うやむやむやむにゃ | ナノ

うやむやむやむにゃ
title oboro


 今日のおやつはオレンジに似た色合いと味のハーフカットされたフルーツ。みずみずしいそれが白い皿のうえにふたつ。ヨザックからのお土産。
「すみません、所用があるのですこしのあいだ、席を外しますね」とフルーツを興味深そうに見つめている有利に声をかける。
「了解。じゃあさきこれ食べてていい?」
「ええ。戻るときにはなにかほかにも焼き菓子を持ってきます。なにか用があれば部屋のそとに兵が待機していますので、彼らにお声かけください」
「はーい」
 相変わらず過保護な男だと有利は思ったがそれをくちには出さずにコンラッドを送り出した。言ったところで彼の態度は変わらないし、困ったように笑むをみたくはない。コンラッドは、自分を心配しているだけなのだから。
 それに悪態をつくよりも自分にはしてみたいことがある。
 有利はもう一度、コンラッドがいないことを確認すると、テーブルに乗るフォークやナイフに手を伸ばすことなくフルーツを両手でつかみよりちかい距離でまじまじと見つめた。
 ついこのあいだ、テレビ番組で観たことを実行しようと。
 とある国では、キスの練習にハーフカットしたオレンジを使うらしい。
 恋人はおろか初恋も未だ経験したことのない有利にとってはとても興味をひく内容だった。とはいってももうほとんど忘れてかけていたのだが、オレンジに似たフルーツを目にしたとたんにふと思い出したのだ。
「……キスってどんな感じなんだろ」
 恋人もいなかったのだから、キスがいったいどういうものなのか自分にはまったく想像ができない。それがオレンジで疑似体験できるかもしれないとなれば思春期の心は擽られて当然だろう。
 キスの練習をしようとする気恥ずかしさとうしろめたさに都合のいい言い訳を並べたて、有利はそっとフルーツの切り口に口唇をあて果汁を吸い上げる。
 ――これがキスの感触……?
 キスをしたことはないが、ちょっと違うような気がする。
 と、有利は思ったがそれを何度も繰り返す。不思議とやめられないのだ。
 そのうちに有利は目をつぶり、フルーツを味わうことにした。どうせ、キスの練習をするならだれか女の子を想像したほうがもっとリアルに練習ができるかもしれないと。
 とはいえ、アイドルにも女優にも興味のない自分には想像がしにくい。
 なら、理想な子を思い描いてみよう。
 理想なのだから、手が届かないかもと思うような子を想像したっていいだろう。
 笑顔がすてきで野球が好き。できればキャッチボールをいっしょにしてくれたり、からだを動かしてくれる子がいい……と、理想を膨らませていき徐々に理想像が浮かんできた――が。
「それ、そんなにおいしいですか?」
「ぅわっ!」
 突然こえをかけられて有利は奇声をあげびくり、とからだをふるわせた。
「こ、コ……っ!」
「ニワトリのマネ?」
「ちがうってば! ノックもなしにあんたがはいってきたからびっくりしたんだよ!」
 ふだんならノックをしてくれるのにさ、と咎めてみたが「ノックもこえもかけましたよ?」とコンラッドは小首をかしげた。
「部屋にはいったときにも、ユーリと名前を呼んだのですが、目を閉じて果物を味わっていたので……それ、気に入りました?」
「え、あ、うん」
 尋ねられてことばを濁した自分を不思議そうにコンラッドが見て、なんだかいたたまれない気持ちになってきた。
「なぜ目を逸らすんですか?」
「イエ、ナンデモナイデス……っ」
 どうかこれ以上詮索するのはやめてくれ。
 気がつけば、食べていたフルーツはもう果肉がほとんど残っていなかった。
 どれだけ、夢中になっていたのかいやというほど理解する。
「そ、それより焼き菓子も持ってきてくれたんだろ? なにを持ってきてくれたの?」
「ああ。エーフェ新作の……」
 コンラッドが手にしているバスケットのなかをこちらに見せながら焼き菓子の説明をはじめる。
 ……言えるはずがない。
 キスの練習をしていました、なんて彼にはぜったいに言えない。
 目蓋のうらに浮かんできた理想像がどういうわけだかコンラッドだったなんて。
 なんで、コンラッドが浮かんだんだろう?
 有利はわからないままに早鐘を打つ心臓の音を隠すように左胸をそっとおさえたのだった。


END


恋心に無自覚な有利陛下


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テーマ「人外ファンタジー」
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