あなたをお慕いしています | ナノ

あなたをお慕いしています
title 不眠症のラベンダー



 年齢=恋人いない歴。と、以前ユーリは言っていたがコンラートはそれを信じてはいなかった。
 彼ほどひとに好かれやすく好意をもたれる者などいままで見たことがなかったからだ。だれにでもこころを開き、もしくはこころを裂くひとなどいない。
 日本人は奥ゆかしい人種だとも聞いたことがあったので、あの発言も単なる謙遜だろうと思っていたのだ。
 ――この状況に陥るまでは。
 はなしは数時間前にさかのぼる。
 さいきんユーリは体調が優れないようで、何度かちいさくため息をこぼしていた。ため息をついていることを当の本人はわかっていなかったのだろう。その際、浮かべている表情も憂いを帯びていて執務中にもため息がこぼれるたび、彼にはグウェンダルの視線が向けられていたのだが、それにもまったく気がつかない。
 コンラートもユーリのそのような光景を目にするたび、気にかけていたのだがここ数日は遠方の任務に赴くことが多く早朝に血盟城を出て、深夜に帰還しなければならず彼に尋ねることもできずにいた。
 そのような日々が続き、切っ先を開いたのはグウェンダルであった。
『……今日の執務はここまでとする』
『え? だってまだ机にいっぱい資料が溜まってるのに』
 突然の執務終了発言にユーリは驚いたように机上に積み上げられる資料とグウェンダルの顔を交互に見合わせたが、グウェンダルはそんな彼には構わず資料を片付け普段よりも眉間にしわを寄せ、ユーリを睨めつけた。
『たくさんため息を吐かれるとこちらもやる気が失せる』
『ため息? だれが』
『やはり気がついていなかったか。ため息を吐く奴というのは、小僧、貴様のことだ。……コンラート、遠方の任務も昨夜で終了しただろう。今日は陛下についてくれ』
 
 そうしてコンラートは状況を呑み込めないユーリをよそに、自室へと案内をしたのだ。ユーリはため息をついていたことには気がつかなかったが、どうして自分がため息をついているか、という原因については見当がついていたらしい。
「……なあ、コンラッド。おれもしかしたらなにか病気にかかったのかもしれない」 
と述べるユーリの頬はたしかにほんのり赤い。
「病気を招くようなことになにか心当たりでもあるんですか?」
 コンラートは鎮静効果のあるハーブティを淹れ、ユーリに手渡し、はなしの続きを促した。
 だが、この時点でユーリの病状について妙にいやな予感がしていたのだ。
「いや、とくにないんだけど……ふとしたときに不整脈っていうの? いきなり胸がどきどきするんだよね」
 ぽつり、ぽつりと呟く彼のことばにコンラートの不安感が徐々に高まっていく。正直はなしを逸らしたいとさえ思うがグウェンダルが執務後、ユーリに同伴しろと言ったのは『ため息の原因を報告しろ』というのも含まれている。だれもがユーリのことを心配しているのだ。自分の勝手な予感にはなしをそらすわけにもいかない。
「……たとえば、どのようなときにその症状は起こりやすいのですか?」とテーブルのあい向かいのイスに腰掛けるユーリにさらに尋ねてみればユーリは考えるように宙にかおを逸らしたあと「あ、」とこえを漏らした。
「コンラッドとふたりきりになるときが多いかも」とさらり、と言った。
 いやな予感が的中した瞬間だ。
「いまもそう。そうやってじっと見つめられるとどんどん鼓動が速くなっている気がする」
「……」
 ここでようやくコンラートは彼が以前言っていた『恋人なんていない』と述べたそれが謙遜ではないことを理解する。
「おれ、どうしちゃったんだろ。コンラッド。この病気ってなにかわかる」
 自分はわかる。知っている。その不整脈がなんであるか。
 しかしやはりユーリには不整脈も頬がほてる原因も見当がつかないようだ。
 純粋な目でじっとこちらを見つめる。相変わらず、赤い頬のままで……知らないから、尋ねるのだ。
「……一度、ギーゼラに診察してもらいましょう。もしかしたら風邪をひいたのかもしれません」
 わからないのならそれがいい。……そのほうがいい。
「やっぱりこれって風邪からくる熱?」
「おそらく。お風呂上がりにちゃんと髪を乾かしてましたか?」
 言うとこくりと頷くが、その表情にうっすら後ろめたさが見えコンラートはほっとと安堵した笑みをみせる。
 純粋な彼をこうして『風邪』だと言いくるめることには少々罪悪感を感じたが、それでも彼がほんとうの病名を知ってしまえば傷つくのは目に見えている。
 ……だれにも明かしていないが、実は自分にも目の前にいる少年と同じ症状が出ている。
 ユーリを目にすると突如として不整脈に襲われているのだ。
 そう、ユーリ限定で。
 この病の本当の恐ろしさは自覚したときだ。自覚しなければそれほどまで自分を脅かすものではないが、病の名を知ったときにはもうどうにもならない。
 ましてや、女性が好きだと言った少年が病の元凶が護衛だと知れば戸惑い、傷付くのが目に見えている。
「……風邪からくる火照りなのでしょう。薬を処方してもらえばすぐに良くなると思いますから」
 コンラートは何度もユーリに風邪だと言い聞かせ、静かに奥歯で想いを噛みつぶした。

あなたをお慕いしています
(恋の病に傷付くのは俺だけで十分です)
  
 


安心して。それは単なる風邪ですよ。すぐに治るから。


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -