わたしのサイファ | ナノ

わたしのサイファ
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 ありふれたことば――たとえば『おはよう』や『おやすみ』のあいさつから『はい』と『いいえ』などの日常会話にたくさんの意味を込める。
 だれにもわからない、自分だけがわかる意味を。
 どれだけあなたが好きだとか、情けない嫉妬。泣いてしまいたいくらいの切なさを悟られないように混ぜ込む。
 コンラートは物心がつくとそうしてことばのなかに己の様々な気持ちを混ぜ込んできた。
 幼少時代はどちらかといえば本音とは裏腹な返事や応答をして腹では相手を蔑んだり、自身の持つ考えや気持ちを手放すために混ぜ込んできたように思う。
 けれどもありふれたことばに本音を混ぜ込む行為にたいして意図が変わってきたのはいつのことだったか。
 自分より百歳も年下の相手に、男の子に、自分の『ほんとうの気持ちに気づいてほしい』と思うようになったのは。
 髪も目も黒く、しかしだれよりも澄んだ目をして、諦めることをしらず茨の道をひたすらに前向きに生きる少年を護りたいと思うだけではなく、いつまでもこうしてとなりにいれたらと恋心を抱くようになったのは、いつからだろう。
『ユーリ』
 と、少年の名を呼ぶときコンラートは平然を装いながらもまるでトーストにたっぷりとハチミツをかけるかのように甘くて重い本音をたっぷりと音にのせていた。
 気付いてほしいと思うのと同じくらい気づかないでほしいと願った本音を。
 けれども、ユーリは自分が思っていたよりも聡いひとでもしくは気づいてほしい、ほしくないを天秤に掛けたとき傾いた皿が本音であったからか……想うだけで実るはずのない恋に花が咲き、公では言えないもののひそやかにふたりは恋人同士となった。
 だからもう本音を日常にあふれたことばに混ぜ込む必要もないのかもしれない。自分の想いを知られたいま混ぜ込んでも少年には筒抜け状態であるのだから。
 どんなに隠していたとしても、悟られているというのはすこしばかり気恥ずかしい。
 だが、それをやめられないのは自分は浮かれているからなのだろう。
 恥ずかしくとも、繰り返してしまう。
「ユーリ、」
 夕食を終え魔王の主寝室へと向かう廊下の途中、コンラートが主である少年の名を呼んだ。
 彼は一度歩む足をとめたが、三歩後ろを歩くこちらを振りむくこともせず、さきほどよりもわずかに足取りはやく歩いて行く。
「ユーリ」
 もう一度、名を呼ぶ。やわらかく、愛しい少年の名を。すると彼はちいさく息を吐いてから後ろへと顔を逸らした。少年の顔は暗がりあるのに関わらず、うっすらと赤らんでいる。
「……そういう風に、名前呼ぶのやめろよ。コンラッド」
「なら『陛下』とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」
 言うと「そういうことじゃなくて!」とユーリがムっとした口調で言いコンラートを睨んだ。
「では、どういう意味でしょう?」
「……あんたわかってるのにそうやって返すのは、意地がわるいぞ」
 自分だけがわかっていたことばにのせていた意味。
 いまでは、自分と愛しいひとが共有する暗号になったそれがうれしくてコンラートはやめられないでいる。
「ですね」
 と、コンラートが肩をすくめればユーリは困ったように笑って「コンラッド」とふたりだけの暗号を含んだ名前を呼び、コンラートは三歩後ろではなく愛しいひとのとなりに肩を並べたのだった。

END

サイファ:暗号(独特の表記法によって第三者が読み解けないようにすること)




  
 

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