交際半年目のハジメテA

「ほらほら、渋谷。はじまったよ」
 のん気に村田がいい、有利の肩を叩くも「あ、そうだね!」と返答できるわけがない。
 顔を手で覆う。だが、あらわになっている耳からはパソコンから音が流れてくる。なにかシチュエーションがついているのか、複数のこえが聞こえる。しかも、妙にあやしいBGMつきで。
「ウェラー卿とセックスしたいっていうのに、観れないんじゃ勉強にならないでしょ。ほらほら、手をはずして鑑賞しようって。もうそろそろ、本番が始まっちゃうぞ」
「そんなこと言ったって……! つーかこれ十八歳未満禁止のモノだろ! みっみちゃだめだってこういうの!」
 二十歳までは喫煙飲酒禁止。十八歳未満は閲覧禁止。規則は守るべきだろ、とパニックになりつつ動画を停止しない村田に制止のこえをかけるが、彼は「はいはい」と聞き流すだけだ。
「それはそうだけど。思春期真っ盛りなんだから一度や二度くらいこういうの観たって若気のいたりとして許されるよ」
「都合のいいように『若気のいたり』なんていうなよ……」
「でも、渋谷はウェラー卿とシたいんでしょ? それって矛盾してない? 性行為はそれそこ、アウトだろう」
「うっ……」
「なら、日本憲法に則って結婚ができる十八歳になったらセックスすればいいじゃない。はい、問題解決。ウェラー卿なら、きみが十八歳になるまで手を出さないとおもうし」
「そ、それは……」
 正論を正論でかえされぐうの音もでない。
 たしかにコンラッドだったら、待ってくれるだろう。それは村田に言われるまでもなく有利自身すでにわかっていた。
 なにも言いかえすことができず、無意味にくちを開閉しているととなりからため息が聞こえた。
「やーめた! ほら、渋谷。画面消したから、もうかおをあげてよ」
 パタンと、ノートパソコンを閉じる音が聞こえ、有利はおそるおそるかおを覆う手をはずす。
「べつに渋谷をいじめたいわけじゃないし、AVをみたところで勉強にはなるけど、根本的な解決にはならないからね。……でも、僕の役目ははたしたつもりだよ。きみがなにで悩んでいるかっていうのは自分で理解しただろう。そういうのは、ウェラー卿にはなさきゃ意味がないよ」
「……う、ん」
 そうだ。コンラッドとはなさなきゃ、意味がない。
 だけど……。なんてコンラッドに切り出し、はなしたらいいのかわからない。
「そんな辛辣そうなかおをしないで、渋谷。きみは真剣に悩んでいるけど、聞いているこっちはぶっちゃけノロケはなしとしか受け取ってないから」
「……は? ノロケはなし。どこが!?」
「どこかってぜんぶ。教えてあげてもいいけど、きっと説明してる途中で僕がイライラしちゃいそうだから、いっしょにAV観てくれたら教えてあげるよ」
 ウェラー卿のうれしそうな顔を想像するだけでムカつくからね。と、すでに想像しているのかわずかに苛立ちの滲む声音で言う。あながち冗談じゃなさそうなので「遠慮しておく」と苦笑いを浮べる。
「うん。そうしておいて。じゃ、さっそく行ってみようか。眞魔国に」
 気はすすまない。
 けれど、これ以上ここで悶々としていてもラチがあかない。有利はおずおずと頷くと村田は「浴槽には湯がはってあるからそこから、スタツアしよう。あ、心配しなくても昨日の残り湯とかじゃないから安心して」
 ならば、こうなることを予測してあたらしい湯をはっていたのか。
「……用意周到すぎるだろ」
「え、なにか言った?」
「いや……ナンデモアリマセン」

* * *

「――それで、俺にはなしとは?」
「……ええ、と」
 無事、地球から異世界へ眞王廟へスタツアをしてきた。もちろん、こちらへ帰還することは眞王廟の巫女、ウルリーケに伝達されたようでコンラッドがタオルを持って迎えにきてくれていた。
 コンラッドとはなしあうために、スタツアしてきたのだが、いざ対面すると言わなくてもいいんじゃないかな、と逃げ腰になっていたのだが『なんか、渋谷がウェラー卿にいいたいことがあるみたいだよ』とすぐに逃げ道をふさがれてしまった。
『なにか相談事ですか?』
『あ、うん』
 きょとん、とした表情をみせるコンラッド。その表情に罪悪感や情けなさが胸に蟠る。
 くちごもっているとコンラッドは『とりあえず、はなしは血盟城に戻ってからにしましょうか』と気遣われ、有利はそれに素直に応じた。
『それじゃあ、渋谷。またね』
 にやにやをした笑顔を浮かべる村田に『このやろう』と八つ当たりだと、わかっていたものの悪態をつきたくなる。
 そうして、血盟城に到着しコンラッドの部屋へお邪魔して――現在にいたるのだが。
「そんなにも、言いづらいこと?」
「……うん」
 差し出された紅茶を啜りながら、有利は返答する。
 言わなきゃ、だめだと理解しているが、でもまだ日も高いいまの時間帯では決意も揺らいでしまう。
「まあ、言いづらいのなら無理に聞きません。ユーリが、言いたくなったら教えてください。俺は、いつでも待ってますから」
 ――いつでも、待ってますから。
 コンラッドのその一言が有利のからだをぴくり、とふるわせた。
「いつでも、いいの……?」
「はい」
 迷うことなく、コンラッドが返答する。
 それが、有利の琴線をさらにおおきく揺さぶった。
 わかっている。コンラッドのあの発言に他意はないのだと。けれども、それに腹が立つ。コンラッドの部屋でアイスキャンデーを食べたあの日、彼は宣戦布告のように有利に『ええ、意識していただいたのでこれからはキスもそのさきもしていこうと思いますので覚えてくださいね』と言ったのに。あれからキスは何度もしてるけどそのさきへ進まないのは、有利のからだのこともあるが、それだけではないのかもしれない。
『ようやくちゃんと意識してくれたんですね、俺のこと』とも彼は言っていた。
 コンラッドはまだ、自分がそういうことに意識をしていないと思っているのだろうか。
「……よ」
「え?」
 呟くように言ったからコンラッドにはよく聞こえなかったらしい。
「おれ、コンラッドとセックスしたいよ。あんたが思ってるより子どもじゃない……」
 有利は抑揚のない声音で、コンラッドを見上げる。
「ちゃんとそういう意味であんたのこと意識してるのに、コンラッドは……待ってるの?」
 おれが子どもだから?
 そうだ。きっと、自分がいちばんに不安に思っていたのは、抱え込んでいたのはこのことだったのだ。
「そりゃ、コンラッドはおれよりずっとずっと大人だし、恋愛っていうのがどういうもんなのか知ってる。だけど、おれは知らない。なにも知らない」
「……ユーリ?」
 戸惑い口調でコンラッドが名を呼ぶ。相談事といいながら突然うっ憤を吐露されたのだから当然の反応だろう。なんでこう思っているのか、ひとつひとつ順序を追って説明しなければいけないと思うのに、気持ちが不安定なせいか言いたいことが断片的にこぼれおちていく。
「あんたは、おれの行動とか仕草を面白がってるんかもしれないけど、おれはぜんぜんおもしくない」
「おもしろがってなんか」
「おもしろがってるよ。意識するまで待ってるっていうのは余裕があるからできるんだろ」
 コンラッドを非難したいわけじゃない。彼は彼なりの考えがあってしている。それを自分が、理解しようとせず受け止められないだけだ。あたまの片隅で冷静なことばがざわつく気持ちをあやす。
「……ごめん。いきなりへんなことを言って。ばかだよな、おれ。性欲旺盛でひいただろ」
 有利は自傷的な笑みをコンラッドに投げかけた。
 もちろん、コンラッドは笑いかえしてはくれず、そとから聞こえるにぎやかな音やこえが一層この部屋の静けさと雰囲気の悪さをあかるみにさせていく。
 どうにかしないと。有利は考え、いまさらのように言い訳じみた理由をくちにする。
「ほら、いまの日本の高校生ってけっこうませてるっていうか。みんなそういうのあたりまえのようにすませちゃってるから、焦った……みたいな」
「……」
 コンラッドはなにも言わない。しかも、心なしか怒っているようにもみえて、どんどんふたりの温度差や距離がよくない方向へ向かっているような気がして、有利の舌はさらに饒舌なものになる。
 もうなにも言わないほうがいいかもしれないという気持ちと、なにか言わなければいけないという気持ち。矛盾した想いが有利の心臓をはやくしていく。
 村田のウソツキ。コンラッドはうれしそうなかおをするとか言ってたじゃんか。
 相談にのってもらったくせに、このような空気にしたのは自分の責任なのに、有利は友人のことを内心で何度も責め立てる。村田はいっさい悪くないけど、こうして責任転嫁をしないと、あたまがおかしくなりそうだった。
 言い訳している空しさと情けなさが、有利の涙腺を刺激していく。なにも言わないコンラッドが、言わないのにじっと見つめてくるコンラッドの目がとても怖い。
 次第に理由と称した言い訳もなくなっていき、最後はまたふりだしにもどるかのように、沈黙と静寂が部屋に充満していった。
 有利はコンラッドの目をもう見ていられなくなって、話題がなくなったとたん、不自然にテーブルへと視線を落とした。
 差し出され、飲んでいたティーカップにはうっすらと紅茶がのこっており、そこには女々しいということばがよく似合う自分のかおが映っている。
 ぎゅっと、ズボンの生地を手で握る。いつのまにかかいていた汗が布にしみこんでいくのがリアルに実感できた。
 もっと、冷静になるべきだった。自分は子どもなのだと理解するべきだった。空回りしかできず、他人に責任をおしつけている自分がいやでいやでしかたなくなる。
 コンラッドのことならかおをみなくてもわかる、なんていったけど、ぜんぜんわからない。
 いま、コンラッドがどんな表情を浮かべているのか。考えているのか有利にはさっぱりわからなかった。
 眞魔国には地球のように正確に時を刻むものなど存在しない。砂時計のような曖昧な物が太陽や日の明るさで時間をはかる。だから、この神妙で居心地のわるい時間がどれほどまでのものか有利にはわからない。黙ったままでいたコンラッドがくちをひらくまでとてもながく感じられた。
「自室へ戻りましょうか。今日はなんだかお疲れのようだ」
 ようやく、コンラッドが開いたそれは、有利への慰めでもなければ怒りでもない。
 ……こんなつもりじゃなかったんだ。
 テーブルにのせられた紅茶一式をコンラッドが片付けていく様子を有利はただ眺めるしかできなかった。

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