喉から手が出るほど欲しかった/名付け親記念日



「……そろそろ部屋に戻りましょうか? もうあなたがいなくても各々はなしをはずませているようですし」
「グウェンダルに怒られない?」
「大丈夫です。明日、睡眠不足で執務に支障をきたすことになったらそっちで怒ると思いますよ。一日中働いて疲れたでしょう。ちょっと待っていてください。グウェンに報告してきます」
「ごめん。おねがい」
 陛下生誕祭も終盤に差し掛かり、コンラートは会場から抜けるとグウェンダルに報告し、疲労の浮かべるユーリと大広間をあとにすることにした。
「陛下はおつかれのようだ。明日の執務に支障をきたさないためにも部屋へお連れする。俺はそのまま見張り番がくるまで部屋のまえで待機するので。こちらはよろしくおねがいします」
「わかった。それから明日の執務は午後から行うと陛下に伝えておいてくれ」
「了解しました」
 抜けることを告げるとグウェンダルは一本額の皺を増やしたが、長く息をはいてそう答えた彼の声音はやさしくてコンラートはちいさく笑ってしまう。こっそり笑ったつもりだったのだが、気づかれてしまったらしい。気恥ずかしいのかこちらから顔を逸らした。
「俺たちの陛下は、みんなに愛されてますね……」
 笑い声で賑わうホールを見渡してコンラートは呟く。
 ユーリが王になるまえも母やほかの王が誕生日を迎えたときは、同じように生誕祭が開かれていたがこんなにも明るく居心地のいい生誕祭は行われたことはない。皆、だれかの顔色を窺いぎこちない笑みを浮かべ、虚勢をはり王におびえていた。民もまた形だけの歓声をあげていたように思う。
 しかしいまはちがう。媚びへつらう者はおらず、民もまた生誕祭の準備を積極的におこない、開催のファンファーレが国中に響き渡ると同時に賑やかな声をあげ、踊り、喜びをからだ全体であらわしていた。夜が更けても城内から城下町を見下ろせば色とりどりの花火が夜空に花を咲かせている。
「……本当に、愛されている。さて、そろそろ行きます。陛下をながくひとりにしておくと彼のまわりにひとだかりができる」
 一礼をして、コンラートが立ち去ろうとするとなにか言いたそうにグウェンダルのくちがひらいた。
「なんだい、グウェンダル?」
「あ、いや……なんでもない」
 そういうわりにはそわそわとしているようにみえる。このあいだ拾ってきた子猫のことが気になるのだろうか。コンラートは「子猫の様子も確認してくるから」と言うとホールのすみで椅子にもたれ寝むそうなユーリに声をかけ静かに会場を出た。
「ふぁあ」
 会場を出るととたんにユーリが欠伸をして、コンラートは笑ってしまう。
「今日は一日お疲れさまでした……ユーリ。でも寝るのはもうすこしあとですよ。お風呂に入って、正装から寝巻きに着替えてから」
「わかってるよ。あーマントが重くて肩こっちゃいそう」
 首筋を伸ばすようにすると小気味のいい骨が鳴る音が聞こえた。
「それはたいへんだ」
 そのマントは結構重量がありますからと、ぽつぽつ他愛のないはなしをしているとうしろからこちらに足早に向かってくる足音とコンラートへ声がかけられた。
「おい、コンラート!」
「なんだい、ヴォルフラム」
 振り返れば落ち着きなくそわそわしている弟、ヴォルフラムがいる。
「兄上からこれを預かった!受け取れ!」
 そう言われて手渡された小さな白い箱。
 てっきり「ふたりでぬけがけなどゆるさないぞ!」と怒られるのかと思っていたので拍子ぬけしてしまった。緊急の任務だろうか。なら、グウェンダルもあのとき口ごまらず言ってくれればよかったのにと思いながらわざわざ持ってきてくれた弟に「ありがとう」と声をかけようとしたがすぐにヴォルフラムは大広間へと戻ってしまった。「ヴォルフラム」と声をかけても聞こえているはずだろうに無視されてしまう。
「なにそれ?」
 ユーリはコンラートが受け取った箱を見ながら首を傾げた。
「さあ、なんでしょうね」
 箱の中身が気になるのは自分も同じで、歩きながら小箱を開けて――目を見開いた。
「……白い豚ちゃんかな?」
 とユーリが言う。なかに入っていたのは手のひらに乗るほど小さな編みぐるみであった。それから編みぐるみの首のリボンにはグウェンダルの筆跡で【白く気高い獅子へ】と書かれている。
「いいえ、ライオンみたいですよ。……しかしなんでまたこのようなものを」
 コンラートはグウェンダル意図が掴めずないまま手のひらに編みぐるみを手のひらにのせると箱のなか紙が入っていた。
【ちっちゃい兄上へ。私たちからの感謝の気持ちです】
 とぶっきらぼうに書かれていた。たった一文だがその言葉にコンラートの胸が騒いだ。
「グウェンダルとヴォルフムからのプレゼントだったみたいだね。今日はおれの誕生日であると同時にあんたの名付け親記念日だもんな! ……あんたはさ、もっと実感した方がいいよ。みんなに愛されてるってことをさ。ハッピーバースデー、おれ。それからコンラッド。――おれに素敵な名前をつけてありがとう」
 言ってこちらにからだを傾けた彼にコンラートは泣きたくなる。
「……こちらこそ、生まれてきてくれてありがとう。ユーリ」
 あなたがいなければ、きっとこんな素敵なプレゼントを彼らからもらうことも愛されているということも知ることなどなかっただろう。
 ユーリが生まれてときに自分も新しく生まれ変わることができた。そして、だれもが叶うはずのないと考えもしなかった夢を彼はちゃくちゃくと実現し、これ以上のしあわせはないと思っていたのに。
「本当に、ありがとうございます」
「礼を言うならおれじゃなくてグウェンダルとヴォルフラムに言ってやれよ。そのプレゼント大切にしろよ」
「ええ、もちろんです」
 部屋にある黄色いアヒルのとなりにこの編みぐるみと手紙は置いておこう。
 コンラートは、自分には似合わないほど可愛い編みぐるみを抱きしめてずっと喉から手が出るほど欲しかった幸福をひたすらに噛みしめた。


END

title thank you/mutti





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