なんでも言って 5



『ちゃんと話し合おう』
 そう言ったのは自分なのに、いざ家路に着きテーブルのイスに腰をかけ向かいあわせになると緊張しまう。
「……とりあえず、コーヒーでも淹れるね」
 座っているのも居心地が悪くて、有利はイスから立ち上がりコンラッドのとなりを通り抜けてキッチンへと向かおうとすると手首を捕まれ、腰のあたりに顔を埋めるように抱きつかれた。
「ゴミ箱のなかをみました。……あなたは毎日、俺のぶんまでご飯を作っていれていたんですね。俺の大好物を作って待っていてくれていた。この広い部屋で、ひとりで待ちながら、ご飯を食べて夜を過ごしていたことを俺は気がつかなかった。忘れていてーーごめんなさい」
 悔しさと悲しさを混ぜたような声音でコンラッドは謝り、有利は首を横に振った。
「コンラッドは仕事が忙しくなってからちゃんと言ってたじゃん。夕食は準備しなくていいって。おれが勝手にふたりぶん作ってたんだ。あんたが謝ることじゃない。いつも仕事がんばってくれてありがとう」
 自分の気持ちを考えてくれただけで、うれしい。
 有利はコンラッドの頭を抱き込みながら答えたが、コンラッドは呻くように言う。
「あなたはやさしすぎる。そんなユーリのところが好きだけれど、もっとわがままを言ってほしい。……すこしだけ村田くんとあなたのはなしを聞かせていただきました。それを聞いて、どれだけユーリがさびしい想いをしていたのかやっと気がついたんです。俺はあなたにこんな想いをさせるために一緒に暮らそうと思ったわけじゃない……っ」
「……わかってるよ。おれたちは、話し合うことをしなかったんだ。これからは、いろんなこと話し合うようにしよう」
 だれよりも心の距離が近いからと言って、言わないで相手の考えや想いがわかるはずないのに。なにか勘違いして、言わなくてもいいと思っていた。
「なあ、コンラッド」
「なんです?」
「言いたいことおれ、ちゃんと言うから。あんたもちゃんと言ってくれる?」
「もちろん」
 コンラッドは頷き、こちらのことばを待つように顔をあげ、有利は戸惑いながらもおずおずと思いを紡ごうとしたがなかなか声にならない。
 言うのが、怖い。もう大人なのにまるで子供の恋愛のような思いをくちにすることがとてもこわい。
「言って、ユーリ。俺があなたを嫌うことなんてぜったいにないから。……もし、間違ったことだと価値観が違ったら俺はちゃんと言うよ。違っても嫌わない。それこそ、はなしあって折り合いをつけるべきだと思う」
 腰にまわされていた手が、片方ほどかれて有利の右頬をなでつけたあと、あやすように下唇をなぞった。
「……コンラッドが、仕事をがんばってることわかってるんだ。自分自身のために、おれのために……だけど、できることなら一緒にいたい。一緒にご飯食べたり、寝たり。一日のなかでおはようとおやすみって言い合うだけじゃなくて、お互いのはなしができる時間がほしい」
「うん、そうだね。俺もそう思う」
「わがままだって思わない?」
「全然。わがままじゃないよ、ユーリ。俺も同じ気持ちだし、恋人なら当然思う気持ちだから。……はずかしいはなし、仕事が忙しいこともあったけど、俺はあなたに対して見栄を張っていました。仕事もできる格好いい男にみられたかったんです」
 苦笑いを浮かべながら言うコンラッドに有利はわずかに拗ねたように唇を尖らせた。
「もう十分、あんたは格好いいよ。……それ以上格好よくなったら困る」
「ありがとう。あなたに言ってもらえると俺は自分のことが好きになれる。そう思わせてくれる大切なひとがいる生活を俺は大事にしなければいけない。明日からは、もっとはやく帰ってきます。一緒にご飯を食べて、一緒に寝ましょう」
「うん……っ」
 村田の言ったとおりだ。むずかしいことだと、勝手に深刻なことだと勘違いをしていた。思いをことばにするのはむずかしいけれど、まとまらなくてもくちに出さなければなにも始まらない。コンラッドともう三年はつき合ってきているというのに、そのことをいまとなって気がつくなんて。
 なんだかおかしくてそして安堵して笑いがこみあげてくる。
「……あなたが笑うところ、久しぶりにみた」
「おれもちゃんと久しぶりにちゃんとコンラッドの顔をみたよ。仕事、無理はしないでいいからな。でも明日コンラッドがはやく帰ってくるのを期待してる」
 額にキスを落として、有利はもう一度目の前のだれよりも愛おしい存在を確かめるようにコンラッドを抱きしめた。
「これって一応仲なおりしたってことでいいのかな?」
 有利が尋ねればコンラッドは「ケンカはしてないけど、きっとそういうことですよね」と有利の手首をひいて互いの唇がふれて、すぐに離れた。
「ヤダ、コンラッド」
 一瞬だけふれた熱にからだじゅうが犯されていく。
「もっと……っ、ちゃんとふれてよ」
 言いたいことを、言っていいというのならこんなことをくちにする自分も許してくれるだろうか?
 いままで、なにも言わなかった自分も許してくれるのだろうか?
 不安と狂おしいほどの恋情で胸があつくなる。いま、自分はどんな顔をしているのだろう。自分でも想像つかない表情を浮かべているに違いない。そんな自分をコンラッドの銀の星が散る瞳に写っている。
 コンラッドは一瞬、動きを止めたあと、苦々しく顔を歪め乱暴に再び唇がふれあう。今度はすぐに離れず、まだ昼間だというのに淫猥な水音が室内に響いた。互いに互いを貪るようなキスと表現するにはあつかましい口づけを繰り返して、どちらの口端からもだらしないほど唾液がこぼれている。
 どれくらいしていたのはわからない。指先がしびれ、気がつくと自分は彼の腕に抱かれて膝に座っていた。
「……は、ぁ」
 やっと、くちが離れると目の前の男の唇が赤く熟れ濡れているのを見て気はずかしくなり目をそらし、彼の膝から退けようと身をよじったが腰に回るコンラッドの腕がそれを阻む。
「あの……コンラッド、」
「ユーリは、どこに行きたい? 今日はどこでも連れて行ってあげる。海でも山でも遊園地。なんなら、海外だってどこへでも」
 ね、どこに行きたいですか?
 テラスからこぼれる日のひかりがまだまだ遊ぶ時間はある。と、告げているようだ。あかるいひかりと休日のにぎやかな音に目と耳をむけてからあたまひとつぶんの至近距離にいるコンラッドに顔をむけた。
「ほんとうにどこでもいいの? どこって言っても嫌がらない?」
「ええ、嫌がらない。俺はね、ユーリの願うことなら俺が、いや俺だけが叶えてあげたいんです」
 コツン、と額と額がぶつかる。きらきらとひかる銀の星がよくみえた。やわらかく星が。
「なんでも言って」
 一言。
 たった一言はきっと自分にだけにゆるされたことば。そのことばにぐずぐずと恐怖がくずれていくのがわかった。
「じゃあさ、コンラッド」
「うん?」
「ベッドに行きたい。連れて行ってくれる?」
 わざと、小首を傾げて尋ねるとコンラッドは破顔して頷いた。
「喜んで。で、どれくらいベッドにいましょうか?」
 含み笑いをしながら言う男の鼻筋に齧りつき、それから耳元で有利は言いたいこと囁く。
「あんたとおれが満足するまで」
 言いたいことを言うことはむずかしい。でも、今日を境に想いをくちにする機会ができますように。
「コンラッドが、好きだよ」
 そしたら、ほら。こんなにもはやく彼も自分はしあわせがここにあることを実感できる。
 ベッドについたら、コンラッドの言いたいことなんでも叶えてあげようと有利は考えながらとなりを歩く男の肩にあたまを凭れた。

END
 


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