ふたりぼっち。



 ひとは恋をすると綺麗になる。目の輝きが増し、相手のことを四六時中考えるようになりいままで見せなかった憂いを帯びた表情やほんのり頬を朱に染めたり……。とくに自分の恋人であるユーリはいままで恋愛をしていなかったこともあり、もとより美しいといわれていた彼が恋の病にかかると皆、彼の想いひとがだれであるのか気になっていた。自分であって欲しいと願いつつも自分ではないのだろうとだれもが思っていたに違いない。もちろん自分、コンラート・ウェラーもそうだった。
 ゆえに恋をするユーリを目にすると腹が立って仕方がなかった。彼にこのような顔をさせる相手にも。しかし、世の中わからないものだ。まさか自分が彼の想いひとであったとは……。
 一生隠すつもりでいた想い。だが、愛しいひとが泣きながら告白してくれて理性が保てるほど自分はできた人間ではない。そうしてやっと手にできた彼を手放すつもりはない。恋人になり、からだを重ねてしまえばなおさらだ。からだに回った毒はじわじわと脳も破壊する。いままで自制がきいていた場面でも己のよくぼうが顔を見せるようになってしまった。
 恋というものはこんなにもひとを狂わすものだと彼と出会い、恋をして恋人になって……もう百年は生きているというのに初めて知ったのだ。そしてその毒は抜けることがないことも。
 恋をすれば、可愛くなる。そしてからだを重ねれば可愛さだけではなく、色気も出てくる。それは本人が意識せずとも自然に。次の日に支障が出ないよう心がけているつもりだが、それでも色香はふとした仕草に現れひとの目を奪う。老若男女問わず。
 その視線が憧れや敬愛のものであればまだ我慢はできるが、場所によっては下心が大半を占めている。特に夜会では目に余るほどに。
 無粋な瞳に映る少年を彼らはどんな風に脳内で屈辱しているのだろう。考えるだけでも腹が立つ。夜会は嫌いだ。何度も剣の柄に手がかかる。彼らは想像するだけでユーリに触れることはないとわかっている。彼に触れて肌の隅々まで蹂躙することが許されているのは自分だけであると。しかし、それでも気に食わない。自分は嫉妬深いのだ。
 下品な笑みを浮かべる男連中の口を引き裂いて顎を砕いてしまいたいし、不躾な視線を送る女連中の目をえぐりたい。二度と妙な感情を持たないよう徹底的に切り刻み細胞ひとつひとつに教えこんでやりたい。
 ユーリの恋人だからと浮かれてなどいられない。誰をも魅了してやまないひと。どこにでもいる男を愛してくれたことはまさに奇跡のようなものだ。心に余裕などない。
「……コンラッド、どうかしたの?」
 不意に声をかけられ、はっとそちらに顔を向ければユーリが心配そうに小首を傾げていた。
「いえ、なんでもありません。毎回のことながらあなたはモテるなあと思って……。陛下はどうされたんです? さっきヴォルフラムと料理を取りに行ったのに。ヴォルフラムの姿が見えませんが?」
 尋ねるとユーリは肩をすくませとある方向に指をさした。
「あそこ」
 指のさきを目で追うと貴婦人に囲まれた弟の姿。
「ああいうのをモテるっていうんだよ、コンラッド」
 あれはおそらく、ユーリに対して恋愛感情を持つ者だと察してヴォフルラムが己に興味をひくようにし向けたのだ。普段の夜会であればヴォルフラムは壁の花を気取っている。
「ヴォルフラムは母親譲りの美貌の持ち主ですから……羨ましいんですか?」
 唇を愛らしくとがらせるユーリに問うと「そりゃあ、まあ」と答えた。彼が気づいていないだけだ。この夜会に出席している全員が彼の行動をことある事に盗み見てるというのに。
 ああ、全員切り刻んでしまいたい。
 そうすれば、嫉妬に身を焦がすこともないのに。
「でもユーリがヴォルフラムのように囲まれて笑っていたら俺は嫌ですね」
 嫉妬してしまう。と、耳元で囁くとユーリの耳が赤く染まり脇を肘で小突かれた。
「ばかなこと言ってんなっ」
「本当のことですよ」
 もっと言えば殺してやりたいくらいだ。
「……あまり嫉妬させないでください。この場であなたの唇を奪いたくなってしまう」
 言うとユーリはさらに顔を赤くして、コンラートを睨んだ。わずかに瞳が潤んでいるようにみえるのは気のせいだろうか。
「ねえ、陛下お願いがあります」
「なんだよ?」
「俺が嫉妬で気が狂わないよう縛り付けて欲しいのです。好きだと言ってはくれませんか?」
 小声で言うとさらに彼は頬を赤く染め、驚いたように目を見開いた。それもそうだろう。普段こんなことを言わないのだから。
 コンラートは唇だけを動かしてもう一度お願いをする。
 少年が自分の「お願い」に弱いことをわかっていて強請るのだから自分は本当にずるい男だ。
 ユーリはきょろきょろと目を泳がせたあと手招きをし、こそりと耳元で「好きだよ」と囁いた。
「こ、これでいいだろ?」
「ええ。ありがとうございます」
 恥ずかしくてたまらないのか、むにむにと唇を動かしているのがたまらなく可愛らしい。こうして彼を困らせ、愛のことばを聞くことができるのは自分だけだ。
 だれにも譲れない。渡さない。
「……困ったな」
「え、どうかした?」
「いえ、あなたが可愛らしくてどうしようもないなって思って」
 言うとユーリは呆れ口調で「そういうのはあんただけだ」と息を吐いた。 これを本気で言っているのだから困る。すこしは自覚して欲しいものだと思うが、やはりこのままでいいのだろう。
「そろそろ、夜会から退席しましょうか」
「いいの?」
「明日も仕事がありますし、もう夜も遅い。グウェンダルには俺が説明しておきますから。すこしここで待っていてくださいね」
 近くにいた兵を呼び、足早にコンラートはグウェンダルの元へ行くと顔を歪められて苦笑した。
「……まだなにも言ってないんですけど」
「小僧を退席させたいのならそうしろ。小僧よりもお前に出て行ってもらいたいからな。そのいまにも人を殺そうとしている目でいられては敵わん」
「それはそれは。大変失礼しました。……では、おことばに甘えて」
 そう、愛しいあの子はいまくらいがちょうどいい。 血に染まった手を大切なものを守っているあたたかい手だと言う。大切なもの。それはユーリただひとり。いまでも血に染めていると知れば少年はどんな顔をするのだろう。
 好きなひとの前では、いいひとでありたい。これからさきも――ずっと。
 こちらに手を振る少年にコンラートは手を振りながら願う。
 いつかこの世界がふたりだけになりますように、と。



END

ふたりぼっち。

 

 

 リクエストでいただきました、周りを牽制してる次男です。……牽制、してない。



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