素敵なジェントルマン
title mutti
室内はオーケストラの美しい音色が響き渡る。
参加するだれもが笑顔を浮かべる穏やかな夜会。その様子をコンラートは部屋の壁にもたれ、ホールをみわたす。
賑わうホールのなか、ひときは多くのひとを目を奪うのは我が主であり、ひそやかな恋仲にある少年――ユーリ。
出会った当初は苦手だとぼやいていたダンスもいまでは、談笑をまじえながら自然にステップが踏めるほどに上達をしている。
ユーリは一曲が終わるごとにかわるがわる男女問わずダンスパートナーをかえてホール中央で踊る。
夜会関係なくダンスは多くのひととの出会いの場であり交流のできる場所なので、いつかは彼にもだれとでもダンスを踊れるようになってほしいとは思っていた。が、いざそれを間の当たりにするとすこしだけ寂しい。
その寂しさを面にさらけ出すような失態はしないが、それでも毎日のようにとなりで笑いかけてくれる彼がとても遠くのいるような気がしてならない。
――いや、もともと自分の手に届かないところにユーリは存在しているのだ。
神に会ったこともみたこともないが、もし神様がいるとすれば何千年という魔族と人間の相容れない深い溝にたった数年で橋をかけた彼のことを言うのだろう。
ユーリは神様に近しい存在にある。
彼の優しさに勘違いしているだけなのだ。自分は。
コンラートは適当に談笑をしながら酔いもしない酒にくちをつける。
そうして、夜会も終盤に差し掛かりダンスを誘う曲も残すところあと一曲となった。
さて、ユーリは最後にだれの手をとるのだろう。
コンラートは、ユーリの差し出す手を望む人々を見渡す。彼のことだ。
以前、ヒスクライフの娘であるベアトリスの手をとったように彼はまた自分のまわりを囲む人ごみのなかからそわそわとしている奥ゆかしい少女の手をとるのだと思う。
ユーリはひとの感情に人一倍敏感なのだ。純粋に自分と踊りたいと願うひとの手をとる。
コンラートの予想通り、ユーリは人ごみかき分けて、グレタと同じくらいの少女のもとへとかけよっていく。外見はグレタとそう変わらないが魔族であればもう十三歳ほどだろうからダンスは一通り踊れるだろう。
ユーリが彼女の手をとったらテラスに出て、すこし風にあたろう。情けなくも胸のおくで浮かびあがってくる憂鬱めいた感情も払しょくできるかもしれない。
と、行く末を見守っていると彼は少女に手を差し伸べるのではなく、申し訳なさそうにあたまをさげた。
ユーリのくちの動きをみれば「ごめんね」と言ったのがわかる。
一体、どうしたのだろう?
わずかに周りもどよめいているなか、ユーリだけは飄々とした面持ちで迷いない足取りでホールを歩きだす。
もう踊るひとを決めていたのか。と、コンラートが考えているなかユーリとの距離が縮んでいく。
「……なにぼけっとしてんの?」
ユーリが手をのばしたのは、自分だった。
予想外のことに一瞬目を見張ると「さびしそうなかおしてんなよ」とユーリはすこしだけ口端を吊り上げ意地わるい笑みを浮かべた。
「ラストダンスはあんたと踊るっておれ、決めてたんだ。おれと踊ってくれる?」
疑問符でありながら有無を言わさぬ絶対的自信に満ちた口調に思わず声を立てて笑いそうになり、コンラートは笑みを浮かべる己のくちもとを手のひらで覆う。
「踊るの、踊らないの?」
「もちろん。喜んで」
差し出された手に自分の手を重ねるとやわらかく手を握られホールの中央へとふたりで歩きだしていく。
みんなの視線がユーリとコンラートに向けられる。
「コンラッド、さっきテラスに出ようかなとか考えてたでしょ」
「……バレてましたか」
いまさら格好をつけて否定したところで、彼には通じないので肩をすくめて肯定すれば「バレバレでしたよー」と冗談まじりにつつかれた。
「おれにあんたのポーカーフェイスなんて通じないんだよ。あ、そうそう。コンラッドが女性パートだけどいい?」
「ええ、構いませんよ。あなたと踊れるなら」
それにいまのユーリはだれより男前なので、むしろ男性パートがふさわしいだろう。
「ちゃんとリードしてやるから、安心しておれにからだを預けてくれよ」
そう言ってユーリは微笑を浮かべる。
先刻の思惑をすこし訂正しよう。
ユーリはダンスだけではなく、自分の扱いもお上手になられた、と。