「コンラート」
 執務室で多量の書類を整理していると、兄であるグウェンダルに声をかけられた。
「なに?」
 コンラートはそちらに顔を向けることなく、書類に目を通したまま返事を返す。グウェンダルの視線とそれから彼の直属の部下であるグリエ・ヨザックの視線が自分に注がれているのがわかる。彼らが自分になにを尋ねたいのか、考えずともすでにみえているがコンラートはくちにしようとは思わなかった。どうせ、黙っていればどちらがかくちを開く。問われれば答えるが、自ら進んで言うような話題ではない。
「なあ、隊長よ」
 そうして、口っ先を切ったのはヨザックだった。
「……坊ちゃんのこと、ほっといていいのか?」
「ほっとくもなにも、貴族の女性らとのお茶会も仕事。陛下の護衛にはヴォルフラムがついているだろう。ヴォルフはああいう社交場の空気を俺よりも知っているから問題はない。それに、俺も仕事だ」
 と、コンラートは手に持つ書類をひらひらとさせた。
「それはそうだが……」
「おや、ご不満ですか。グウェン」
 ことばを濁らせるグウェンダルに、コンラートが返事を返すと「そうではない」と言い「だが……」とも続けた。
「もちろん、それも仕事さ。でも、アンタの一番最優先すべきことは、ユーリ陛下のことだろう?」
 グウェンダルの思いを代弁したようにヨザックが言い「もちろん」と答える。
「しかし、この仕事も今後陛下の夢を叶える基盤になるからおろそかにしてはいけないだろう? あとすこしでこれも終わる。彼には優秀な弟がついているし、血盟城のなかだ。問題はないと思うが」
「そりゃ、問題はねえさ。でも、仮にもアンタは坊ちゃんの婚約者になったんだから、もっと独占するかと思ったんだよ。オレもグウェンダル閣下も。でもそんな様子もないし、ケンカでもしたのか?」
 ユーリはコンラートが離反しているあいだにヴォルフラムとの婚約を破棄した。
 その後自分が求婚を申し込み現在婚約者という肩書きはこの背中にある。民はそのことに対して騒然としたが予想したよりも騒動になることはなかった。それは、自分を含め、ヴォルフラムやユーリが民に会見を開き、質問に答えたこともあるし、婚約破棄をしてもまったくと言っていいほど揺るがないユーリへの信頼があつかったからだろう。来年か、再来年か。近いうちに結婚式をあげる予定である。
「ケンカなどしていない。言っただろう。これが終わったら迎えに行くと」
 ふたりでともに朝を迎えるのを城内では当たり前だと感じるくらいに見かける光景になっているほど、自分とユーリは行動をともにしているし、今日の朝食も同伴しただろう。とコンラートは言う。
「じゃあ、なにか。婚約者の余裕というやつか」
 それをコンラートは喉を鳴らして笑った。
「余裕? そんなものがあるはずないだろう。彼は外見もさることながら、内面から魅力的な方であるのをふたりは忘れたのか?」
 おとぎはなしのように語り継げられた物語の主人公にユーリの存在はとてもよく似ている。髪と瞳はこの世界には存在しない艶やかな黒。体格は細く、黒い服を着こなして老若男女どんな者にでも耳を傾け、彼らの持つ堅い心をやわらかく溶かしていく。彼の目にし、交流をすれば虜になる。いま自分の置かれている状況は本当に奇跡のようだ。
 ユーリの世界にあるおとぎはなしに、どんな願いごとでも三つ叶えてくれる魔人がある。もしそれが、この世界い実在したら、そのひとつに彼と結ばれたいと思う者が数え切れないほどいるだろう。幸いにもそんな者は存在しないが、自分よりも魅力的なひと、ユーリにつりあう者は多くいることをコンラートはよく知ってる。
 婚約者になったからと言って、余裕をもてるわけがない。
「ではなぜ、小僧のところへと行かない。お前の手に持つ書類も緊急なものではないというのに」
「心に余裕がないからだよ」
 コンラートは、声をわざと明るくし手に持つ書類から目を離して、ふたりに顔を向け彼らが求める答えを述べた。
「もっと俺のことで頭がいっぱいになるようにしないとだめなんだ」
 ――心配しなくても、大丈夫。おれは以前よりも王様らしくなったし。ひとりでやれることが増えたんだ。
 コンラートがもう一度、戻れるはずのないと思っていたユーリの隣で肩を並べてからはじめて執務へと歩を進めていたとき彼は言ったことばがいまでも鮮明に耳に残っている。
「俺がいないとつまらない。俺がいまなにをやっているのか。いつ迎えにきてくれるのか……無意識に、意識的に俺のことばかり考えてもらわないと」
 自分の世界がユーリという少年で回っているように、彼の世界がコンラートという男で回るようにしたい。
 自分がいなければ、なにもできないひとにしたい。と、続けようとしたがやめた。そんなことを言えば、グウェンダルから鉄槌を食らうだろう。
 ふたりの目が、おかしくてコンラートはまた笑う。狂気を目の当たりにしているような目だ。
「……コンラート、お前歪んでいるぞ」
 グウェンダルが言い、コンラートは小首を傾げた。
 歪んでいるなんて心外だ。
「愛するものに愛されたいだけじゃないか」
 だれよりも、なによりも。ただそれだけのことを歪んでいるなんて言われたくない。
 それきりコンラートは、口を閉じ再び書類に目を通した。
 これが終わるころには彼の頭のなかはきっと自分でうめ尽くされて、顔を見せれば縋るような安堵したかわいらしい笑顔を見せてくれるだろう。
 それを思うとどうしようもなく、気持ちが高揚するのだった。

END


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