You gave your heart to me, so I'm gonna give you mine.


『コンラッドは欲がないよね』
 と、コンラートを愛称で呼ぶまだ十代という若さで一国の主である少年。シブヤユーリはときおりそんなことを言う。
 言われるたびにコンラートは繰り返し「そんなことないですよ」と答える。謙遜ではなく本音で。
 しかし、ユーリにはそれが通じないのだろう。言うたびにコンラートの発言を信用していないとでも言うように肩を竦める。
 しかし、コンラートからしてみればユーリのほうがよっぽど欲がないように思う。以前長兄であるグウェンダルもユーリの発言には驚いたとはなしていた。
 ひょんなことから、兄とユーリは互いを手錠で繋がれ数日を過ごしたことがある。そのある夜のこと。
『お前は王だ。国のことは臣下に任せ、城で享楽に耽ることもできるのに』と、グウェンダルはユーリに言ったらしい。しかし、彼は『享楽のふけりかたが分からない』と答えグウェンダルは享楽について具体的に例をいくつか述べた。富や美食、それから女。けれど、どれにたいしてもユーリはいまいちピンとこない表情をみせ、ならばもっと金のかかる遊びをとグウェンダルが言ったとき、不思議そうにユーリが言う。
『皆さんの税金で贅沢三昧するのが王様の仕事なの? それが正しい王様業だって、あんたもコンラッドもギュンターもヴォルフも思ってんの?』
 怒るわけでもなく、ユーリが尋ねた。真っ直ぐな瞳で。
『おれ、そんなの知らなかったし』
 もちろんグウェンダルも贅沢に耽ることが正しい王のあるべき姿だとは思ってはいなかっただろう。けれど、自分たちは知らないのだ。それこそ、国を民を一番に想い行動する王がいればとは思うもそれこそ憧れであり、夢だと思っていたのだから。
 ユーリが言うように『知らなかった』と言っても王という名誉ある肩書き、地位。目の前に使いきれないほどの金があれば多くのものが知らずとも隠れていた己の本性というものが浮かびあがり人格を見失うことになるのを王の側近として仕えてきた自分たちはよく知っている。
 なのに、ユーリにはそのいやらしさがまったくなかったとグウェンダルは言っていた。
 いまも、そうだ。
 ユーリがこちらの世界に来て、もう三年ほどは立つが彼は変わらない。自分たちが知る『享楽に耽る王』ではない。享楽に耽る王というのは臣下からすれば正直なところ扱いやすい。王と煽て、褒め、あやし自分たちの都合のいいように動かない人形のような王を操ればいい。それを思えば、ユーリは扱いづらいことこの上ないだろう。王自らが問題の先陣を切り、あまりに真面目にはなしを聞くものだから書類や会議の数が増えていく。三年が経つとはいえ、当初よりは王としての職務もこなせるようにユーリはなってきているが、それでも摂政であるグウェンダルがいなければ成り立たない。多くの皺寄せはグウェンダルへと向かうだろう。仕事量が膨大でグウェンダルが寝ていないときもあることをコンラートは知っている。
 それでも、それでもだ。
 グウェンダルを筆頭にして多くの者が知識や技量不足であるユーリを支えようとしている。王の命令があるわけでなく、自分の意志で支えている。
 自分もそのひとりであり、皆が本当に願う『王様』であるユーリを、そしてそのユーリ自身を慕い、恋をしてしまった。
 臣下が仕える主に恋をするなどあってはならないことではあることを重々承知している。だからコンラートは胸に抱く恋心を一生ユーリへ告げるつもりはなかった――のだが、どういうわけだがいまは彼の護衛であり恋人として存在している。
 驚くことに、ユーリも自分を恋愛感情として好いてくれていたのだ。
『欲がない』と、ユーリ以外にもよくコンラートは言われ続けていた。若い頃にはそれなりに性欲もあって誘われれば一夜を共にしたことはあったが、それは最低限の性欲の処理であって、基本的な欲はとくに持ち合わせていなかった。性欲や物欲、食欲。最低限があればそれ以上を得たいと考えたことがなかったが、初恋とも言えるユーリへの恋。叶うはずなどないと思っていた想いが一方通行ではないと知ったとき、本来の自分はとても欲深い奴だと身を持って知ったのだ。
 彼と自分の立場を考えれば、両想いであったとしてもそれを成就させてはならない。けれども、それができなかった。ユーリが欲しくて欲しくてたまらなくて、どうしようもなくて――いまに至る。
 ゆえに最初に戻るが、自分は『欲がないね』と言われて素直に『そうですね』と返せない。
 しかし、そんな自分がいいと器の大きい少年は言うから気付かぬうちに甘えてしまう自分がいる。それが最近のコンラートの悩みであったりする。
 コンラートは執務を終え、自室のソファーでくつろぎからだを休めるユーリに紅茶を入れながら、思いついたことをくちにした。
「ユーリ、なにか欲しいものとかありませんか?」
 自分に与えられるものなど微々たるものであると承知しているが、それでも欲しいものをいつも与えてくれる彼になにかプレゼントしたい。
「んー……」
 注がれた紅茶をユーリは受け取りながら、悩むようにうなり声を吐く。
「なんでもいいですよ」
 悩ましげなユーリのこえにコンラートは表情を綻ばせる。ユーリにも欲しいものがあるのだ。幸いにも、もう長年と使い道のなかった金がコンラートにはある。父親と旅を続けたこともあり、地理にもそれなりにくわしい。こんなのがあったらいいな、という曖昧なものでもおそらくは見つけられることができるだろう。
「なんでいきなりそんなこと言うわけ?」
 っていうかあんたも座ろうよ。
 ユーリが言い、ソファーを叩く。コンラートは「では、失礼」と述べてから彼のとなりへ腰かけた。
「べつに特別なことではなくとも、好きなひとには贈り物をしたいとおもうときだってあるでしょう」
 好きなひと、と聞いて恥ずかしくなったのかユーリはコンラートから視線を外す。そっぽを向いたことであらわになった彼の耳はほんのりと朱に染まっていてそれがかわいらしいとコンラートは思う。
 いままで素直に好意をくちに出して言えなかった。言うのが躊躇いを感じていたのに、ユーリと出会い交際をはじめてからは自然に言えるようになっている。
 欲しいものは欲しい。嫌いなものは嫌い。
 選択する価値もそれを言う権利も自分にはないと押し殺していたそれらの欲もすべてユーリが引きだしてくれたのだ。受け入れてくれる。
「……なんでもいいの?」
「ええ。あなたに喜んでほしいから」
 だから、喜んでもらえるならどんな無茶なことで聞きたい。
 ユーリは「ほんとうによくそんなくさいセリフが言えるよな」と苦笑したあと一口紅茶を啜り念を押すように「なんでも、だよな」と尋ね、コンラートが「はい」と頷くと欲しいものをくちにした。
「これがいい」
「これ、とは……?」
 具体的に『これ』といわれたものを指で示すわけでもなく全体を見渡してユーリが満足気に言う。
「わかった?」
 彼の意図が読めない。
「……いえ」
 コンラートが困惑しているのを察したのか、悪戯に成功したこどものようにケラケラとひとしきり笑ったあと、ユーリはコンラートを見据えた。
「コンラッドが一緒にいてくれたらいい。飯を食っておいしいとかまずいとか言ったり、ロードワーク中に景色を共有したり、おれがなにかしたいなってときに、すぐに聞いてくれる場所にあんたがいるのがいい」
「それは……それはもうまえにあなたに誓ったでしょう?」
 離反し戻ってきてから、すぐに誓ったはずだ。
 情けないことにどうユーリと接したらいいのかわからず、ことあるごとに仕事だからと必要以上の接触をさけていたころのこと。業を煮やした猊下、ヨザック、ヴォルフラムの行動によって強制的に主寝室へ連れていかれ、またも己がとった行動が間違えであったことを理解したのだ。
 猊下が仰った『罪悪感から本質を見失っては本末転倒だ』と。
 そうして、護り刀を鞘から抜き誓うべき主に剣を置き皆のまえでもう一度生涯の忠誠を誓い、ヴォルフラムに促されてユーリは言いたいこと、ためこんでいたことを仰ってくれた。
 それを違えることは二度としないつもりだ。
 なのに、どうしてこのようなことを仰るのだろう。
「俺が、信じられませんか?」
「ううん。そういうことじゃないよ。あんたのこと信じてる。だけど、おれは欲張りで怖がりだから何度だってほしいんだ。……それともこれ以上のことを願うのはやっぱりだめ?」
『好き』や『愛してる』みたいな愛のことばよりも彼に向けた『くさいセリフ』といわれたよりもよっぽどいまはなれたことばはずっと甘いのに、純真な心持ちで恥じらいなく言ってのけてしまうからコンラートは甘い眩暈に襲われる。
「……まさか、そんなことありません。けれど、ほんとうにそれでいいのですか?」
「おう、それがいいんだ」
 ――ほんとうに、敵わない。ユーリには、敵わない。
『欲がない』のはこのひとにこそ、ふさわしいことばだ。
 コンラートは教わった。目の前の少年に教わった。
 愛し愛される幸福。愛し愛される恐怖。日常にあふれた幸福。それらを失う恐怖。
 欲を持たない彼だからこそ、知ることができたもの。
 だから、困ってしまう。この感謝と愛おしさをどうかたちにしたら良いのだろう。
 きっと一生、この気持ちをかたちにできるような贈り物はできない。地位や名誉、金を積まれたところでユーリは喜ばない。いままで高価なものをもらっても彼は困ったように笑うだけだった。『自分にはもったいない』と自分自身の魅力に気づくことなく、丁重に品を返したり、土地であれば公共の場として使えるようにしていたのだから。
「な、おれは欲張りだろ?」
 微苦笑していたコンラートをみて、ユーリは勘違いをしたのか問い、コンラートはそっとかおをすばやく近づけると掠めるキスをした。
「いいえ、まったく。――かしこまりました。全身全霊を込めて、贈りましょう」
 これがいいというのなら、いまあるものをずっと贈り続けよう。かたちにできなくても、いい。ただひたすらにことばに行動にうつしていこう。
 いつか永久の眠りにつくそのとき、互いの瞼のうらに浮かぶものがなんでもない日々であるように。
 幸福で、あるように。
 欲のない、欲にまみれた日々を。
 愛しいひと――ユーリに毎日、贈り続けよう。

「コンラッド、ありがと」


END


(You gave your heart to me, so I'm gonna give you mine./あなたがあなたの気持ちをくれたから、私は私の気持ちをあげる。)

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