さあ、しあわせになりましょう
title へそ
久しぶりにお父さまたちと一緒のベッドで寝る。
私が真ん中。左がヴォルフラムで右にはユーリ。
幼いころ、この並びは川の字だとユーリが教えてくれた。ユーリの住むもうひとつの故郷であるニホンと呼ばれる国の文字に似ているから『川の字』と呼ぶそうだ。成長して私もおおきくなったけれど、やっぱりお父さまたちの身長は追い抜くことができない。
今日の私は一日中、お父さまたちにべったりとくっついてひとり占めしたの。ご飯を食べるときも両側にふたりがいて、好きな料理をわけてもらいお忍びで行った城下町では、新しいお洋服や靴。それから、おそろいのハンカチを買ってもらった。いっぱいわがままを言ったけれど、お父さまたちは嫌な顔ひとつせず私をめいっぱい甘やかしてくれた。
ふだんはなかなか会えないこともあって、喉がからからになるまでたくさんおしゃべりをした。
でもまだまだしゃべりたりなくて、ベッドによこになってからもはなし続けていると「もう寝よう」とユーリが言った。
「……明日は何時に起床だ?」
ヴォルフラムがやや不機嫌そうに尋ね、私は思わず笑ってしまう。
「六時だよ、ヴォルフラム。とぼけちゃだめ」
もう何回も言ったのに、ことあるたびに時間を問うんだから。笑いながら咎めれば「とぼけてなどいない」とふんとヴォルフラムが鼻を鳴らす。
ただそれだけのことなのに、だれともなく笑いはじめ部屋中に笑い声が響き渡る。
そうしてなんとなく天井を見上げて、私は明日のことを考える。朝はコンラートが起こしにきてくれて、四人でロードワークに出て、汗を流して――それから、と考えていたら急に目がしらが熱くなり涙が溢れてきた。
「泣いたら、目が腫れちゃうぞ」
それに気がついたユーリがやわらかい声音で、眼尻から零れそうになった涙を拭ってくれた。それはそれはやさしい笑顔を浮かべて。
「せっかくのかわいい顔が台無しになるよ。ジュニア、明日は結婚式なんだから、泣いたらだめだ」
そう。明日は結婚式。
私の、結婚式。
しあわせなはずなのに、泣きたくなるのはどうしてなのかしら。
その理由は、考えることなくわかっている。
もうこうして大好きなお父さまたちと三人で寝ることはない。ユーリに『ジュニア』と呼ばれる最後の日だから、私は泣きたくなる。
いつまでも私はお父さまたちの娘だけど、いつまでも子どもではいられない。
お父さまたちのことは世界でいちばん大好きで愛しているけれど、好きなひとができました。
寄り添えるひとと出会い、恋をした。
私も私のお母さんのように、お父さまたちのように子どもを産んだときその子が自慢できる親になれるかしら。
わからない。こわい。だけどもう甘えることはできない。これが私が決めた道。
私は、大人になる。
「大好きよ、愛しているわ。お父さま。……おやすみなさい」
泣き声混じりでおやすみを言えば、ふたりが「おやすみ」と私の手を握ってくれた。
あと数時間もすれば明日がやってくる。
目を閉じて、私は今日までの幸福に包まれていた自分にさよならを告げた。
明日から新しい幸福がやってくる。
さあしあわせになりましょう
(ほんのすこしのさびしさを胸に抱きながら、)
END