ラブマシーン1



 なにそんなに童貞ってダメなわけ?

 大学生の夏休みは長い。大学に入ってからの初めての夏休みをおれは大変複雑な思いで迎えようとしている。安い簡易なベットに横になり、狭い天井を見上げる。ああ、悲しいというよりも、なんだか情けなくて涙が出そうだ。
 今日から素敵なキャンパスライフ第二段を送れるかと思っていたのに。
 どうして第二段かといえば、第一段は既に大学に入ったことでクリアされているからだ。勉強がてんで出来ないおれは、高校の先生も匙を投げる状態だった。そんなおばかちんなおれを学力全国二位の大賢者村田様こと親友の村田健と将来は埼玉県知事になるという脳内を常にギャルゲーに犯されているのに関わらず、成績は常に好成績を保っていた言われる兄貴(お兄ちゃんって呼べってうるさい)に両サイド脇を固められて高校生最後の年はかなりしごかれたおかげで底辺にあった成績はぐんぐんと上がりそれなりに名のある大学へと進学できた。
 一夜漬けみたいな勉強を方法じゃなかったから、大学に入っても勉強に困ることなかった。友人も結構できて、休日には地元に帰って草野球をするからサークルには入らなかったけど、付添いでサークルの飲み会に行くこともあるから先輩との交流もまあまあ良好。

 だ、け、ど、さ!

 もう一つ足りないわけですよ。順風満帆キャンパスライフには。勉強も友人も良好ならば、もう一つ足りないのは恋! と、いうかそれを飛び越えて恋人! そう、恋人が欲しいわけです。別に高校時代も大学入った当初もそれほど喉から手が出るほど欲しいって思っていたわけではなかったんだけどさ。でも仲のよくなった友人らがどんどんと恋人を作って、休日や空き時間には構ってくれる時間が少なくなった。しかも、昼飯はその友人の彼女らも一緒に飯を食べるから、なんだか居心地が悪い。まあ、友人たちは独り身のおれを冷やかすようなこともしないから、そんなことを思っているのはたぶん、おれだけかもしれないけど。けれど、毎回のように甘い雰囲気のなかにいると、気が滅入ってしまう。
 そうして、そこまでやらなくてもいいのに空いた退屈な時間を埋めるためアルバイトに勤しんだ。夏休みにもしかしたらみんなでどこか旅行行くかもしれないし、草野球の備品を買いそろえるためにも……と、自分自身に言い訳して溜まったお金は今までの貯金を合わせても数十万。お金が貯まるのは嬉しいけど、なんだかそこまで使い道がなかった自分にちょっとショックだ。
 まあ、そのおかげでいろんな飲み会にも参加出来たんだけど。友人の多くは花のキャンパスライフによろしく、大学になって恋人を作った。みな考えることは同じで、おれも可愛らしいとある飲み会で知り合った。ふわふわとした茶色い髪をした笑顔の可愛らしい女の子。気もあってメールアドレスも電話番号も交換して結構いい感じと思っていたのは自分だけだったらしい。
 初めて誘われた二人きりのお出かけ、と言っても彼女のお買いものの付添いなんだけど。自分が誘われたのは純粋にうれしかった。それなりに順調に進んでいたと思う。買い物も終盤に近づいて、自分としては上出来だったと思う。彼女をお茶へと誘った。
 可愛らしく彼女は紅茶とケーキを頼み、おれはそれほど好きでもない珈琲を注文したその間。なにを話していたのかも今となってはよく覚えていない。ただ、女の子と一緒にいる。それがもうおれにはすごいことで、自分のなかではすでにデート気分だった。
 このままなら、うまくいくかもしれない! 自惚れた脳内回路をもつおれはほんの少し勇気を出して、ちょっと探りを入れることをした。
「ねえ、彼氏とかいるの?」
「いないよー。いたら渋谷君とこんな風にお出かけ一緒にできないよ」
 頬をうっすら染めて答える彼女はとても可愛らしかった。
「……と、いうかね。実はつい最近別れたんだ」
「え、そうなの!」
「うん。もう、ちょっと渋谷君声が大きいよ」
 声のボリューム下げてよ、と困った顔した彼女にぺこぺこ頭を下げながらも、もう内心どっきどき。心の声まで聞こえ始めた。
 いまがチャンスなんじゃないか、って。
 だって、つい最近の振られた女の子が数ある男友達のなかでおれを選択してくれたっていうことはそれなりに脈ありと判断してもおかしくないじゃん! ああ、神様素敵な夏休みの目の前にしておれに褒美を与えて下さったのですね、感謝します! 神様! なーんて思わずいもしない神様に祈り、心のなかでガッツポーズまであのときは決めていた。
「あのさっ……」
「だってね、彼氏が童貞だったんだ」
「……え?」
 むぅっとした顔で彼女が言った単語に、おれはぴしりと固まった。
「……ドウテイ?」
「うん! だってさ、大学生にもなって男の子が童貞なんだよ? 女の子が処女っていうならまだ、自分を大切にしてるんだなあ、って思うけどさ。男の子がそれだと、女の子を引っ張っていけそうにないし……私が初めての恋人って言われてもさ、そっちまで初めてだと、嫌だよね。ちょっと気持ち悪い。ね、渋谷君もそう思うでしょう?」
 思うでしょう、と問われても。なんて答えたらいいのか分からない。
 幸い、タイミングよく注文の品がテーブルについて。
 儚くもおれの遅咲きの恋物語は幕を閉じたのでした。

 * * *


 そうして、迎えた夏休み一日目。
 おれはさびしくアパートの一室、寝台のうえでさきほどの淡い恋心を回想し終了した。休み一発目から課題をやる気にもならない。友人らの大半は愛しい彼女と旅行へと出かけたり、地元に帰郷したりと構ってくれるやつもいなかった。薄情者たちめ。
 自分の地元もさしてアパートから遠くもなく、電車で乗れば一時間もかからないのだが、夏休み前に友人らと計画も立てていないくせに、旅行へ行くからと宣言した手前、少しばかり帰りづらい。兄貴がいれば、真っ先に『課題をやれ』と言われるのも目にみえる。
 恋に破れたおれの話を聞いてくれた村田健も今日は都合がつかなくてアウト。おれは家でだらだら過ごすしかなかった。
「……童貞はだめなのかあ」
 ……うわ。
 今、ぽつりと呟いた言葉に自分で傷ついたよ。寝返りをうって哀愁をやり過ごす。
 でも、彼女の言うとおりなのかもしれない。もし、おれがあの子と付き合うようになって男女の営みがあるとして、たしかにおどおどしていていたら萎えるだろう。いやいやだからと言って一緒に歩んでくれる彼女であったら許してくれるかもしれない。しかし、女の子にそこらへんをリードされるはちょっと男としてやっぱりいただけない。
 やはりここは脱童貞で! って言いたいところだけど。
「先立つものがなにもない……」
 脱童貞! それこそ、肝心の恋人がいなければ卒業できない。……なんだか、これこそ遅れてきた思春期だな。恋人が欲しいとがっついて、こんなんじゃ逆に出来るはずないし、彼女なんて大事にできなそうだ。
 思いなおしても、かんかん照りの外に今更出る気力もなくおれはパソコンの電源を付けた。考えても相手が降ってくるわけでもないのだ。ひとり寂しく課題を済ませてしまおう。周りで漂う哀愁を咳ばらいして払い、ネットを開く。何秒としないうちに開くそこにある検索ワークに資料となる本のある図書館が近くにあるかを検索する。ネットでもいくらか課題の資料は入手できるが、今はそこまでやる気がない。
 そうして気がつけば、横道にそれよくわからないままネットをぐるぐると廻っていて。なにに憂鬱になっていたのかも忘れたころ、変な広告を発見した。
「……ラブ、マシーン?」
 とりあえずクリック。
 ピンクのビビットカラー背景が目に痛い。ちかちかする。
 目を細めて文を読む。いつもならこんな変な広告も目につかなかったし、クリックもしなかっただろうに、まるで吸い込まれるようにして【ラブマシーン】についての勧誘文を読み終えた。
「あなたの思い通りの顔、体型、性格に合わせた最高の恋人を破格の値段でお届けします。……機能も充実か。に、しても十万円。高いっちゃ高いなあ。アンドロイドにしては本当に破格の値段なんだろうけど」
 いまの貯金では簡単に十万円くらい引き出せるけど、十万ほど価値がこの【ラブマシーン】にあるんだろうか。普段なら悩まないことで悩んでいる。もうすでにそれは答えが出ていることだとわかっているのだけれど……。もう一度内容を読みなおして、考える。
 アンドロイドは家事全般もしてくれるらしい。そこでまた心が揺れ動く。実家では毎日家族揃って食事をするのが当たり前だったのもあって、一人暮らしの食卓は結構寂しい。一人暮らしだから気楽な部分もあるのだが、やはり一人でご飯を食べるのは美味しくないと感じる。だからと言って、アンドロイドがいたら変わる、なんてことも思っていないが。所詮は機械なのだ。そこに心はない。
「そう思ってるくせに、消さないのは、やっぱりあれだよなあ……」
 そこ魅力を感じているからだ。
 どうやら、自分が思っていたよりも心は相当にダメージを受けていたらしい。
「まあ、ショーリのギャルゲー、具現化バージョンってことで一回、ひとのみち逸れてみようかな」
 どうせ夏休みで誰にも会わないのだ。若気の至りのせいにして十万円位ぱーっと使ってしまってもいいじゃないか。失敗したら返品に出してしまえばいいし、良い買い物をしたらそれはそれで、恋愛のいろはを教えてもらえばいい。
「脱、童貞! 恋人ばんざい!」
 おれは、スクロールの最後にある購入ボタンをクリックした。


 
 ――で、三日後。

 夏休みに入って早々の引きこもり。おれは家のなかを徘徊していた。
 目の前には例のアレ。
 【ラブマシーン】が。
 おれのベットよりも長さがあるんじゃないかっていう長方形の大きな箱。と、いうかドラキュラの入っていそうな棺桶に近い気がする。どおりでここまで運んでくるときに宅急便のお兄さんたちが重そうな表情をしていたわけだ。宅急便のお兄さんたち、お疲れ様です。
 説明書はもうとっくに読んで、あとはこの箱を開けるだけ……なんだけど、それができないままでいた。緊張してるって言うのもあるけど、開けた瞬間に人を感知してまるで生まれたての赤ちゃんのごとく目に映った人間を恋人(主人)だと思うらしい。その一瞬のことを考えると怖いというかなんというか。まあ、開封しないと何も始まらないんだけどさ。
 小さく息を吐いて、躊躇う気持ちを消すように包装紙を破き、ぐるぐると貼ってあるガムテープを剥がす。うっすら開いた箱。
 ここに、おれの彼女がいる。
 思わず息を飲み、そして、おれは意を決してそこを開けた。
「……は!?」
 ちょっと、ちょっと、待って! これって……
「初めまして、ユーリ。俺の愛すべき恋人」
 そうしてあらわれたのは西洋風の顔のつくりをした、男。
 あまりにも予想外の展開で思考回路が上手く働かない。はっとして気がついたときには、頬に柔らかいものを感じた。少しだけ、冷えたそれは奴の唇。
「な、な、なっ……!」
「どうぞこれからよろしくお願いします、ユーリ」
 物腰柔らかく笑うその男の隣でおれは絶叫した。


(ああ、なにがどうしてこうなった!)











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