メモリームーン
title 九
夜なのにやけに視界が明るい。
アーダルベルトが夜空を見上げると天にはサンサンと輝く満月があり、ふと駆けていた馬をとめた。
「……」
静かな夜にゆるやかなに風が木々の葉を揺らしてわずかに音を鳴らす。風はやわらかくアーダルベルトの頬を撫ぜる。
――ねえ、アーダルベルト。
と、ふいに、耳元で声がした。
『……夜が、明るい』
『夜が明るい? どういうことなの?』
アーダルベルトの呟きに好奇心旺盛に彼女が尋ねる。
彼女は生まれつき目の見えない彼女は目の見える自分たちには見えないものが見える。たとえば『ひとの心』や『本質』を。それらをアーダルベルトは教えてもらうかわりに自分は見えるもの、景色などを彼女に教えるのだ。
アーダルベルトは彼女の手をとるとそのやわらかい手のひらに指で円を描いた。
『今晩は満月が出てる。お前も月はどのようなものかわかっているだろう?』
『ええ、もちろんよ。昼間に昇る太陽とおなじ偉大なるもの。夜を照らすものが月でしょう』
『ああそうだ。満月になるとな、普段以上に月が輝くから普段より夜が明るくなる』
言うと、彼女は次々とアーダルベルトに尋ねた。
どれくらいの大きさ?
どんな色?
どんな風に明るいの?
相手が自分と同様に目が見えていれば、大きさや色を簡単に伝えられる。けれど見えない彼女には伝えるのはとてもむずかしいことだ。しかし彼女はうなり声を交えながらも拙い説明をする自分に何度も相槌を打ち、あたたかな笑みを浮かべながら『満月はすてきね』と言った。
彼女は満月を気にいったらしい。
『……今日は満月が出ていたから、きっと私もいつもより明るい気持ちでいるんだわ。また、満月の日になったら今日は満月だと教えて』
――あのとき、自分は『わかった。約束する』と言ったのに。
「……忘れていたなんてな」
忘れていたのは、おそらく彼女を失ったことにあるのだろう。
眞王の策略によって彼女は命を落とした。 彼女はだれより民を想い、ひとを想い、国を想い、世界を想っていたのに。
なぜ、彼女が人柱のような扱いをされなければならなかったのだろう。
なぜ、彼女は自分に相談してくれなかったのだろう。
彼女を失い、涙が枯れるまで泣き、涙とともにさまざまな感情が溢れ出て――残ったのは、怒りと憎しみだけだった。
その怒りと憎しみに捕らわれていたことで彼女との約束を忘れていたのだろう。
しかしそれがいまになって思い出したのは自分のなかのなにかに踏ん切りがついた証拠なのかもかもしれない。
――もう彼女はここにはいない。この世界で出会うことも。
けれど、きっと見ているはずだ。
「……ジュリア。今日はお前の好きな満月だぞ」
魂の宿主である双黒の少年の目を通して、この美しく大きな満月を。
END
アダジュリも好きです