Lentoな日常


 彼はよく笑う。十六歳という若さだから、どんな些細なことでも笑ってしまうお年頃ということもあるのかもしれないが、彼、ユーリの笑顔や笑い声はとても純粋で見ているこちらがしあわせになり、つられて顔に笑みが浮かぶ。
 いまもそうだ。執務の途中で摂政を務めているグウェンダルと王佐ギュンターが毒女アニシナに強制的に研究室へと連行されてそろそろ集中力もピークに達していたユーリに思わぬ休憩時間ができ、疲労困憊のユーリにミルクティーを渡すとまるでねこのように目を細めてへにゃりと微笑みをこぼしている。
「あーつかれたからだに甘いものはいいよなあ。からだにしみる」
「それはよかった。ああ、焼き菓子もありますから」
「ありがとー」
 焼き菓子のはいったカゴを差し出せば、より一層顔をほころばせた。しあわせそうに焼き菓子を頬張る姿は彼を幼くみせる。
「アニシナさんの乱入で、ギュンターたち連れてかれちゃったけどすぐに終わるって言ってたからキャッチボールしには行けないなあ」
 こんなにいい天気なのに、とすこしくちびるを尖らせる仕草につい、かわいらしいと口に出しそうになって慌てて飲み込む。彼はかわいいといわれるよりも格好いいといわれるほうが好きなのだ。ここでかわいいと言えば、ユーリはへそを曲げてしまうかもしれない。
「あなたが望むのなら、俺はお手伝いを喜んでしますよ」
 それが甘やかす行為だとわかっていても、自分はユーリのためならなんであろうと叶えてあげたい。王への忠誠だけではなく、恋人として叶えてあげたいと思ってしまう。ひとにたいして無条件でこのようなことを思う日がくるなどいままで考えたこともなかった。そう思うと彼が自分にとってどれほど大切なものなのか改めて実感する。
 コンラートが執務室からの脱走を助言する発言をすると、ユーリは一瞬うれしそうに目を見開いたが、首を横に振った。
「すっごく魅力的なお誘いだけど、今日はがまんしてギュンターたちの帰りを待つよ」
「おや、仕事熱心ですね」
 ユーリのことだから、すぐに誘いにのるかと思っていたのに。
 感心したようにコンラートが言うと、ユーリは「そんなんじゃないよ」と答えた。
「本当はあんたとキャッチボールしたいけど、今週末には一緒に遠出する約束をグウェンダルにしたから。その日に、書類を山のままでなんて執務の日程を調整してくれたグウェンダルに申し訳ないじゃん。言われたノルマよりもすこしでもいいから、終わらせたほうがおれもグウェンダルも気が楽だと思って。……結局自分のためだよ」
「自分のためだとは言え、ほかのひとのことも考えているじゃないですか。俺も遠出できるのとても楽しみです」
 今週末の遠出は自分とユーリだけで行く予定なのだ。眞魔国をすぎたさきにある美しい花が咲き誇る泉へと向かい、そのあとヒルドヤードで一泊することにしている。
 コンラートの言葉にユーリも遠出への思いをふくらませたのか「本当に、楽しみ」と呟きをもらした。
「それにコンラッドと一緒って久々な気がする」
 と、こちらを向いてみせる笑顔に白く整ったユーリの歯列が目にはいり、気がつけばコンラートは誘われるようにユーリの顎を掬い唇を重ねた。
「えっ! コン、ら……っ」
 戸惑いの声も口内に飲み込んで、ユーリの口内を舌で存分に蹂躙する。整った歯列をなぞり、胸を押し返す彼の手に自分の手を絡ませ、反対に背もたれへと押し返し接吻をより深いものへとさせる。
 次第に互いの心拍数と熱があがってくるのを感じながらゆっくりとコンラートは口を離せば、ユーリは喘ぎの混じる吐息をひとつ溢して、うっすら涙の浮かんだ瞳できゅっとコンラートを睨んだ。
「い、きなりなにすんだよ」
「いや、ユーリの歯ならびがきれいだな、と思って気がついたらつい……」
 素直に言うとユーリは、うっすらと頬を赤らめたまま「意味がわからない」とぬるくなったミルクティーを再び口に運びながら拗ねた顔をする。
「俺だって意味がわかりませんよ。ユーリだけなんです。ふとした仕草に、表情に、言葉に感情のコントロールができなくなるんです」
 ごめんね? と謝罪を口にすればユーリは、机に顔をつっぷした。そこから見える耳はさきほどの顔よりも赤く染まっている。
「なんで、あんたってそんな恥ずかしいことが言えるんだ……っ」
「あなたがいつも俺に言わせるような態度をするからですよ」
「責任転嫁するな!」
 ああ、ほらまた唇を尖らせて誘うような顔をみせるのだから、たまらない。
「本当のことなのに……」
 苦笑を洩らすと扉の向こうから疲労の滲むふたつの足音が聞こえてきた。どうやら、グウェンダルとギュンターが研究室から戻ってきたようだ。扉が開く寸前に、ユーリの尖る唇に掠めるようなキスを落とす。
「遠出のためにもお仕事頑張ってくださいね。ユーリ陛下」
 言えば、ユーリはそっぽを向いて小さく返事を返す。
「あたり前だろ、そんなこと。おれだってあんたと出かけるのたのしみにしてるんだ」
 本当に彼には敵わない。自分から言わせれば、彼のほうが恥ずかしい台詞を口にしていると思う。
 コンラートは、すこしばかり熱くなった頬を手で覆い隠してそそくさと定位置についた。

END
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