いま輝く命 | ナノ

いま輝く命
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 刻々と一度も止まることなく時が刻まれるように季節や日々は巡っていき、歴史は重ねられていく。
 いまではこの国では十六歳まで、義務教育が受けられるようになり、子どもたちは定時になるとみな家を出て学校へと通うようになった。
 子どもたちは、私よりもずっと知識と教養を身につけている。読めない文字、理解できない語学。そして、この国の歴史を知っている。
 私は国から配布される教科書をときおり、孫に見せてもらっている。とくに興味をひかれるのはやはり歴史であった。歴代の王やその時代の民の生活が詳細に記載されている。魔族は寿命が長く、何代か王が変わっていくのを目にしているためか教科書に書かれたそれらはとても懐かしい気持ちを私に与えてくれるのだ。
 何度も読み返す歴史の教科書。そのたび私は、第二十七代魔王陛下について書かれている個所に目をとおす。息子は二十七代魔王が即位する八十年ほどまえに生まれたので、息子は二十七代魔王のことをよく知っているが、息子の孫はあまり二十七代魔王のことなどよく知らない。
 まだ幼い孫だけではない。いまの若者もそうだろう。もちろん、私たちももうあの頃を記憶が少しずつ薄れていってしまっている。
 しかし、知っているのと知らないのではまったく違うのだ。
 孫や若者にとっては二十七代魔王が行ったことなど、まるでお伽噺を聞くような感覚なのだろう。
 よく頻繁にどこの国も戦争をしていたことも知らなければ、人間と魔族に差別があったことも『遠い昔のはなし』という心持ちでいる。
 勉強や戦争も知らない世代が現れるということはうれしくまた、すこしだけ不安を覚えてしまう。
 少年王が玉座に就いたときの光景は私の目に焼き付いて離れない。
 好奇や憎悪……様々な周囲の目が新たな王に不躾に注がれていた。そして私もそのひとりである。少年はそわそわと落ち着かない様子で、それでも必死に前を――未来を見据えた漆黒の瞳で大きな声で述べた。
『まだまだ、頼りないおれですけど……一生懸命がんばります。でもおれまだ知らないことばかりです。だからどうかみなさんのチカラを貸してください! おれは、おれの夢は――この世界が平和になること。それと人間と魔族が共存しあえる世界をつくることです!』
 黒髪に黒い瞳。そして容姿端麗な少年王。
 若干十六歳という若さと異世界で育てられてきたということもあってか、やや言葉つかいが荒い魔王を目にしたとき正直私は内心嗤っていた。
 見目麗しいが彼はきっとただの『眞魔国の象徴』に過ぎないのだろうと。
 現実に目を向けず、夢物語を語っている可愛いお人形なのだと思っていたことを。
 そう。誰もが少年王の公言など信じていなかったのだ。夢を見るだけなら、語るだけならば、だれにだってできると諦めていた。
 しかし、あの魔王は口先だけの者ではなかったのだ。
 あの小さな背中に多くのひとの願いを背負い宣言通りに一生懸命一歩一歩ゆっくりではあったが確実に夢を叶えてきたからこそのいまの未来があることを現代の若者たちは知らない。
 知らないことを悪いとは思わない。あの時代を知らないのだから、知らないことに対して文句をいうのはあまりにも身勝手なことだ。
 それに二十七代魔王は世界が変わりつつあるなかでこうも仰っていた。
『みなさんの努力があってこそのいまがあります。子どもたちが勉強もできることや自由に職を選び、好きなひとと結婚ができること。いままでのことがあるからこれらが全部特別に思える。だけど、おれは『特別』を『あたり前』にしていきたい。いまの幸せが当たり前になるようになったらいい』と。
 私たちも魔王の願いに賛同し、描く未来を築きあげようとした結果が現代を生きる若者たちの感覚に変わっているのだから。
 これでいいのだ。
 ――けれど、どうかいまを生きる彼らの胸の奥に、時折でいい。ふと思い出してほしい。
 いまあたり前にあるこの平穏はむかし、誰もが願い、そして叶わぬことだと諦めていた未来であるということ。
 人間と魔族が共存している生活は『赦されることのないこと』であったことを――シブヤ・ユーリ陛下が夢ではなく現実にしてくださったことを。
 私はよく孫に『なにかお話をして』とねだられるたびにユーリ陛下のはなしをする。
 お伽噺だと思われてもいい。
 これは私のわがままであるが、ユーリ陛下や陛下に仕えた臣下たちをどうか、どうかこの先も忘れないでほしいのだ。
 孫が大人になり子を授かったとき、また私のようになにかお話を、と言われたとき自然とこの話をしてくれたらうれしい。
 いつまでも、私たちの誇り高き魔王陛下を想いを語り継いでほしいと私は願うのだ。


END

初めから『あたり前』のことなんて存在しないのだ。



  
 
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