anemone2

 それから間もなくして、猊下がヨザックを護衛に連れてあらわれた。白鳩便に書いたものは簡易なものだったがさすがはというべきか、猊下にはすでにユーリが悩んでいることがわかっているようだ。
 にやにやと笑いながらこちらに手を振り、わざとらしく肩をすくませて「それじゃあ、渋谷のはなしを聞いてくるね」と部屋に入っていく。
 すぐに扉を閉めたが、閉める瞬間の隙間からユーリの顔が見えた。彼の顔にはどこかほっといたものが見え、やはり自分では無理なのだと理解する。
 ぱたん、と扉が閉めれば室内での会話は聞こえなくなる。たった一枚隔てれば、なにも聞こえない。それはまるで、いままで忘れていた自分と彼の距離のようだ。
「……たーいちょ、一体なにをやらかしたんですか?」
 ふたりのはなしが終わるまでヨザックも部屋の護衛をするのだろう。コンラートと同じように、腕を組み背中を壁に預けると呆れ口調で尋ねた。
「俺が知りたいくらいだ」
 自分に改善できることや過ちを犯したというなら、すぐになおし、謝罪をしたい。が、ユーリに言う気はなく自分でも見つけられない。
「ふぅん。まあ、坊ちゃんがアンタに言いたくはないっていうのは十中八九アンタ絡みのはなしなんでしょーね。これを気にカルガモの親子ごっこするのやめたらどうです?」
「カルガモの親子ごっこ?」
「ところ構わずべたべたと互いのケツ追っかけ回すことだよ。付き合ってるワケでもねーのに」
 嫌みを含んだ口調で言われ、コンラートはわずかに眉を額に寄せた。
「べたべたって……陛下をお守りするのが俺たちの役目で、俺の使命だろう。そんな言い方をされる覚えはない」
 と、言い返せばヨザックは横目でこちらをちらり、と見て鼻で笑う。
「わかってるよ、それぐらい。オレが言いたいのはアンタのは度が過ぎてるってことだ。坊ちゃんが悩みを打ち明けてくれず、あろうことか猊下に対して嫉妬をしてる。それはコンラート、アンタの私情だろうが。言わねえのは構わねえよ。アンタの気持ちを坊ちゃんに。でもよ、一線引くところは引いておけって。公私混同はよくなねえぜ」
 はっきりと、言われて返すことばもない。
「どう? 初めてケイケンする心の痛みってやつは。いままでアンタが食ってきた女が持っていた感情だ。じっくり味わっておけよ」
 コンラートの胸に指をさしてヨザックは言う。
「叶わないことだとわかっているのに、想わずには言われないってそんな気持ちなんだよ。コンラート隊長」
「……うるさい」
 言うと、ヨザックはケラケラと笑う。そんな彼に「以前より性格が悪くなったな」と皮肉を返せば「おかげさまで」と答えた。
「隊長のおかげでね」と。


 ーーしばらくして、悩みを打ち明けてユーリはすっきりとしたのか、わずかに笑い声が聞こえ室内から「それじゃあ、また。夕食のときに会おうね」と猊下の声がし扉が開く。見送りのために猊下のうしろにいたユーリの表情にコンラートはわずかに目を大きくする。
 ユーリの瞳は若干充血していて、目尻が赤く染まっていたのだ。泣いていたのだと思う。泣いてしまうほど大きな悩みとは一体どのようなものだったのだろうか。
 教えてほしいと、思うがそれは無理だと知っている。コンラートはちいさく拳を握りしめた。
「せっかく血盟城にきたから書庫と宝物庫をみてご飯食べて眞王廟に戻るつもりだからさ、なにかあったら呼んでね」
 猊下は言い、幼い子供をあやすような手つきでユーリの髪を撫でる。子供扱いされるのを好まない彼なのに、嫌そうな素振りを見せずむしろ甘えるような表情で「ありがとう」とお礼を述べるユーリからコンラートは目をそらした。
 あのような表情を浮かべるのは自分だけだと思っていたのに。……なんて考える自分は本当に、どうしようもない。
「きみは大切な友達だからね。礼を言われるようなことなんてしてないよ。いつでも相談のるから」
「おう」
 照れくさそうに頷き、ヨザックとともに猊下が部屋をあとにすると、明るい雰囲気が重いものへとかわる。
「……あの」
 さきに口を開いたのは、ユーリだった。
「なんですか?」
 彼をみれば、気まずいのかそわそわとしながらこちらを見上げ、ちいさく「ごめんな」と言った。
「脱走してごめん。それから、心配してくれたのにあんなことを言って……コンラッドに八つ当たりした」
「いいえ。こちらこそ配慮が足りなかったんです。申し訳ございません」
 泣くほどの悩みを胸に抱えながら過ごしていたというのに気がつかなかった自分が悪い。
 コンラートが謝ると、慌てたようにユーリは手を振って「いや! ほんとにごめんなっ」と言う。その声音と雰囲気がいつもの彼でコンラートは安堵する。
「あ、あとグウェンのお説教も受けに行くから……ついて行ってくれる?」
「ええ、もちろんです」
 さきほどのような雰囲気で今後を過ごすのかもしれないと思っていたが、自分の考えすぎだったようだ。悩みを打ち明けてくれずともいまの関係であればいい。と、思いたいが少しずつこうして距離が置かれてしまうのではないかと不安が胸を締め付ける。
 主従関係はこういうものなのに。
 それ以上の関係を求めるのは、愚かだ。
「じゃあ、執務室に行こう。コンラッド」
「はい」
 コンラートは三歩先を歩くユーリの背中を見つめるとそう遠くない未来が見えた気がした。
 彼のとなりを歩む、だれかの姿が。
 もちろん、それは自分ではない。

 

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