瓶の底には何がある
title 菜食主義者
ときおり私は友だちから『グレタって付き合いわるいよね』と言われることがある。言う友だちはたいていトゲのない流すような口調だからそのあとに微妙な雰囲気になる、ということはあまりない。
あまりない、だけで私のその態度に遠ざかるひともいる。そのひとたちのなかには私の悪口をいうひともいたわ。そのたび、さびしい気持ちになるけれど、これは私の誓いだからそかえることはぜったいにないの。
私が『付き合いが悪い』と言われるのはかならずと言って日常にあふれかえる噂を耳にし、返答を求められるとき。
たとえば『○○が○○のことをほんとうは嫌いで悪口を言っている』とか『あの人気俳優は裏のかおがある』など。どこにでもある影のある噂。
『グレタはどう思う?』と尋ねられるたび私は『興味がない』と答えるそれが愛想がない。付き合いがないと言われる原因。
素っ気ない言いかたをしているのは自分自身わかっている。もうすこし言いようがあるかも、と思うが私はほんとうに興味がないし、もっと言えば耳にも入れたくないの。
だって噂は噂だから。
どんなに多くのひとが噂を耳にし、知っていたとしてもそれが真実なのかと問えばかならずしもそうではない。
私はそれを知っている。
身を持って知っている。
もう二度と私は同じ過ちを犯したくないの。
噂話を囁かれるたびに、思いだしたくない思い出が鮮明に蘇ってくる。どれほどの月日が経っても色あせることがないのは、私への罰からなんだと思う。
家族を失い、除者になった私に多くのひとが囁いた。
『魔族は残酷で冷徹で血も涙もないこの世の悪』
『それを束ねる魔王は魔族以上に残忍で人間を滅ぼそうとしている。おまえの家族は魔王に殺されたのだ』
『魔王を殺さないかぎり、人間もそして死んだ家族も浮かばれないぞ』
もう何十回と耳にしたそれは私の心を名も知らぬ、どんな姿形をしているかさえ想像さえできない『眞魔国王第二十七代魔王』に憎悪を芽生えさせた。
魔族は悪。魔王は災厄。皆がくちを揃えて言うのだから真実なのだと鵜呑みにし、魔王を殺せば私の心は晴れ、再び私は愛されるのだと信じて疑わなかったこと。そして、刃を手に持ち悪の根源であると言われた魔王に――ほんとうに私を愛してくれるお父様、ユーリに刃を向けたことが思い出される。
噂は噂なのにそれを信じ、真実を知ろうともしなかった私をユーリは軽蔑することもせず会うたびに私を『ジュニア』と愛称で呼んでくれる。
『知らなかったんだから、グレタは悪くないよ。みんなそう言われていままで生きてきたんだから』
悪くない、と言い私を許してくれるユーリ。でも私は自分を許すことができない。
ユーリはああいって私を抱きしめてくれたけど、寂しそうに笑ったあのお父様を忘れることができない。
そしてユーリと出会って私は知ったの。
噂。根拠のないそれらは誰かを傷つけるだけであり、自分の目で確かめなければ、真実を知ることはできないということを。
無知と言うのは罪。知らなかったからというのは言い訳にはならない。
だから私は、私の態度や言動で『付き合いが悪い』と言われてもなおすつもりはまったくないわ。
私は、自分の目でみたことしか信じない。
それが、私の信念。そして正義だから。
END
無知は罪