昔話をしましょう
これはとおいむかし。お伽噺のようなほんとうにあったはなしだ。
とある王に仕えていたひとりの男は百戦錬磨といわれるほどの剣豪で忠誠心がだれよりも強い男であった。
どんな窮地に立たされても、瀕死の傷を負ってもその男は何度でも立ち上がる。戦場で一度も泣いたことがないそうだ。
そしてその男は誰よりも王を愛していたらしい。
それは王以外のだれもが知っていた。
だれよりも王を慕い愛していたが、男はその想いを王に告げることはなく、王が結婚をし、子を授かっても男は態度をかえることなく、護衛として王を護り、寄り添っていた。
そうして、時は過ぎていき男も王も自然の定理に従い歳を重ね、老いていく。
男は老いて重い病を患い、いつのころからか、寝台から動けなくなってしまった。老いて寝たきりになった男のかわりに王には男の弟が護衛につくようになった。
寝たきりになった男のもとへ王は毎日面会に現れた。しかし日に日に老いと病から衰弱していく男は王にはなしかけられてもくちをひらくことはない。それでも王は必ず毎日男の部屋へ足をはこぶのだった。
しかしそのうちに男は目も開けることすら難しい状態になっていく。
『ルッテンベルクの獅子』と呼ばれ英雄と讃えられた男のかおはもう見る影もなく、男のかおに浮かぶのは『死』そんな言葉はふさわしいほど弱々しく、幾重にもいざまれた皺ばかり。
――とうとう、死を待つだけとなった男の最後の日がやってきた。
ぜえぜえ、ひゅうひゅうと喉から息が漏れる荒い呼吸を繰り返し、苦渋の表情を浮かべて男は死に侵食されていく。
王はそんな男の冷えた手を握り見守ることしかできない。王の表情もまた見るに堪えない悲しそうをしている。
と、男は言った。
もう喋ることだと無理だと思っていた男がか細い声で。
『最後のお願いです。どうか、俺の名前を呼んでください。そうしたら、俺は笑うことができる。あなたにはこんな醜い表情をした自分をみていてほしくない。あなたには俺の笑顔だけを覚えていてほしいのです』
と。
呼吸が乱れているからか途切れ途切れになりながらも切に願った男の言葉に王はうんうんと頷き、すっと深呼吸すると男の名前を呼んだ。
『コンラッド』
何度も何度も王が男の名を呼ぶと男は泣きながらも、笑顔をみせたそうだ。
まるでこどものような無邪気な笑みでとてもしあわせそうに。
男は死んだ。
その瞬間、一筋銀色の流れ星が夜空を駆け抜けた。
それからそうだ。
男が死んだ日には必ず流星群が夜空を染めるようになったのは。日中どんな悪天候に見舞われても夜になると雲ひとつなく夜空が晴れ渡るのだ。
お伽噺のようなほんとうのはなし。
うそだと思うなら、夜空を見上げてみるといい。
今日はその男が亡くなった日なのだから。
――ほら、銀の星がきらきらと夜空を駆け抜けている。