パブロフの犬2
 キスがだんだんと深くになっていくと同時に有利のからだからちからが抜け、起こした上半身はまたソファーへと沈む。
 舌が絡み、互いの口内を蹂躙すると水音が有利も鼓膜を刺激した。さいきん、距離をおいていたため必然的にキスや肢体をあわせなかったためか、くちゅくちゅと音をたてる水音がやけに響いて恥ずかしい。
 けれどもやはり自分で自覚していたように、キスをされるとからだは反応し熱を帯びていく。
 半ばヤケクソになりながら告白をしたあとなのだから、コンラッドにもキスをされれば自分がどうなってしまうのか知られてしまっているものの、その変化を悟られたくなくて口唇が離れると有利は目をそらした。
 しかしやはりそのようなことをしても意味はなくコンラッドが有利の髪を撫でつけながら「また一段とかわいい顔になりましたね」と言った。皮肉にも聞こえる言い方だが彼の声音にはバカにしたような音はなく、どちらかと言えばうれしそうな言い方をするので有利は毒気を抜かれてしまう。
「どうしました? 呆けた顔をして」
「いや、コンラッドってやさしいよなって思って」
 悩みが解決したあとだから、やっと狭まっていた視界がひろくなり周りのことを考えられるようになるとここさいきんの自分はかなり矛盾していたと思うのだ。
 コンラッドには些細な悩みもひとりで抱え込むなとくちをすっぱくして注意するくせに、いざ自分が悩みを抱えるとだんまりを決め込む。自分はコンラッドのようにポーカーフェイスができたり、器用に立ち回ることもできず親しいひとにはよく顔に出やすいといわれる。
 悩みを抱えていても、ひとに悟られないコンラッドの変化を読み取ることができるのは、自分に過信しているかもしれないが彼がバッテリーであるからだ。どんなことで悩んでいるのかわからなくても悩んでいるというその事実は察することができる。それはコンラッドの立場からもいえることだ。しかも彼よりも顔や態度に心境があらわれているというに、一向に悩みを打ち明ける素振りをみせないどころか隠そうとしていた。
 コンラッドの立場に立って自分を行動を思い起こせばこの時点でイライラしていただろうに彼は苛立つよりもさきに心配をしてくれたし、やっとふたりきりの時間がとれて尋ねてみれば『キスをされるのがいやだ』と顔をそむけるばかりか逆切れする始末だ。加えて悪態も減らない。
 すべて自分がとった行動なのだがこうまでされて幻滅しないまでも不快だと思わない男が不思議でたまらない。彼曰く『男冥利に尽きる』ということらしいがそれをとってもコンラッドという男が有利には器が大きくみえる。
 有利が男を『やさしい』と述べると彼は困ったように口角をあげ「まさか」と肩をすくめた。
「俺はやさしくなどありません。やさしい男であれば、あなたの思いを尊重して無理に悩みを聞きだしませんよ。俺はそれができなかった。できずにあなたを無理やり押し倒しました。……気持ちに余裕がないんです。百年以上生きてきて情けないはなしですが、ユーリのこととなると年甲斐もなくそわそわしてしまう」
「そわそわしてるように見えないけど」
「見えないように格好つけてるんですよ。余裕もやさしさもあったらこうしてはなしている間にもユーリの寝巻きのボタンを外したりしないでしょう」
「たしかにそうだな」
 言われて、目線を上着へとおろしてみると気がつかなかったがボタンはすべて外されていて思わず笑ってしまう。
「さて、はなしはこれぐらいにしてそろそろこっちに集中してください。このところユーリに触れてなくて、限界です」
 また恥ずかしいことを……と、咎めようとしたがすんでのところでやめ、そのかわりに有利は男の首に腕をのばして絡めた。コンラッドも有利が悪態をつくと思っていたのだろう。予想外の行動に驚いたような表情をしている。
「なんて顔をしてんだよ。おれが積極的にしたらいけないわけ? そりゃ、おれから距離おいてたけど……ほんとはおれだってあんたとおなじ気持ちだったんだぞ」
 距離を置いたのは『パブロフの犬』と化した自分を認めなくなかったからだが、それでもいつもとちがう距離や生活をするのは、有利も不満を感じていたのだ。もちろん、村田やヴォルフラムともはなしをしたり遊ぶのもたのしかった。けれども、ふと気がつけばコンラッドのことを考えてばかりだった。
「あのさ……」
「なんです」
「ほんとうにおれでいいの? いまのおれはコンラッドが好きなってくれたときのおれとちょっとちがうよ」
 恋愛をしらなかった自分。コンラッドと出会って恋をして自分でいうのも恥ずかしいけどこれが最初で最後の恋であり、恋愛だと思っている。自分はコンラッドしかしらないこれからさき恋愛をとおして自分がどのように変化していくのかわからない。
 けれど、コンラッドはいままでだれかと付き合っていた。そんな彼なら、今後有利がどのようになっていくのかおおよその見当はついているだろう。
 ふたりの関係を諭すつもりはない。それにいまの雰囲気でこんなことをいうのは、わるいと思ったがいまだからこそ有利はコンラッドに聞きたかった。
 コンラッドもそういう意味で有利が尋ねたのではないとわかってくれたのか、答えるかわりに愛撫が再開する。
 自分よりも体温の低い彼の指先が鎖骨を撫でたかとおもうとそのしたにある突起を親指と人差し指でつまみ淡い甘さにちいさく声がこぼれた。
 捏ねたり、つぶしたりされるたびに快感が増していく。無意識にあがる息に、これからからだをあわせるのだと実感する。
「ね、さっきの……ちゃんとこたえてよ……っ」
 やさしく執拗な愛撫の手がコンラッドの答えだと理解しているもののやはりちゃんとことばで答えてほしくて有利はゆるやかに熱で浮かされるあたまでコンラッドにねだった。すると、コンラッドは聞こえているはずなのに顔を降下させズボンのゴムをかいくぐり勃ちあがりつつある陰茎を下着越しから上下に扱きはじめた。
「まだあまり触っていないのに……もう硬くなってきてる」
「っさい! ばか!」
 ひとが素直に羞恥をこらえてねだったのにこの男ときたら、答えてくれるどころかさらにひとを辱めることを!
 ちからのはいらないからだでは、起き上がるのは困難でせめて愛撫をする手を引きはがしてやろうと有利は試みるが、やすやすと彼に伸ばした手は捕らえられる。しかも捕えるだけではなく、コンラッドはあろうことかその手を徐々に勃ちあがりつつある己の下着へと押しつけてきたのだ。
「ね、わかるでしょう。あなたのペニスが硬くなってきてるのが」
 触らずとも自分のからだの変化など感じとれる。でもこうして陰茎に触れると自分が思っていた以上に熱く張りつめているのがリアルに感じとれた。
「やめ……っ」
 有利の手にコンラッドが手を重ね、陰茎を擦る。
 自分の手なのに、重ねられているコンラッドの手にされているようでくらくらしてきた。
 気持ちがよくてたまらない。
 愛撫をとめるはずだった手は、自分の意志とは関係なくもっと快感を引き出そうと扱く速度をあげていく。
「とても気持ちがよさそうですね。下着も水気を帯びてきましたよ。そろそろ脱がせてさしあげましょう」
 腰骨に固定されている下着の紐の片方に男の指が絡むとすぐに結び目はほどけて、取り払われた。
「ああ、やっぱりすこし濡れてしまいましたね」
 とった下着を濡ている個所であろう場所を指でさわりながらコンラッドが飄々とした顔つきで言う。
 ほんとにバカ。こいつまじでヘンタイ。
「本気でやめろ! なにしてんだ!」
「いや。ユーリが恥ずかしいと思ってたことを打ち明けてくれたでしょう? だから俺も以前からしてみたかったけど恥ずかしくてできなかったことをやってみようと思ったんですよ。ほら、これなら恥ずかしさも半減すると思いまして」
 ちょっと照れくさそうにコンラッドは言うが、照れくさいレベルでこちらは済まされない羞恥プレイにこちらは憤死しそうになる。
「引きましたか?」
「そりゃあ、まあ……」
 ひとのパンツの染みを指でなぞっていたら引かないほうがおかしいと思う。が、それでも本気で彼のことを嫌ってはいない。むしろそんな行動をする男の仕草まで艶があると感じてしまうのだから、自分で自分が手に負えない。
「よかった。ユーリに嫌われたら生きていけませんから。でもね、ユーリ。俺があなたを変えているように、俺もあなたに日々変えられているんですよ。こんな変態的な行動いままでしてみたいと思ったことないですから」
 一応コンラッド自身、己のした行動が変態だと認識しているようで安心して安堵の息を吐くとコンラッドは下着とズボンをベッドのしたに落として、男くさい笑みを浮かべる。
「それにユーリは恥ずかしいことをされたり、言われたりするとよけいに感じるようですしね」
 あんなことされたあとでも、硬度を保つ有利の陰茎を指でゆるくはじいたかと思うとコンラッドはためらいもなくそれをくちにふくむ。
 はなしで中断されていた愛撫が予告もなくはじまり、有利の肢体が魚のようにはねてくちからは意味のわからない母音がひっきりなしにこぼれていく。宙にさまよう手は、コンラッドの髪を掴んでいた。いや、掴むというよりかはそえているというのが正しい。
 見かけよりもやわらかいコンラッドの髪は愛撫に戸惑う有利の指のあいだでさらさらと揺れる。その感触ですら、くすぐったい愛撫に変換されてここのところもてあましていた愛欲が刺激を受けて射精感がのぼりつめてくる。
「っこんら……ド! もう、くち、はなせ!」
 このままだと彼の口内で果ててしまう。
 有利はコンラッドの髪をかるく引っ張って言うと、彼はくちを離したが「このまま、イっていいから」とすぐにまた有利の陰茎を咥えた。絶頂を促しているのかくびれや先端部位を中心に緩急をつけてくる。
「やだ……っ」
 容赦のないコンラッドの口淫に耐えようと有利は足先にちからをいれてみるも、指先と同様に汗でシーツのうえを滑るだけだ。
 けれどコンラッドを離す気配はなく、くびれを甘噛みされたのが決定打となってとうとう有利は背中をそらして果てしまった。
 しかも口内に吐精したものをコンラッドが嚥下するのでいたたまれない。
 顔をあげ、くちまわりに付いた精液も指で拭い舐めとる男の顔はとても満足そうだ。
「ごちそうさま」
 あんな青臭いものをよく笑顔で飲み込んだり、舐めることができるなと有利は荒い息を整えながら関心する。
 もしかして、コンラッドは味覚音痴なのかもしれない。
 もちろんこれで行為が終わるはずもなく、コンラッドは有利の下肢から身を乗り出すとベッドサイドに備え付けてあるチェストの引き出しをあける。そこになにが入っているのか有利も知っている。
 コンラッドが引き出しから取り出したものはやはり香油であった。五百ミリリットルほどの大きさのガラス小瓶のなかに琥珀色をした香油はもう三分の一ほどしかない。これを購入したのは半月ほど前くらいだった。たっぷりと入った香油を使いきるのはおそらく一年はかかるだろうと見越していたけど、まさかこんなにはやく消費されるなんて思いもしなかった。
 いままで、互いに自分のことを性にたいして淡泊だと思っていたそれは単なる思いこみだったのだと香油をみて思う。
 有利の視線に気がついたコンラッドは「ああ、もうすぐ香油も継ぎ足さないといけませんね」と冗談でからかうでもなくあたり前のように言い、慣れた手つきで香油を適量手のひらに垂らしてまんべんなくそれをのばした。
 香油から微かに甘い花のにおいがする。ひとの体温であたためられると香る香油。それもまた有利をイヌにさせるものらしい。
 鼻腔をくすぐる甘いにおいにコンラッドを受け入れる箇所が期待をするように疼くのだ。
「まだちょっと冷たいかもしれませんが、がまんしてくださいね」
 子どもをあやすような口ぶりでコンラッドが有利の片方の足首をつかみ足の間をわずかにひろげて双丘に隠れている菊花を探り、その周辺を撫でる。
「……ん、」
 からだを繋げた当初はそこに触れられてると、羞恥と戸惑いが有利を支配していたが、いまはそれだけではなく、快感もある。それは、自分のからだが彼によって変えられているからだろう。
 じゃなきゃ、本来排泄器官でしかすぎない場所で快感を得たり、男の勃起した欲望のかたまりを欲したりしない。
 コンラッドの節ばった指が菊花へ侵入してくる。具合を確かめると一本、二本と犯す指は増え、有利はシーツを握りしめる。
 と、コンラッドは上半身をこちらへ寄せて有利の目尻に口唇を寄せた。知らぬ間に泣いていたらしい。
「すみません。痛い?」
 コンラッドは久しぶりの行為に有利は痛みを覚えたの思ったようで、心配そうに表情を歪める。
 淫猥なことばを使い、さっき意地のわるさをみせてたくせにやはりコンラッドという男の根はやさしくて「ちがうよ」と有利は返答した。
 綻ぶ菊花に等しくぐずぐずに理性も溶けていき、有利はぽつぽつと本音を吐露していく。
「気持ちいいから、続けて……」
 男の首に自分の頭を寄せ、耳元で囁けばコンラッドがひそかに息を飲んだのがわかり、有利はすこしうれしくなる。
 自分がイヌになったからとはいえ、彼に翻弄されるばかりでは癪だ。
 三本目の指が菊花にもぐり込みその圧迫感に息がつまる。
「ユーリ、そんなに締めつけないでください。もっと気持ちよくなりたいのでしょう?」
 そう言われても、彼の指を締めつける内壁をコントロールするすべを有利はわからない。息を深く吸い、吐き出してみてもなかなかうまくいかない。
 すると、コンラッドの空いている片方の手が有利の陰茎にふれる。一度達したからか、そこは鋭敏になっていてふれられただけで新たな先走りをこぼした。上下に扱かれるとたまらくて有利は後頭部をシーツにこすりつける。
 陰茎への愛撫で菊花の締めつけがゆるんだろう。コンラッドの指が奥へと入りこみ指を鉤状に曲げる。三本を出し入れされるだけでも、与えられる快感はおおきいのに指を曲げられ内壁をこすられると気が狂ってしまいそうだ。
「……ユーリ。顔、隠さないで」
「うっさ、ぃ!」
 自分には、情事中にかおを隠す癖がある。理由はひとつ。はずかしいからではなく、醜いからだ。
 与えられる快感にからだじゅうのちからが脱力して、嬌声がひっきりなしにこぼれるくちからは飲みこみきれない唾液が口はしからこぼれているし、苦痛にちかい快感でかおが歪むそれをわざわざ晒したくない。
 それをコンラッドに打ち明けたこともあるが、いつも「みせて」と言う。
「俺にしかみせられないユーリのひどい顔をみせてください」
 ひどく甘い声でコンラッドがねだる。
「俺はあなたのぐちゃぐちゃになった顔をみるのが好きなんです」
 常々、この世界のひとたちの美的感覚はずれていると思っていたけど、ここまでずれているとは……。
「あんたのセンスっておかしいよ……」
 コンラッドの顔を見ずに憎まれ口を叩いてみる。彼の顔はみえないが、笑っているのはわかった。
「あなたは自身のいまの顔をみないからそういうんです。あなたのその顔が俺をしあわせにしてくれて、俺を煽るのか。……もっと、俺を煽ってください。ユーリだけが俺を男にする」
 背けていた顔にコンラッドの手がかかる。
「顔、みせてください」
 自分はそれに抗えなかった。
 好きなひとからのお願いに抗えるはずがないのだ。
 コンラッドには魔力があると思う。
 自分を意のままに操る魔力が。
 そうして晒した醜い顔をコンラッドは「とてもかわいい」と言うのだった。
 





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