自制せよ、自戒せよ、自虐せよ | ナノ

自制せよ、自戒せよ、自虐せよ
title 九


 叶わない恋心を抱いてきた。胸をかき乱すこの想いは一生くちにすることなく、墓場まで持っていこうとした恋心。
 初恋など叶わぬものだ。ましてや、己の命を捧げ忠誠を誓った主であればなおさらのこと。そう自分に言い聞かせていたのに、自分は思いのか自分に甘くできていたらしい。
 コンラートは、己の弱さにひっそりと自虐的な笑みを浮かべとある日のことを回想する。
 なにより大切な主のことを思い、だれにも告げず眞魔国を、魔王ユーリのもとを去り、もうひとつの自分の故郷であるシマロンへ向か新たな主であるベラール王に仕え、四つの箱を巡るなかでユーリを傷つけ、あろうことか刃を向けたあの日々のこと。そして、自分勝手で思い上がった自分の行為を泣きながらも赦してくれたユーリとの再会のときを思い出す。
 もう二度少年のとなり、なによりも居心地がよかった彼のとなりに戻れることはないと思っていたのに。愚かな自分をユーリは赦してくれたのだ。
『あんたはあんただ。同じ人間なんてこの世に存在しないってことをわかってくれよ。自分はどこにでもいる人間だとか思うな。だれもコンラッドの代わりにはなれない。あんたが自分のことが嫌いでも、おれはコンラッドが好きなんだ』
 と、ユーリは心の奥底から欲していたことばをくれたのだ。また、彼のとなりで生きることができただけでも夢のような奇跡だというのにーー現在は、墓場までもっていこうとした恋が叶い、恋人同士になっている。
 ユーリに告白をされたとき、驚きとうれしさと同時にそれ以上に自分とつき合うことで様々な問題が起こるだろうとすぐに察しがついた。ほんとうであれば好きだからこそ告白を断るべきだったのだと思うが、目の前にいる少年を自分のものにできるという強い誘惑。そしてなにより自分自身が彼を欲してやまない本能が理性を打ち壊したのだ。
『欲しいものは欲しい』と『諦めるな』と言ったそれに甘えてしまった結果なのかもしれない。
 とはいえ、ユーリと付き合うことにたいして後悔としてはいない。
 キスもセックスも泣きそうになるほど繰り返すほどしあわせだと感じる。けれど、恋人だからとはいえ、それを口外することはない。あくまでもふたりだけの秘密なのだ。
 どんなに自分たちが愛し合っていてもこの関係は端からみれば恋人ではない。ユーリには婚約者がいるのだから、正確に言うのならば愛人関係だと言えるだろう。もちろんそれにたいしても不満はない。
 この関係が知れたとき、世間の目は冷ややかなものとなり、王であるユーリの信頼を失うことになるかもしれない大きなリスクがあるのならば、このままだれにも知らずに密やかに愛をはぐくんでいたほうがいいのだと思うからである。
 ……しかし、このような関係は長くは続かないだろう。
 そう思うたびに、コンラートの胸はひどく痛みを覚える。
 ユーリがこの世を統べる王になることを選択したのだから。いまはまだ幼く、他国の王や未だ魔族と人間との差別から共存を非現実的だと人々からは彼が王であることを認めらないこともあるが、ゆっくりと彼はこの世界を変えつつある。ユーリが偉大なる王としてこの世を統べる日もそう遠くはないだろう。
 それを考えれば、現在の関係が彼の願いの足枷になっていく。
 いまは自分のものでも、自分ひとりが彼を独占することなど無理なことであり、多くの者はユーリが異性と結婚をし、子を授かるのを願うことだろう。
 ユーリはやさしい。
 おそらく、民の願いを裏切ることはできない。
 いつかこのしあわせな関係にも終止符が訪れる。
 そのとき自分はきっと笑顔で別れ、彼の結婚を祝福をする。もう二度と彼を悲しませたくはないから。
 ――しかし。
 コンラートは自分のとなりですこやかな寝息を立てる少年に目をやり、そっと抱きしめる。
「ユーリ……」
 くだらないことだとはわかっている。遠くない未来のためコンラートにはできないことがたったひとつだけある。きっと結婚をしても自分はユーリのとなりから離れることはない。けれども、他の相手と交際をし結婚をしたとき自分は何度も彼の首筋を目で追うことになるだろう。
 こうして愛して、肢体を繋げても、できなかった行為のあとを探して。
 いつかの別れを後悔することはないと思う。
 こんなにも幸福な時間を過ごせているのだから。
 だが、ひとつ心残りがあるとすれば、愛しいひとの首筋に独占欲の証である、朱色の痕を残せないことだ。
 コンラートはユーリの首筋にかおを埋め、やわらかい皮膚に口唇を滑らせ、空想する。
 ユーリのからだじゅうに朱色の証が散る、叶わない夢を。




自制せよ、自戒せよ、自虐せよ
(望むべき幸福が叶った今、これ以上を求めることはいけないことだと理解せよ)

END

人と云うものは何故こんなにも貪欲で愚かな生き物なのか。



  
 
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テーマ「人外ファンタジー」
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