なんでも言って1(仮)



 せっかく広い部屋に引っ越したというのにこんなことになるなら……以前のみたいに別々に住んでいたほうがよかったのかな、と有利はひっそりとため息をついた。
 リビングに置いた食事。それは昨日の夜作ったもので、ラップがかけられたまま手をつけた気配がない。それをしかたがないと思いつつもじわじわと悲しさが有利の胸を締め付けた。
「コンラッドのばかやろ……」
 そりゃあ、自分が作る飯は焦げていたり、歪な形をしていたりするけどそれでも美味しいと食べてくれたのはやはりうそだったのか。
 有利はラップのかけられたハンバーグの皿を手にとるとキッチンへ向かいためらいなくそれを三角コーナーへと投げ捨てた。たぶん、コンラッドはこうして捨てていることを知らない。
 コンラッドは最近家を空けているほうが多いのだ。帰ってきたとしても夜遅く。夕食を摂る気力もなくソファーで寝ているし「昨日のテーブルにあった夕食は?」と尋ねられたときは「朝、おれが食べちゃったよ」と言ってうそをついている。
 もとから帰るのが遅くなったときは作らなくていいと言われているのだ。作って置いておく自分が悪い。
 それでも今日は、普段よりかは幾分気分がいい。コンラッドが休みなのだ。一緒にいられる……そう思い若干顔がにやけてしまう自分が乙女のようで恥ずかしい。
 昨日の夜は寝室にコンラッドが戻ってこなかったからおそらく、彼は書斎で寝ているのかもしれない。
 まだ朝の六時。コンラッドが起床するまでもうすこし時間がかかるだろうからとりあえず、朝ごはんを作って彼が起きるのを待っていよう。


 ――スクランブルエッグとウィンナー。トースト二枚とサラダをテーブルに盛りつけが終わったころ書斎から声がした。どうやら、コンラッドも起きたらしい。書斎から声がするからやっぱりそこで寝たんだろう。寝るんだったら寝室にくればいいのに。
 七時。休日でも早い起床だなと思いながら、書斎に向かうとばたばたと内側からドアが開いた。
「すみません、ユーリ。急に仕事が入ってしまいまして……」
 かなり急ぎなのか通話口に手を添えて話しかけてくる。通話口から洩れる相手の声はコンラッドに助けを求める声でたぶん後輩なんだろう。
「……そっか、それじゃ仕方ないな。行ってこいよ。あ、朝食用意してあるからさ」
「ごめん。このまますぐに向かいます。また今度埋め合わせさせてください」
 肩を引き寄せられ、額にキスが落とされる。謝罪と子供をあやすようなキスにちょっと腹が立つも、有利は急いで身支度を整えるコンラッドの手伝いをして送りだした。
「いってらっしゃい」
「いってきます。今日も遅くなるかもしれないから」
 言うと、コンラッドは早々と出て行ってしまった。あとに残るのはバタンとやけに大きく響いた玄関の扉が閉まる音だけ。
「……」
 わかってる。彼は会社でもかなり期待されているひとで、コンラッドがいなければまわらない仕事がたくさんあることを。たまの休日くらい一緒にいたいなどそんなわがまま言えるわけがない。
 一緒に住んでいるし、別れたわけでもない。キスもしてくれた。
 がまん、がまん。
「――さて、洗濯機まわすか」
 今日は快晴だし。窓に視線を移して背を伸ばすと、スボンに入れていた携帯電話がふるえた。着信をみれば友人からだ。
「……もしもし、村田?」
「おはよう、渋谷。今日はいい天気だね」


* * *


「――おいしい朝食、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
 テーブルに置いた皿が全部きれいに空になるのは久しぶりで、有利は思わず頬をほころばせた。
「食後にお茶煎れるけど、村田は飲む?」
「うん、よろしく。しかしまあ、渋谷も料理の腕あがったね」
 悠々とソファーに座り感想を述べる村田に苦笑する。
「スクランブルエッグなんてかき混ぜるだけで、だれでもできるじゃん。っていうか、村田はこんな朝早くから出かけるなんて珍しいな」
 言うと村田は鞄から一冊の本を取り出した。これまた分厚い。「好きな作家さんの新刊が今日発売でね。本屋の店員に友達がいるから取り置きしてもらったんだ。この作家さんの新刊ってすぐになくなっちゃうから」とうれしそうに返答する。
「ふぅん。……はい、どうぞ」
 ティーカップを村田に手渡し、有利がソファーに腰をかけると村田は困ったようにこちらをみて笑う。
「なんだよ?」
「だって、朝だっていうのにため息ついちゃってさ。コンラートさんとケンカでもした?」
 無意識にため息をついていたらしい。
「……ケンカしてないよ。ただ、」
 ただ、となにか口にしそうになり有利は慌てて口を噤み、なんでもないような素振りで紅茶を飲もうとしたがじっとこちらを見ている村田にはやはりフリ、は通じなかった。
「言いかけてやめられるのが一番気になるよ、渋谷。べつにケンカじゃなくてもはなし聞くし。どうせ、コンラートさん絡みのはなしなんでしょ」
「うー……」
 たしかにコンラッドのはなしではあるが、べつに言うほどの悩みではない気がするのだ。唸り声をあげて口を開閉してどうにかこの状況から抜け出したいがどんな理由でつけたところで村田に勝てるわけがない。
 有利はおずおずと口を開いた。
「……コンラッドが忙しいのはわかってるんだ。おれみたいな小会社じゃなくてだれもがうらやむ大企業に勤めてるんだから。でも最近、こうなるんだったら一緒に住まなかったほうがよかったんじゃないかって、思って……」
 以前は、コンラッドがマンションで一人暮らし。自分は実家と別々に住んでいた。あのときは、会えないことが当たり前でいまのようにコンラッドにこれほど不安を持ったことがなかった。彼がどんなに忙しいのか実際にみてわかったからからだと思う。前はデートのドタキャンが続けば、不満を漏らしていたがいまはそんなこと言えるはずがなかった。
「おれって欲張りだよな。引っ越したこの新しいマンションだってコンラッドが買ってくれたんだ。一緒にいたからって。おれのために仕事を頑張ってくれてるのわかってるのに――こんなことを思うなんてさ」
 容姿端麗の彼。いまでもいろんなひとにアプローチを受けているのを知っている。コンラッドに想いを寄せるひとは自分よりも素敵なひとばかりなのに、彼は自分が好きだと言ってくれる。
 なのに、自分ときたら……。
 つらつらと村田に打ち明けていくうちに、気分が滅入ってきた。社会人にもなって大人になり切れない自分が嫌になる。
 そうしてぐだぐだとしたはなしが終わり、村田の顔見て有利は小さく悲鳴を上げた。呆れているのかと思いきや、村田のトレードマークである丸眼鏡のレンズが逆行で光っている。
「む、村田……?」
 おずおずと声をかければ、はっとしたように村田が顔を上げた。(眼鏡にはどんな細工がしてあるのだろう。もう逆行で光ってはいなかった)
「いや、なんでもないよ。でも、渋谷も残念だったね。今日はせっかくコンラートさんと一緒に過ごせたっていうのに」
「いや、しかたないよ。仕事は仕事だし。おれだって、社会人だからどんなに仕事が大切なもんなのかわかってるから」
 空になったカップに新たに紅茶を注ぎ、ぼんやりとしていると村田が勢いよく立ちあがる。
「よし! 渋谷、僕とデートしよう!」
「……は?」
「だから、デートしようってば。本当はコンラートさんとデートする予定だったんでしょ?」
 いや、そんな予定を立ててないけど……と、有利は答えたが村田には聞こえていないのか「善は急げだ!」なんてわけのわからないことを言いながら手を引っ張った。
「今日はこんなにいい天気なのにずっと家でコンラートさんのことを考えていてもつまらないって。気晴らしに出かけようよ。……それとも、僕じゃ役不足かい?」
 拗ねた口調で言う村田に有利は思わず笑ってしまう。
「まさか。……じゃあ、デートしようか」
 近頃胸で燻っていた憂鬱な気持ちがわずかに晴れたような気がする。村田の言うとおりかもしれない。このまま家でひとりでいたら、もっと気分は下降してただろう。
 有利は手早く支度を整えると、部屋を出た。
「でも、いいのか?」
「なにが?」
「ヨザックは?」
「ああ、ヨザックもお仕事だから全然構わないよ。夜、遅くまでたっぷり遊ぼうね」
 恋人のことをさして気にしてないような口ぶりで語る村田に少々、有利はヨザックのことが可哀想に思えた。

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