ハロウ、ハロウ。応答セヨ。 来週、グレタが血盟城に遊びにくる。おれは可愛い愛娘との休日を堪能するために、死に物狂いでふだんの倍以上の執務をこなして三日間の休日を手に入れた。一日目はゆっくり城内で過ごして、二日目はおれとヴォルフラムそれからコンラッドとお忍びで最近城下町にできた女の子に人気のあるケーキ屋さんへ行ったり、温泉に行こうと計画を立てている。二日以降のスケジュールはコンラッドに任せてあるので、おれは一日目、城内でグレタとなにで遊ぼうと模索中だ。 ヴォルフラムは一日目。へき地教育の行われている村へ視察に赴くことになっているので、グレタと会うことができるのは夕食頃らしい。 グレタの親はおれとヴォルフラムのふたり。きっとヴォルフラムともとても会いたがっているにちがいない。だから、ヴォルフに会えなくてさびしい想いをさせてしまうかもしれないけど、できれば、グレタにはずっと笑っていてほしいからおれがヴォルフのぶんもグレタをたのしませてあげないと、といまから気合いじゅうぶんだ。 グレタにおれとなにで遊びたいかこのあいだ事前に聞いたところ『ユーリがちいさいころ遊んでいた遊びやチキュウの遊びを知りたい』と言っていたので、おれはいくつか日本のおもちゃを持ってきた。ビー玉やおはじき。オセロ。ゲーム機も持っていこうと思ったけど、それはきっとアニシナさんのほうが興味をしめして研究室に持って行かれるかもしれないし、スタツア中に水に濡れて故障してしまう恐れもあったので却下した。 おれは自室で、ほかにも自分で作れる試作品をいくつか作っているとコンコンとドアを叩かれた。おれに呼びかける声の主は、おれの護衛でバッテリーそして、恋人であるコンラッドのものだ。 「どうぞー。いま手があかないからはいってきて」 言うと、すぐにドアがあきコンラッドがおいしそうな匂いを漂わせながらすがたをあらわした。 「失礼します。おもちゃ作りに精が出てますね。焼き菓子と紅茶をお持ちしたので、すこし休憩しませんか?」 「あ、うん! 食べる食べる! なんか、集中してるとあたま使うのか、甘いの食べたくなるんだよな。ここ片付けるからコンラッドも座って一緒に食べようぜ」 おれは、作業の手を休めると適当に散らかっているテーブルを片付けてコンラッドお手製のミルクティーにくちをつける。鼻こうをくすぐる甘い香りと口内に広がる甘さにかおがほころぶ。 「これぐらいがんばってたら、グウェンダルの眉間のシワも一本減るかもしれませんよ」 向かいのイスに腰をかけ、おなじくミルクティーを飲む彼におれはむっと唇を尖らせた。 「そんな意地悪いうなよ。おれはいつもがんばってるんです。んなこというと部屋から叩きだすぞ」 言うとコンラッドは「冗談ですよ」と肩をすくめた。 「もー……二度目はないからな」 「了解しました。心得ておきます」 おれはバスケットに詰められた焼き菓子(たぶん地球でいうフィナンシェみたいなやつ)に手をのばして、やっぱりエーフェの作るお菓子は最高だと悦に浸っているとふいにコンラッドがテーブルのはじにあると試作品を指さした。 「ねえ、ユーリ。あれはどうやって遊ぶものなんですか?」 彼が指さしたのは、糸電話。コンラッドは地球に行ったことがあるから紙コップの存在はしているけど、その紙コップで遊ぶことは知らないのかもしれない。 いつもだったら、おれがコンラッドに質問して彼がおれに教えてくれる。それがいまは反対の立場だ。なんでも知ってる彼にも知らないことがあって、おれにも教えられることがある……それはうれしくて、ちょっと気分がいい。地球からいろいろと持ってきてよかったな、とおれは得意げにコンラッドに糸電話の説明をはじめる。 両端の紙コップを片方ずつ互いに持って、糸をピンと張る。あとは電話の容量でどちらか片方が紙コップにくちか耳をあてると紙コップを結ぶ糸から声が伝い、聞こえる。 コンラッドは興味深そうにおれの説明を聞く。 「なあ、やってみようぜ。作っただけで聞こえるかはまだ試してないんだ。ほら、そっち持ってなにか喋ってみて。聞こえたら返事するから」 「はい、わかりました。……では」 言っておれが耳をあてると、コンラッドも紙コップにくちをあてた。 さあ、コンラッドはなにをしゃべるんだろう。 おれは紙コップにあてた耳に意識を集中する。 『 』 細い糸を伝って聞こえたコンラッドのことばにおれはおもわず息を飲み、彼を横目で睨む。でもコンラッドはそんなおれの睨みなど全然気にしてなどいないように楽しげに目を細め、一度紙コップからくちを離す。 「聞こえませんでしたか? もう一度、言いますので耳を澄ませてくださいね」 言われて、おれは躊躇い「いや、ちゃんと聞こえたからもういいよ」と答えた。グレタと作って遊んだらたのしそうだなと糸電話を思いついてしまったことにちょっとだけ後悔する。 「なら俺がなにを言ったのか教えてください。その返事でもいいですけど」 「う……っ」 教えてくださいと言われてくちごもる。それをコンラッドは勝手に解釈して「ほら、やっぱり聞こえなかったんじゃないですか」と言いもう一度紙コップに耳を当てるよう促す。 「それに聞こえなかったら、グレタと遊べないですよ」 「……わかったよ」 渋々おれは頷き、ふたたび紙コップに耳をあてた。今度は気合いをいれて。 『もしもし、もしもし。ユーリ、聴こえますか?』 すこしぼやけ、こもった声がおれの鼓膜をくすぐる。 『ユーリ、あなたを愛しています』 「……っ」 耳がくすぐったい。それに急激に頬や耳が熱くなっていくのを感じる。コンラッドの声がおれにだけに向けられている。 『――もしもし、もしもし。聴こえますか?』 楽しそうに。それでいて愛おしそうにコンラッドが問う。 おれはコンラッドに指で耳に紙コップをあてるよう指示するとはんたいに紙コップにくちをあてすっと息を吸う。 『聴こえてるよ、ばか! おれもあ、あいしてる……っ』 最後のことばはちいさくなってしまったけど、細い細い糸を伝い彼の耳に届いているはずだろう。だって向かいの男がちらりとこちらうれしそうに笑っている。 時折彼は、意地悪を言う。それから子供っぽいこともする。それに呆れることもあるけどおれはそれを憎むことができない。だってこれらは付き合う以前はなかったコンラッドの態度だ。こうした冗談を言うようになったのはおれに気を許してくれた証拠なのかもしれないから。 グレタには申し訳ないけど、糸電話で遊ぶのはやめておこう。紙コップに響いたこの声はおれだけのものしておきたい。 そう思う自分も十分子どもっぽいと思いながらおれは糸電話で内緒話をたのしんだ。 『ねえ、コンラッド。おれのどこが好き?』 コンラッドとふたりで。 END |