そうそう差し伸べられるとお思いか | ナノ

そうそう差し伸べられるとお思いか
title 錆


 若干十六歳という若さで一国の主となった第二十七代魔王シブヤユーリ。
 美しい黒に身を包んだ少年が謳う願いはあまりにも壮大なものでおおよその者は夢物語を嘲笑うだけであった。国民がそう感じていたのだから、他国ともなれば関心もなかっただろう。
 しかし。
 少年王が君臨してからの数年で眞魔国情勢は他国と比較ができないほど上昇の一歩を歩んでいる。それはユーリが夢物語を語るだけでなく自ら率先して、行動を起こし続けていたからこそだ。
 現状に落胆をせず、あきらめない強い向上心。生半可な想いではここまで国を人々の意識を改革させることはできなかったのだろう。もう何千年とすりこまれてきた魔族と人間との意識を変えていく。民の心の声に耳をかたむけ、心を砕き、ひたすらにみかえりを求めずひたすら無欲に人々の願いを叶える。太陽を彷彿させるようなあたたかく広い心を持つユーリだからこそできたこと。
 国が活性化すれば自然と国やユーリの評判は風に乗り他国に届いていく。それはいままで人々が感じていた眞魔国の印象を大きく変えることにも繋がるので良いことだと思うが――それだけではない。
 コンラートは、静かに眉根を顰めた。
 風に乗って流れ人々の耳に届いたそれらの噂を聞きつけたとある国の特使が現在眞魔国に視察に訪れているのを思い出してだ。
 一昨日、眞魔国の情勢を知りたいとやってきたのだが、特使らの顔立ちは一見朗らかなものであるが彼らの瞳にはあたたかさがなく陰りを帯びたもので、眞魔国の情勢を知りたいと言い視察に訪れているはずなのに関わらず魔王直々にが丁寧に説明をしていても生返事ばかり。
 おそらく彼ら特使はユーリのことばも噂話も信じていないのだろう。
 王と民の努力で築きあげてきたのではなく、ユーリの持つ多大なる魔力がいまの眞魔国を創りあげている……そう彼らの瞳や雰囲気がものを言わずに語っている。
 彼らの真の目的は、学ぶことではなく魔王に媚を売ることなのだろう。だからここ三日の視察ではなにかとユーリを煽て、媚びへつらっているのだ。
 こうして交流を深めてユーリに好かれればさしたる努力もせずにおこぼれや甘い蜜が吸えるのとでも思っているのだろうか。
 ユーリは特使らがそんなことを考えているとはつゆにも考えていないのだろう。
 もっと眞魔国や魔族のことを理解してほしいというユーリの気持ちを踏みにじる彼らがコンラートはいやでしかたがない。
 とはいえ、視察は三日間。最終日である今日のもてなし親睦を深める夕食会も滞りなく終了し、明日の朝特使らを見送るだけとなっていた。
 勝手な期待を彼らに持たせたまま帰国を促すことがいちばんの得策なのだろう。
 そう思うものの、夜の城内巡回をしていたコンラートの足はとある部屋のまえで足をとめていた。
 いわずもがなコンラートの足をとめる部屋とは特使らの滞在している部屋だ。
 月も高く昇り、一日のスケジュールを終えた彼らの肩の荷がおりているからだろうか声がドア越しから洩れている。視察中の数々の愚痴が。
『もっと豪勢な食事だと思ったのに、出される料理は城下町に住む民のものばかり。あんな泥にまみれた地位もない者の栽培していた野菜などを口にするなんて何度吐き気をもようしたことか』
『ああ、まったくだ。しかも、王はその泥に汚れた民の手をためらいもなく握る。あれで病気にならないのはおかしい』
 など、民を同じ生き物とは考えられないともいえる口ぶりの数々にコンラートの片眉はぴくりと上を向く。根本的な思考の違いについて話し合おうものなら長くなってしまうだろう。
 我慢すればいい。こういう思考の違いはゆっくりと時間をかけてしていくべきだ。
 コンラートはふつふつと腹の底に湧きあがる怒りをどうにかして押しとどめるが、とあることばが理性を糸をふるわせた。
『我々はガキのお守をするためにここへ来たわけではないのに。……もしかしたら、ユーリ陛下はただの見世物なのかもしれんな。子どもが王につけば人々の印象に残る。そうして周囲の国の興味をひかせているのだ』
 耳にした途端、コンラートはノックを数回し、返事もまたずに部屋に足を踏み入れた。
「ご歓談中、誠に失礼します」
 とつぜんのことに彼等は驚いたようにわずかに肢体を震わせたが、呆然とした表情をべたりと張りつけた笑みへとすりかえ「どうかしましたか?」と尋ねた。
 おだやかとも言えるその笑顔が一層、コンラートの笑み怒りを増幅させていく。
「ええ、この三日の視察についてどうかご感想をいただければと思いまして。夜も遅いのにたいへん失礼なことをして申し訳ありません」
 しかしこちらも瞬時に笑顔を向けて腰を折ると特使らは顔を見合わせ次々と心ない褒め言葉を並べたてた。
「この国は、とてもすばらしいですね。治安が良く、隅々まで政府の手が行き届いている。なにより王がお心やさしい方だ。十六歳とは思えないの実績。私たちも、みならわなければなりませんね。……コンラート閣下ぜひ私たちにお教え願えませんでしょうか? ユーリ陛下はどのようにしてここまで国を繁栄させたのか」
 おそらくは無自覚なのだろう。丁寧なもの言いだがことばの端々に本音が滲みでていることに気がついていないらしい。
 十六歳というユーリの年齢を嘲笑いまたは疑い、ここ三日で説明したことすべてが眞魔国を発展させたことを聞き流しているのがコンラートは察した。
「……ありがたいおことばの数々、感謝いたします」
 言ってコンラートは一旦ことばをくぎるとすっとこえを低めた。
「この国は仰るとおりユーリ陛下の努力と民からの信頼があり支え合っているからこそ向上しているのです。……ただ上辺だけの笑顔とことばでは民の信頼を失い後退の一歩を辿っていくことでしょう。俺は幼少の頃父親と数々の国を旅をして、内乱が起こり終わる国を見て参りましたから」
 そうしてコンラートは特使らのひとりひとりのかおをじっと見据える。
「我が国王はだれよりも大人でいらっしゃる。甘いお菓子(ことば)には興味がありませんので、彼の興味をひくことはたいへんむずかしいのです」
 言い、コンラートが笑みを深めると彼らの口端が引きつるのが見えた。
 こちらがなにを言いたいのか察したのだろう。だが、コンラートはなおもはなしを続けた。より声を低くし、目を細めて。
「……それと助言がほしいとのことですが、相手にたいして媚びへつらうのではなく真剣に向き合うことがなにより国の繁栄に繋がります。国とはひとりで支えるものではなく民があってのものです。民は国の宝。それがわからぬままだとやはりこれもまた国を滅ぼすことへと繋がるのではないでしょうか。……ああ、出過ぎたことを言い、申し訳ありませんでした。それでは失礼いたします。また、お会いできることを心より願っています」」
 コンラートは言い終わると、彼らの顔色を窺うことなく部屋をあとにする。
 見ずとも特使らが青いかおをしているのは容易に想像できたからだ。
 制裁をくだすつもりはコンラートにはなかった。
 彼らとて、古い真実もない言い伝えを信じてあのような思考に捕らわれている犠牲者なのだとわかっていたのにやはりユーリが関わってくるとなるとどうにも自制ができない。
 そんな自分を苦笑し、反省しながコンラートは巡回を再開する。
 だが、わかってもらわなければこまるのだ。
 ここまで民へ信頼され、愛されるようになるまでこうして王として玉座に座り続ける苦しさ。
 世界は甘い菓子でできてはいない。
 願いを叶えるためにはそれなりの代償を必要とする。
 それを覚悟せず、努力もせず、縋る者に、
「――そうそう手を差し伸べられるとお思いか」
 コンラートは静かな廊下に靴音を響かせ、その音に紛れるように小さく呟いた。

END

TEXT『ゆめゆめお忘れなきように』のシリーズのようなもの グレーゾーンな次男



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