眠れぬ夜の過ごし方


 コンラッドとはなしているとついつい時が経つのを忘れてしまう。だから、彼に「そろそろ寝ましょうか」といわれたとき思わず「え?」と聞きかえしてしまった。
 コンラッドは軍服の内ポケットに忍ばしている懐中時計を取り出してただいまの時刻を読みあげる。
「もう半宵をすぎていますよ」
「うわ、ぜんぜん気がつかなかった……」
 有利は、確認するように窓に目をやる。たしかに彼がいうように月は天高く昇っていた。
 ふだんならこの時間帯には起きていたとしても睡魔によってうとうととしているのだが、いまはまったくといっていいほど目が冴えている。
 それはおそらく地球とこちらの世界の時差が影響しているのだろう。
 有利がスタツアをしたのは学校から帰宅してからすぐのことだったのだ。日課である手洗いうがいを済ませようと洗面台の蛇口をひねってそのままこちらの世界へ。
 今回は有利に用があって強制的にスタツアをしたというわけではなく、眞王を気まぐれによってだと到着場所である魔王専用大浴場にてお出迎えしてくれたコンラッドがおしえてくれた。スタツアをした時点でこちらでは、とうに夕食を終え就寝までの余暇を各々楽しんでいるとも。
 しかも夜遅くまで起きていてると「うるさい、さっさと寝ろ」と咎めるヴォルフラムは愛の狩人と呼ばれる二十六代目魔王であり母親のツェツィーリエ。通称、ツェリ様主催の夜会に同行しているらしいし、明日が執務もないのだから、べつに今日ぐらい夜更かしをしてもいいような気がするのに。
「えー……いいじゃん。今日くらいさ」
 定期テストが終わってようやくこちらに帰ってきたのだ。はなしたいことはまだまだある。
 軽食が広がっていた(夕食を食べられなかったかわりにコンラッドが作ってくれた)ローテーブルを片付けはじめたコンラッドを袖を掴み有利が言う。
 すると彼は「ユーリは十六歳でしょう。成長期に夜更かしをするのはあまりよくないと思いますよ」と困ったような笑みをみせた。
 口調はやわらかなものだったが、コンラッドの浮かべる表情や言い方がまるで聞きわけのないこどもを言い聞かせるように思えて有利はきゅっと眉根をひそめる。
「……なんだよ。おれがお子さまだっていいたいのか。そりゃ、あんたからすればガキかもしれないけどさ。もうそこまで子どもじゃないってば」
 眠くないから寝たくないと駄々をこねることやたとえば自分のどこらへんが子どもではないと一例をすぐにあげられない自分がそれこそ『子ども』じゃないか。
 と、突発的にくちに出てしまってからふと脳裏をよぎったが、言いかえせずにはいられず有利はちょっとばかり尖った口調で反論すれば片付けをしていたコンラッドの手がとまり、こちらを見据える。
「子ども扱いしたつもりはないんですけどね。しかし、ユーリは大人でもないでしょう?」
「は……?」
 子どもでなければ、大人でもない。それはなにかの謎かけか。コンラッドの言いたいことがわからなくて有利は小首を傾げて、答えを仰ぐ。
「……ユーリは大人の夜の過ごしかた、ご存じですか?」
 尋ねながら、コンラッドはすっとこちらへと手をのばし、有利の頬を撫でた。
 いつもコンラッドとは休憩時間にキャッチボールしたり執務中解読不能な文字の羅列をみつければ手をとっておしえてもらっている。日常の何気ないところで彼と密着したり触れ合うことはあるが、それとはちがうコンラッドの雰囲気に困惑してしまう。
「大人の過ごしかた? なにそれ」
 妙な空気に戸惑い若干こえが上擦ってしまいながらも有利はオウム返しに聞き返す。と、コンラッドは目元を細めて口もとに笑みをきざむ。急にかおをちかづけ「お喋りをしてコミュニケーションをはかるのではなく、互いのからだを重ねてながい夜を過ごすのですよ」と耳元で囁いた。
「……っ!」
 いままで聞いたことのないコンラッドの低い声音に、嫌悪ではないなにかがぞっ、とせなかを走りぬけていく。
「どうです? 子どもではないというのなら俺と大人の夜を――過ごしてみますか?」
 彼のいう『大人の夜』がなにを意図しているのか察しがわるいといわれる自分でもわかった。
「こ、コンラッド……?」
 コンラッドのセリフ、行動に狼狽してとりあえず一旦彼と距離をおいてなぜこのような展開になったのか整理したいと有利は身を捩ってみたもののいつの間にか腰に腕をまわされていて思うように身動きができない。しかも、彼はそんな有利をよそにさらに距離をつめてくる。
 もうふたりの距離は鼻先が触れそうなほどに近い。かなりの至近距離。なにも言わずじっと見つめてくるコンラッドから視線をそらすことができない。緊張からくるものなのか無意識に有利はこくり、と唾を飲みこむとふっと彼が表情をくずして笑う。
「冗談ですよ。びっくりしました?」
 それと同時い腰にまわされた腕も離れ、ふたたびコンラッドは中断していたテーブルの片付けをはじめた。
「あ、えと……」
 冗談といわれてほっとしたものの、胸のどこかで腑に落ちないような――……?
 そんな自分自身への戸惑いとコンラッドへかけることばがみつからず意味をなさないこえがこぼれおちる。
「……夜にふたりきりになるのは注意したほうがいいと思いますよ。たとえ気を許している間柄でも相手がなにを考えているのかはそのひとにしかわからないことですから。それに、夜ふかしをしてしまうと日課であるロードワークも体調を崩していけなくなる場合もありますし」
 コンラッドは言い手早く片付けをすませると未だに呆然としている有利の手をひいて寝台へと誘導される。もう「寝たくない」とか言えるような気分でも雰囲気もない。
「それではおやすみなさい、ユーリ。素敵な夢を」
 初夏の風かのごとく爽やかな微笑みを浮かべてコンラッドはドアのまえで一礼をすると部屋をあとにしていく。
 ……部屋をランプだけの灯りにしておいてよかった。
 有利はコンラッドが部屋から去っていったことを再度確認すると両頬に手をあて自分の状況を確認する。
 ――頬が、アツイ。
 失念していた。コンラッドが類まれなる美貌を持ちあわせる女性、フォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエとワイルド系容姿端麗なダンヒーリー・ウェラーという美男美女から生まれたサラブレッド。しかも彼自身『夜の帝王』と言う異名を手にしている。これらを忘れていたわけではないが、自分の目で実際みたことがなかったし、まさか冗談だとしてもああいう彼を目にするとも考えたことがなかったのだ。
 コンラッドにとって冗談でした行為にあんなにもうろたえ、こうして顔を熱くさせているのだから自分は子ども扱いされてもしかたがないのかもしれない。
 と、有利はひとりゴチて、それから長く息を吐く。
「コンラッドのばかたれ……」
 それだってからかう、あるいは夜ふかしを注意するならもっとほかにも方法があっただろうに。
 有利はシーツを引き寄せてあたままでふかくかぶり、ぽつりと呟いた。
「こんなんじゃ、余計寝れないっつーの」
 どちらにせよ、睡魔がおとずれるのはまだまださきのようだ。

END
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