Greedy King




 
 




 嗚呼、分からない。

「ねえ、村田。悩みがあるんだ」
「ふうん?」

 いつものことのように村田は有利の問いに出された紅茶に口をつけて言う。
 今回もいつものようにスタツア。テスト前だろうと、草野球の試合の直前だろうとお構いなし。どうせあちらではここにどんなに長くいようが数秒なのだ関係ない。変わるのは戻ってきたときの感情だけだ。テスト前の焦りも試合前の興奮も戻ってきたときにはなくなっている。ただそれだけだ。
 いつか感情は変化する。有利はそれを確かめたかった。この感情は正しいのか、と。

「あのさ、おれコンラッドと付き合ってるじゃん……」
「そうだね」

 至極完結に村田は有利に答えた。どこかそっけなく、どこか、忌々しげに答えた。まるでその答えに意味があるのかと。
 眞王廟の村田の部屋は薄暗く、黴臭い。まるで牢獄のようだと手も届かない窓から差し込む光を見ながら。まるでここのは箱のようだ。一生出られないような錯覚。
 嗚呼、彼もこんな感じなのだろうか。

「あいつが腕がなくなって、おれの前から姿が消えたとき、本当に死にたくなった。おれ……コンラッドが必要なんだって思ったんだ」
「そうだねえ。そのせいでこの世界は大きく動いた。君たちの壮大なる恋愛のために。君たちがくっつくためだけに何人が犠牲になったんだろうね。……別にいいけどね、僕はその分権力をふるえたし、確固とした地位も手に入れたから」

 嘲笑を浮かべ村田は言う。彼に悪気はない。

「君たちを責めてるわけじゃないよ。いまはこうして眞魔国で再び優雅なお茶会を出来るほどにこの世界は平和になったんだ」

「……うん」
「おや? 何か腑に落ちないみたいだね、渋谷」

 やっと彼を手に入れたのに、と村田は小首を傾げた。
 有利は頷いて、それから言葉を選ぶように慎重にゆっくり口を開く。

「……村田は、自分のこと好き?」
「もちろんさ。村田健という自分が好きだね。でなければ、僕はきっと生まれなかったと思うよ。そうだろう?」
「うん。……でもさ、自分の好きってなにか特別な思い入れがある、ものなのかな」

 何かが違う気がするのだ。

「おれのなかにもう一人いる気がするんだ。おれと全く同じ顔をしてる、彼」
「……彼?」

 同じ顔をしているのに、まったく違う人。
 自分が、コンラッドを失ったとき壊れなかったのは皆がいたから……だけど、それ以上に毎日気にかけてくれたもう一人のユーリがいたからだ。
 彼は言う。

「……おれが、すきだって、」

 そう言う。

「は?」
「おれが、おれを好きだって言うんだ!」

 気持ちが抑えきれずに、それを吐き出すようにテーブルを叩けば、ティーカップがぐるりとバランスを崩して、無残に割れた。
 村田はそれをみてただ嗤うだけで、再び紅茶に手をつける。

「あは、渋谷がご乱心だ」

 彼は言うのだ。優しく寂しい声で言う。

「……目を閉じるといつも彼が話しかけてくる。こっちにおいでって。もう傷つかずにすむ。自分がユーリを守ってやるって。でも、今はコンラッドがいるからもう大丈夫だっていうと胸が痛くて……もうひとりのユーリが寂しそうな顔をすると放っておけないんだ。こんなのっておかしい! おれは、おれが好きだ!」

 恋愛感情として好きだなんて、おかしいのに。
 彼が話しかけると満たされるんだ。

「コンラッドだけじゃ、足りない」
「……君は欲張りだねえ。あんなに欲していたウェラー卿を手にしたのにまだ足りないなんて」
「分かってる。だから、悩んでるんだ。おれはおかしいんだ。自分をこんな風に好きだなんて」
「本当だね。でも、いいんじゃない、貪欲になればいい。素直になればいい。それこそが君で、全てを手放せないのが魔王としての資質だ。僕はいつでも、君の味方さ」

 村田は紅茶を継ぎ足してさもあたり前のように答えた。

「すべてを手に入れればいい。それで全部解決さ」
「それじゃあ、征服するのと同じじゃないか。おれがこんな奴じゃ世界を平和になんて出来やしない」

 そうだ。だから、コンラッドも自分の前から一度は姿を消したのだ。自分は王にふさわしくないと。
 以前のことを考えると息苦しくなる。
 そうして、思わず目を瞑ってやり過ごそうとするともうひとりの自分が瞼の裏に映るのだ。自分のなかにある狭い心の箱のなかで、自分だけを求め、愛してくれるユーリが。

「馬鹿だなあ、渋谷」

 村田の言葉にはっと、目を開ければ愉しそうに口角を歪めていた。

「世界に【平和】と言う名の革命を起こし、それを成し遂げた時点で君が世界を【征服】したのと同じさ。変わりない。この世にある裏と表なんて、そんなのみんな【同じ】なんだよ。……それに、君はいまさら、そのおかしな感情に蓋をすることなんて出来るのかい? もうひとりの自分を手放せる?」

 有利は首を横に振った。
 そんなの出来ない。出来ていたらこんなことで悩んでなどいないのだ。

「でも……」
「でも、もない。渋谷が壊したティーカップと同じ。壊したものは戻らない。君の感情ももう蓋などとうに壊れてしまっている。どうにもならない。僕には聞こえる。また、君を中心として世界が革命していく音が。君は手に入れればいい。そこに答えはある今回だって、同じさ。ウェラー卿が君の手のなかに戻ってきたときと」
「おな、じ……」



「終わりよければすべてよしだ」



 再び目を瞑ればもうひとりの自分と愛しいコンラッドの姿が映った。
 
 









(嗚呼、おれは欲張りなんだ。どっちもいなくちゃ満たされない)
(Greedy King:欲張りな王様)









サイト再開記念に贈らせて頂きました。コンユで上ユのドロドロの巳つどもえで(汗)
喜んでいただけたようで幸いでした。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -