ることができなかった。
 恋人と夫婦の違いが私にはわからなかったのだ。
 穏やかに過ぎる午後のテラスで私はユーリに尋ねた。
「うーん……そうだなあ」
 ユーリは考えるように唸り、紅茶に口をつけた。ティーカップを持ち上げた、ユーリの左手には銀色の指輪が輝いている。ユーリの後ろに立つ男から贈られた指輪が日差しを浴びてきらきらととても美しく。
「恋人と夫婦の違いなんてそれこそ、ひとそれぞれ考え方があるんじゃないかな。まあ、おれが思うに恋人から結婚に踏み切れるかの境界線は互いの価値観を尊重し妥協できるか、かな」
 ユーリは言って、後ろの男の顔をみるのではなく親指だけを男へと向けた。
「たとえば、こいつ。自分のこととなると驚くほど悲観的になる。あとおれの為なら自己犠牲を惜しまない。死んだってかまわないって思うところがおれは正直嫌いだ」
 ユーリが言うと短所をあげられた男は肩をすくめ「ひどいな」と苦笑いをした。しかしユーリはそんな男に「ほんとうのことだろ」と一蹴するとはなしを続ける。
「おれが何回言ったって治さない。いや、治らないのか。そう理解しててもおれもバカだから、腹が立ったり傷ついたりするんだ。でも、おれはこいつが好きなの。どうしようもないコンラッドが好きなんだ」
 私が十代であった頃は恋愛対象とした『好き』をユーリは口にするのは躊躇していたのに。やはり時が経てばひとは成長するものだ。私、ユーリも。みんな成長していく。
 ユーリはますます綺麗になって、魔王としての風格も出てきた。こんな美しくて気高いひとが私のお父様なのだと思うとうれしくて。思うたび、胸の奥があたたかくなる。
 コンラートと結婚してからのユーリはますます綺麗になった。結婚すると、ひとはやわらかく綺麗になるんだろうか。
「人は、成長するにつれて一人で生きてく術を身につけなきゃいけなくなる。自立っていうのかな。でも一人で生きることが当たり前になったとき、同じくらい一人で生きていくことが辛くなる」
 言われて私はそういえば……と思い当たる節があることに気づく。ひとに頼らずともできることが増え、ひとりでなんでもできるようになった。学校を卒業してからはより一人でいる快適さを感じるようになった。けれど、ふと誰かに隣にいてほしいと思うことがあったのを。
「そういうのってきっと一人前になってから気づくんだよな。一人じゃ生きられないってことを。んで、出会うんだ」
「出会う……?」
「そう。大切な人に。一人でいるときよりも自分が自然体でいられる存在に出会うんだ。ときには嫌だなと思うときだってあるのにずっと一緒にいたいって奴に。……人はさ、一人じゃ生きていけないんだよ、グレタ。自分が死ぬとき誰かに手を握ってほしくなる。おれはその手を握ってくれる相手がコンラッドがいいと思ったから結婚したんだ」
 ユーリの言葉が私の胸にじわじわと染み込んで、私のなかで『結婚』の二文字がゆっくりカタチになっていく。
「結婚すると苗字が変わるだろ? 名前の一部が変わるって相手の一部になるってことだ。だから死んだら一緒の墓に入りたい。この世でもあの世でも一緒にいたいってやつと結婚したらいいじゃないかな」
 そこまで言ってユーリは「あー……」とまた唸り声をもらしがしがしと後頭部を掻いて照れくさそうに笑う。
「ごめんな。おれは考えなしに喋っちゃうから話がよくまとまらなかったけど、まあ言いたかったのは相手の悪いところもぜーんぶひっくるめて『愛しい』って思えたら、相手の一部になることに喜びを感じられたら『結婚』を考えてみてもいいんじゃないのかな」
「……いと、しい」
「うん」
 ユーリがやさしい声で顔で頷く。
「どう? グレタはリンジーのことどう思う? リンジーの悪いところも許せる、妥協できる?」
 言われて私は少し間をおいて「どうかな」と答えにならない返事を返し、自分の左手の薬指を見る。この指にあの人の、リンジーからもらった銀色の指輪が輝くとしたら、と。
 私はそれ以上なにも答えなかったのに、ユーリとコンラートは互いの顔を見合せて困ったようにそれでうれしそうに笑いはじめた。
 私の本当の答えなど、とっくに知っているように。

END



  
 
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