可愛い、はつくれる



 とある国の難民街の視察の帰りに、おれは襲われた。
「魔王陛下、覚悟っ!」
 もちろん、おれは平和主義だしてんで剣の扱いにも慣れていないから護身用の短剣など出すことも出来ず丸腰状態で声のするほうへと振り向いてしまった。
 怒りに声を震わせ、ものすごい形相で躊躇いもなく――心臓に剣の照準が当てられる。
 怖い。
 ……なんて、とでも思ったのか。この男は。
 口角が釣り上がりそうになるのを必死に抑えて、変わりに目を見開いた。
「陛下っ!」
 ――ガチャン!
 男の剣が叩き落とされる。おれの護衛であるウェラー卿コンラートによって。手頸を叩かれ落とされた剣は他の兵によって迅速に処理され、男はすぐに取り押さえられたかと思えばその喉元にコンラート、いやコンラッドの剣があてられた。コンラッドの瞳には男の怒りよりも数倍恐ろしい熱を滲ませている。
「……貴様」
 コンラッドが剣をわずかに動かすと血が滲み、男は息を飲んだ。このままおれが何も言わずにいればコンラッドは男の首を跳ねるだろう。おれに「先に行ってください。すぐに追いつきます」とでも言って。
 それでもいいと思うが、それではだめだ。国や民……なにより、彼が理想としている自分の姿はこれではない。
「やめろ、コンラッド!」
 言ってコンラッドの元へ駆け寄り、剣の柄を握る手に触れると動揺したように少し震えておれの行動を窘めるように「陛下」と呼ばれた。
 怒ってる、怒ってる。
 コンラッドがおれのために怒っている。その事実がうれしくて笑ってしまいそうだ。でも、笑うなんてヘマはしない。
「このひとは悪くないだろ! いままでの歴史や行いがこんなことをさせるんだ」
「しかし、」
「しかし、じゃない。これがいまの現状だって受け止めなきゃだめなんだ。このひとだけじゃない、もっと多くのひとがおれに対して、そして魔族や人間がお互いに差別観を持っている。……ここでこのひとを切ったところでいままでと変わらないよ」
 剣を降ろしてくれ。
 言うと、コンラッドはおれと男の交互に見たあと、渋々剣を降ろして兵に男を拘束するように、と告げた。
 おれはそれを確認してから未だ憎しみの表情を浮かべる男に謝罪をし、今回なぜここを訪れたのかを根気よく説明する。もちろんわかってもらえるとは思っていなかったが、おれのはなしを聞くと男はわずかに強ばった表情を緩め「本当に、そんな世界をお前は作るのか」と聞き、その問いに「絶対に作るよ」と答えればふん、と荒い鼻を慣らし兵に引っ張られるようにして連行されて行った。
「……まだまだ、やらないことがいっぱいあるなあ」
 と、呟くとコンラッドの視線に気がつきそちらに顔を向ければ険しい表情を浮かべている。
「あなたは、優しすぎる」
 唸るように咎められおれはコンラッドから目を反らした。
「ごめん。……でも、」
 続くことばはコンラッドに抱きしめられて口にすることはできなかった。
「心臓が止まるかと思いましたよ。……もう無茶はなさらないでくださいね」
 うん、と小さく呟けばさらに抱きしめる力が強くなった。みんなが見ているというのに、もうコンラッドには見えていないようだ。おれたちを見守る兵が敬うように敬礼をする。おれの行いに対して。
 よかった。成功した。
 これでおれの株もまた上昇したに違いない。それにコンラッドもおれのことで頭がいっぱいになってるだろう。
 もっともっとおれを敬え、称えろ。あんたたちにはおれしかいないんだ。コンラッドもおれからもう二度と離れないように心に刻みつけておかなきゃ。
 そうして、おれはコンラッドの背中に腕を回す。
 ああ、なんて幸福なんだろう。
 おれってほんと、みんなに愛されてる。

END


おれの演技もなかなか捨てたもんじゃないね。

 

 




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