囁いた「 」
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びゅうびゅうと吹きあげる風が荒野で踊り狂い、晴れた夜空のした。
コンラートは大きく無造作にたたずんでいる岩を風よけに長い夜明けを待つ。
昼夜の温度差が激しいこの荒野では焚き火は必須だ。風に煽られ波打つ橙色の炎を見つめながらコンラートはしずかに長く息を吐いた。
あたたかく揺らめく炎は、以前滞在した地球で読んだお伽噺を思い出させた。『マッチ売りの少女』というお伽噺を。
寒空のした。少女はひとりマッチを売りに街に出るのだ。大晦日の夜はひとが賑わっているなか、少女は『マッチはいりませんか?』とこえをかけるもだれも振り向いてはくれない。しかし、マッチを売らなければ家には帰れず、帰ったところで父親に怒られてしまう。だんだんと夜もふけ、少女は街の片隅で暖をとることにする。売れないマッチに一本、一本火をつけると暖かな夕食、家とさまざまなものが灯のなかで揺らぎマッチの火とともに消えていく。そうして、少女がつけた最後の一本には、彼女にとって大切なひとがうつりしあわせな夢をみたまま永久の眠りにつくかなしいはなしだ。
お伽噺のようにこのまま永久の眠りにはつかないが、きっといまの自分の心境はマッチ売りの少女にどこか共通している部分があるのだろう。
コンラートのからだを暖める焚き火の揺らめきにもとある少年の姿が映しだされていた。
炎のなかで揺らめく少年。その少年に刃先を向け、自分の居場所でもあった彼のとなりから離れてもう随分と時間が経った。
自分で決めたことだとはいえ、こういう静かな夜にはつい彼のことを思い出してしまう。
――会いたい、会えない。
役目を果たすまでは、あの場所へは戻れない。……いやもう帰れないのだけれど。
しかし、思いだすぐらいなら赦されるだろうか。
コンラートは目を瞑り、目蓋のうらに炎に揺らめいていた少年をよりリアルに描き想像していく。
少年のちいさな肩にはどれほどの期待と怒りや罪の重みをひとりで背負っているのだろう。
ともにその重さを抱えようと決意したくせに、なにも言わずにとなりから忽然とすがたを消した自分。少年に理由と問われても答えなかった自分を彼は恨んでいるのだろうか。悲しんでいるのだろうか。
――独りで泣いてはいないだろうか。
思うと胸が苦しくなる。
そうして気がつくとコンラートは目蓋のうらに描いた少年に腕をのばし、目を開けた。
伸ばした腕。掴もうとした手にあるのは荒野の砂を含んだざらり、とした風。
目をあけても、恋い焦がれた少年――ユーリのすがたはどこにもない。コンラートは開いた手をぎゅっと握りしめる。
いま、ユーリはこの空のしたでなにを見ているのだろう。
願わくばどうか何千年と動くことなく輝き続け人々の道を照らす北極星を。自分がいま見つめているあの星を見ていてほしい。
どんなに遠く離れていても、同じ星のもと自分たちはいるということを知ってほしい。
もう会うことはない。
けれど。
けれど、どうか。どうか、あなたが願う平和の世界の片隅には自分がいることを思い出してほしい。
「 。」
コンラートは荒々しく吹きあげる風のなか、そっとちいさく呟いた。この願いが、思いが風に乗って少年に届きますようにと祈りを込め、もう一度見えない愛しい主のからだを抱きしめた。
END
エアー・ハグ 見えぬあなたの抱きしめるよ