おはよう、私は罪になる
 

 コンラッドと寝てしまった。平たく言うと、セックスをしてしまった。
 自分には婚約者がいて、その相手がコンラッドの弟というのを有利もコンラッドもわかっていた。こんなことをして良いわけがないと重々承知していたが、寝たのだ。罪悪感はあったが、それでも自分たちに躊躇いはなく、道を外すことも咎めることはなかった。
 ひどいものだと思う。平和を唱えているくせに、常識にはずれたことをしてしまったのだから。ひとの道に外れるのは悪だ。
 しかし、悪というのはどうしてこうもひとを魅了するのだろうか。
 だれかを好きになると、ひとは道をはずれると思う。たとえば、偶然を装って待ち伏せをしてみたり、人づてに好きなひとの好きな食べ物、色、過去を探りはじめたりする。
 好きになると、理性と本能の天秤が狂っていくのだ。
 よくクラスの女子が恋愛についてはなしをしていた。もっぱら中心は片思いと、現在付き合っている彼氏についての惚気と不満。それから、浮気について。
 彼女たちのはなしを聞くと、女の子というのは同年代の男子よりもずっと大人びてみえた。
『どうしようもないのよ。好きっていうか恋より愛のほうが強いもの。恋は愛にかなわないもん』
 どこかのドラマやキャッチフレーズにありそうなセリフをなんてことのないように言った女子のことばが有利のぼんやりとしたあたまのなかで浮かび上がる。
 ヴォルフラムにはもうしわけないけど、自分はヴォルフラムに恋をしていない。好き、だと思うけど恋愛感情はない。自分の持っている恋愛感情のすべての矛先はコンラッドに向けられている。
 ゆえにヴォルフラムに罪悪感はあるが、セックスをしたことに、後悔はないのだと思う。
 いつのときかだれかが言っていた『大人は汚い』それから『二十歳を過ぎたからって大人になったわけじゃない』その意味がいまの自分ならわかるような気がした。
 大人というのは、愛に貪欲なのだろう。自分の欲望にたいして。欲望を満たすために嘘を平然とつくことができ、そのためならば自らのからだを張ることができる。でも、これまでのしあわせを欲で壊したくない。だから、嘘に嘘を塗りかさねていく。欲望をいさめたりはしない。
 ああ、大人になってしまったんだ。
 有利は起きてはいるが目は依然として瞑ったまま、確信する。
 変わってしまった。
 昨日まで感じていたシーツの心地よさも、隣で寝ている男の体温も、ちがう。
 たぶん『嘘、つくの下手だね』と言われていたけど、今日からは昨日よりずっと、嘘をつくのが上手なっているだろう。
 まだ、お酒もたばこも吸えない高校生だけれど、昨日の夜に自分は大人になったのだ。
「ユーリ、いつまで狸寝入りしているんですか?」
 昨夜の名残りがある低く甘い声が有利を呼ぶ。おそらく、彼は自分よりさきに起きていたのだろう。ことばにそのようなニュアンスを感じとれる。
 有利はそれをなんとなく無視して二度目の「ユーリ」と呼ばれたときにぱちり、と目を開けた。
 すると、彼は有利を肩を引きよせ己の胸に誘いこむ。昨日は互いの汗で肌がぬめっていたのに、触れあう肌はどちらもさらり、としている。熱いと感じていた体温もいまは快適なぬるい温度だ。
 抱きしめられると、すこし有利の心音がはやくなった。
「おはようございます、ユーリ」
 いつもと変わらない朝のあいさつ。
「……おはよう、コンラッド」
 でも昨日まで交わしていたものとはやっぱりちがう。
 いつもどおり返したはずの「おはよう」はわずかに震えていたから。
 コンラッドの顔が、口唇が近づいてくる。唇が触れ合う瞬間、有利のあたまのなかに『さようなら』と『おはよう』が二文字がよぎった。
 なんでもない二文字。でも、その二文字がいまの自分そのものなんだと有利はキスを受け入れながら思った。

END


ごめんね。でも、後悔なんてしてないよ。…罪悪感はあるけど、とてもしあわせなんだ。