だからお互い知らん顔で小指をつなげる
title いたみ
今宵開催される夜会は仮面舞踏会。広いホールには多くのひととさまざまな仮面が溢れていた。
もちろん有利もマスクをつけ、トレードマークである黒い正装と黒髪に瞳をかえて参加している。仮面舞踏会は通常の夜会よりも活気がある。それはおそらく仮面をつけたことで気兼ねなくだれとでも対等にはなせることがあるからだろう。しかもホールはほんのりと薄暗いため、より一層身分が不透明化する。
笑い声の絶えないなか、ユーリは壁に背をもたれて炭酸入りのジュースを飲み、目の前の光景をみつめ、まるで夜の東京にいるようだな、と思った。
眞魔国の王になったことに後悔はないが、それでもなにかとパーティがあり出席するたびに好奇の目にあてられるのはあまり気分がいいとは思えない。けれども、仮面舞踏会であればそのような視線を向けられることはなく、各々が話し相手をみつけたのしい時間を過ごしている。多くのひとが行きかう東京の交差点。どんな格好をしていても気にしないあの雰囲気に似ている。
まあ、夜会に赴くなら仮面舞踏会のほうがいいというだけで、あまりこのような場所は好かないことにはかわりないのだが。
親しいひとと適当に集めた菓子や軽食をつまみにのんびり夜をふかしているほうが自分の性にあっていると思う。
このような社交場にいまだ馴染めないのでおおよそは護衛であるコンラッドが話し相手になってくれるのが、その彼はというと母親であり今回夜会主催の前魔王であるフォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエ。通称ツェリ様に呼ばれ席をはずしている。コンラッドのかわりにさりげなく自分のまわりには兵がいるのだけど、彼らは警備を主としているとてもまじめなひとたちばかりだから、自分のつまらないはなしにつき合ってもらうのはいささか気がひける。
そうして怠惰に時間をつぶしながらあとどれぐらいで夜会はお開きになるのだろうか、と考えているうちにホールが暗くなり、きらびやかにオーケストラが演奏をはじめた。
ツェリ様が声高々にダンスタイムを告げ、だれともなく周りを見渡しながら「これではだれがだれだかわからないわね」とだれかの声がしたが、有利は薄暗いホールのなか横に手を伸ばし、となりにいる者の小指に己の小指を絡めた。すると、となりの小指の主は突然の有利の行動に驚くことなく、絡む小指をきゅっとちからをいれて握り空いているほかの指で有利の指をなぞっていく。
自分よりも大きく節ばった長い指。――男の手だ。
有利はそこでようやくとなりにいる人物にかおを向けた。
背が高く、夜会にしては落ち着いたというべきかどちらかといえば目立たない色合いの衣装に身を包んでいるのにその男はそんなことをまったく思わせないほど衣装を着こなしていて、多くのひとの目を引きつけているのを有利は知っている。
そして小指を絡める男がだれであるのかも、見当がついてる。それは男のほうも同じだろう。
有利が男を見据えるように、男もまた有利を見据え『ユーリ』と口唇だけ動かし名を呼ぶ。
自分に名前をくれたひと。人生はじめての贈り物をくれたひと。そして――好きな、ひと。
『コンラッド』と有利も口唇で名をかたちづけて相手の名を呼んだ。
彼は自分のバッテリーであり、互いが言わずともおおよそのことはかおを見ただけでわかる。だから、となりの男も自分と同様一線を越えた場所に同一の感情を持ち合わせているのだろう。
身分違いな恋であると知っている。それを越えてはならないことも。
男は目を細めてやさしげに微笑む。今日だけは想うことも想われることも赦される対等の立場に自分たちはいる。――とでも言うように。
END
TEXT/masquerade のその後のふたり。ちょっと大人の付き合い方。