健気な子犬といっしょ!2




「ただいま! コンラッド」
「お、おかえり……なさい」
 有利が帰宅すると玄関でコンラッドが待っていてくれた。けれど、まだコンラッドは緊張が抜けていないのかあたまに生えた犬の耳はピンとはね、かすかに震えている。
 有利はそんなコンラッドの髪を撫でながら「お昼ごはんは食べたか?」と尋ねた。
「……はい。おいしかったです」
「そりゃよかった。しかも、後片付けもしてくれたんだな。ありがとう。お土産も買ってきたからあとでいっしょに食べような。それじゃ、出かけようぜ」
 冷蔵庫に買ってきたものを入れ、有利は服を手早く着替えるとコンラッドを外へと誘う。
「え?」
「飯食ったから、運動しよう」

 ――そうして、有利が困惑しながらのコンラッドを連れてきたのは出会った場所でもある噴水公園。今日は有給を使って平日に休みをとったので、あまりひとはいないようだ。
 有利は公園の中央から離れたちいさなグラウンドへコンラッドを誘い、もってきたスポーツバックからあるものを取り出すとそれをコンラッドの手に渡した。
「……これは?」
「グローブっていうんだ。コンラッドは右利きだから左の手にこれをはめて……そう、そんな感じ。で、これが使うボールなんだけど、こんな感じでボールを、人差し指、中指、薬指の側面、親指の側面の四点で支える。であとは投げあう」
 ボールの握り方をみせる有利にコンラッドが小首を傾げる。
「いまからおれとキャッチボールをしよう、コンラッド」
「きゃっちぼー……る?」
「そう。キャッチボール。これはなー男同士が語りあうには必要欠かせないものなんだよ」
 偏見丸出しな物言いだが、これは有利の父親である勝馬の受け売りだ。キャッチボールはお互いの心の距離を近くしてくれる魔法の遊びだと。有利はそれを信じている。ケンカしたとき悩んでいたとき、父親とキャッチボールをして何度も救われてきたのだ。
 有利は、グローブでボールの受け方をコンラッドに教え、大股で四歩うしろにさがると「それじゃ、はじめるぞ」と弧を描くようにボールを投げた。
「おっ! コンラッドうまいな! じゃあ、コンラッドが今度は投げてみて」
「……」
 言われるがまま、コンラッドは有利へボールを投げる。けれども、自分が思ったようなボールが投げられないのか、コンラッドの投げたボールは有利のグローブには届かない。すると、コンラッドの眉間にちょっとだけ皺が寄った。
 数回、無言のまま投げ合いを繰り返す。
 どうやら、コンラッドはけっこうな負けず嫌いなタイプらしい。どうしたらうまくボールが投げられるのか、有利が投げる瞬間の手やからだの動作を観察している仕草が見受けられる。
「おれキャッチボールが好きなんだよ。キャッチボールしてると気持ちが軽くなる。でも大人になってからは、キャッチボールしてくれる相手がいなくて困ってたから、こうして相手してもらえてすげーうれしい」
 有利が言いながらコンラッドへとボールを投げる。
「……でも、俺へたくそですよ」
「そんなの今日はじめてキャッチボールしたんだから、当たり前だって。そんなの全然気にしてないしさ。こうやってはなしながら投げあうのが好きなんだよ。コンラッドは筋がいいし、すぐに上達するよ」
「そうですかね」
「そうだよ。コンラッドはどう? キャッチボールたのしい?」
 まだ小さいのにどうして敬語を使うのだろうと有利は思ったが、くちには出さずにキャッチボールを続ける。尋ねたそれがコンラッドにとって嫌なことかもしれない。こうして少しずつ時間をかけてコンラッドのことを知っていけたらいい。
「はい、とても。……いままでこのような遊びをしたことがなかったので、とても新鮮です」
「そうなんだ。コンラッドはいままでどんな遊びをした
の? サッカーとか?」
 野球はあまり海外ではメジャーではないと聞いたことがあるし。そう思ってなんのきなしに尋ねてみたが、コンラッドからの返事は以外なものだった。
「ありません」
「え?」
「サッカーもキャッチボールもしたことありません。あまりだれかと遊んだ記憶もありません。ひまな時間は本を読んでいました」
「へえ……。じゃあさ、今度本屋行ってみようか? 最近近くに大型の本屋ができたんだよ。海外の本もけっこう豊富だって聞いたし、」
「あの!」
 コンラッドへが有利のことばを遮り、ちょっとばかり大きなコンラッドのこえに驚いて有利はボールをグローブからこぼしてしまった。
「……なんで、そんなにあなたはやさしいんですか」
「……は?」
 突拍子もないコンラッドの質問に有利は小首を傾げて答えを仰ぐとコンラッドは眉根を潜めて苛立ち混じる口調ではなしを続ける。
「見ず知らずの子どもを引き取ってなんのメリットがあるんです? なんの役にもたたないでしょう、俺なんて。なんでそれなのに引き取ったんですか」
「そんな自分をけなすような言いかたはよくないよ、コンラッド」
「ほんとうのことです。俺はいてもいなくても役になんてたたないそんざ、」
「ほら、ボール。拾って。こっちに投げて」
 今度は有利がコンラッドのセリフを遮断した。
「あの、」
「投げて。投げながらはなそうぜ」
「俺は真剣に……っ!」
「おれだってまじだよ。ほら、はやく」
 言うと、コンラッドは不服そうに表情をしかめたが、足元に落ちているボールを拾いあげてこちらに向かってボールを放り投げた。
 はじめはコントールのきかなかったコンラッドのボールはすでにきれいな弧を描くほどまでに上達して、有利のグローブのなかへと落ちていく。
「コンラッドがどうしてあんなところにいたのかとか、なんでプロフィールが改ざんされてるのかとか。気になるところはたくさんあるよ。……でも、言いたくないのことを聞いてもいやな気持ちになるじゃん」
 そうだろ? と、尋ねながらボールを放ればコンラッドは肯定するように頷き、ボールを有利へと返す。
「言いたくなったら、言えばいいよ。それに、メリットとかそういうのはよくわからないけどおれはうれしいよ。コンラッドといっしょに暮らすこと」
 コンラッドの不安はきえないらしい。耳は垂れさがったまま「……でも」とことばを濁した。
「おれはおれ。コンラッドはコンラッドだ。おれはコンラッドがおれと住むことを選んでくれたことがうれしい。コンラッドはどうなの?」
「俺は……俺も、うれしいです」
 ようやく、コンラッドの本音がきけて有利は表情を綻ばせる。
「よかった! じゃあそれでいいだろ。そりゃ、むずかしいことも考えないといけないけど一緒に居て楽しい、うれしいっていうのがいちばん大事だとおれは思うから。――役に立たないひとなんていないんだよ、きっと。いまだってほら、コンラッドはおれを助けてくれてるよ」
「え?」
「ほら、キャッチボールに付き合ってくれてる」
 互いのあいだを行ききする野球ボール。晴れ渡っていた青空も気がつけば橙色へと変化していた。
「もう、日も暮れてきたからそろそろ帰ろうか。コンラッド」
 コンラッドからのボールを受け取り、グローブを外し有利はコンラッドへ近づくと小さな手を握る。
「久々にキャッチボールしてすごくたのしかった。今週のやすみにでも本屋へ行こう。それからどこか行きたいところある?」
 ゆっくりと夕日に背を向けて、コンラッドの手を握っていたのだが、握る手のなかで子どもの手がもじもじと動いた。
「あ、ごめん。汗ばんでるから気持ち悪かったよな」
 慌てて手をはなそうとしたが、反対にコンラッドは握る手をちからをわずかに強くし、有利を見上げ「気持ち悪くないです」と首をよこに振り、気恥ずかしそうに声のボリュームを落としてくちをひらいた。
「……また、キャッチボールしたい、です」
 ほんとうのことを言えば、有利は不安でしかたがなかった。
 自分でやりたいようにやってきたつもりが、いつだって自分は出来た家族に守られてきていた。家族はそれを露にも表に出さないが、家族がいなければなにもできなかった自分。そんな自分も大人になったら家族が誇ってくれるような一人前の大人になりたいと入社が決まると同時にひとり暮らしをしはじめて、どれだけいままで自分が家族に支えられていたのか気づかされながらも、ようやく生活が落ち着いてきた矢先に、コンラッドと出会ったのだ。
 自身のことすら面倒見切れないかもしれない自分が『家族』をつくる。
 うまくいくかどうかなんて見当すらつかない状態でとても不安があった。
 けれど、ようやく確信が持てた。
 自分が選んだ選択が決して間違いじゃなかったことを。
「コンラッドもキャッチボール好きになった?」
「はい」
 はにかんだコンラッドの幼い笑顔。この笑顔を自分は守っていきたい。もっと、コンラッドのことを知りたい。
 そのためなら、なんだって出来る気がしてくる。
「なら、本屋さんに寄ったらまたここでキャッチボールをしような」
 ぎゅっとコンラッドの手を握りしめる。
 家に帰ったら、夕食の準備をしよう。作るのは自慢のカレー。
 有利の家では、祝い事の席に必ず出てくる必須料理だ。じゃがいもがごろごろとしたカレーは母から教わったお袋の味。有利はカレーがいちばん好きだ。キャッチボールが好きになったように、コンラッドにもぜひ好きになってもらえたらいい。
 そして夕食のあとには、野球ボールとグローブを買ったときに隣店の洋菓子店で買ったショートケーキのホールが冷蔵庫にしまってある。
 洋菓子店の店員に『チョコレートプレートになにかメッセージを添えることができますが、いかがしましょう?』と言われて躊躇いながらもメッセージ一覧表から選んだ。
 調子にのりすぎだとか、ひとりでうかれていたかもとあのときは考えていたがいまはもうそんな憂鬱めいた気持ちは一切ない。
「……たぶん、店員さんは誤解しただろうな」
「はい?」
 思わずひとりごとをぽつり、と呟いてコンラッドが不思議そうな声をあげた。
「あ、いやいや! こっちのはなし! それより今日は腕によりをかけて飯つくるからたのしみにしててくれよ」

I promise I'll make you happy.
(必ず幸せにすると誓うよ。)
 
 本来ならば、恋人が愛を告げるメッセージだけれど、間違ったものじゃない。
 コンラッドの茶色の瞳に散らばる銀の星。それがいつかきらきらとまたたくように、そして幸せを感じてくれるようにと、願い、誓って添えたメッセージなのだから。

 そうして半人前の黒猫と健気な子犬は今日から『家族』になった。

END
 


子猫シリーズ逆バージョンです(2014/サイト五周年記念)

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