渋谷有利という名の高校生男子はとても無防備で、負けず嫌いだ。
 コンラートはちらり、と視線だけをユーリに向けて改めて思う。薄暗い部屋。ソファーにふたり、肩がくっついている。しかし、ユーリはそのことに対してなんの違和感ももたないようだ。
 ……それはやはり自分が中学生で同性だからなのだ、と理解しているものの歯がゆいと思う。
 さて、どうしてこんなことになったかといえば、コンラートの携帯電話にユーリから届いた一通のメールから始まる。普段、メールをしないのかユーリからの文面はとても簡潔なもので『突然だけど、今日おれの家に泊まりに来ない?』だった。メールが届いたのは夜の六時。一体なにがあったのかとすぐに電話をかけると電話越しにごにょごにょと彼は『今日家にだれもいなくてコンラッドにしか頼めないんだ』と言う。声音からして深刻な悩みではなさそうだったが、好きなひとから自分にしか頼めないと言われてしまえば頷くほかない。幸いにも明日は土曜日で学校も休み。コンラートは財布と携帯を持ってユーリの家に向かい、頼みごとが一体なんであるのかと尋ね聞いて思わず笑ってしまった。
『一緒にホラー映画を観てほしい』
 なんでも最近流行りのホラー映画が学校で話題になっていて友人のほとんどが観ているそうだ。無理やりそのホラー映画のDVDを押しつけられたらしい。一度は興味がないからと断ったが、友人に「もしかして、怖いのだめなの?」と挑発され、つい友人の口車に乗せられてしまい――現在に至る。
 ユーリは感情移入しやすいタイプだから、映画となればすぐにのめりこんでしまうに違いない。
 そうしていまも主人公の女の子に感情移入して――コンラートの手を握っている。恐怖で彼の手は普段よりも冷えている。怖いのなら見なければいいのにと思うが、好奇心のほうがまさっていて目が離せないのだろう。
 無防備すぎる好きなひと。
 いまなら押し倒してキスができそうだ。
 ……押し倒して、キスをして。付き合ったことがいままでない彼は鼻で息をすることを知らず、酸素を求めて口を開ける。開いた口唇を閉じないよう舌をさしこんでさらに深いキスを――と、不健全な妄想に耽っていると突然ユーリが声をあげてぎゅっとこちらに抱きついてきた。テレビを観れば画面いっぱいに血だらけの女の人。幽霊や宇宙人。非科学的なものを実際に目の当たりにしない限り信じない自分としては、まったく怖いとは思わないが、胸がどきどきしている。
 視線を戻せば潤んだ瞳で、こちらを見ているユーリ。無自覚だとはわかるがそれでも眉根を寄せて唇をきゅっと結んだ姿はどこか色気があり、鼓動が速くなった。
 ああ、押し倒したい。その衝動を、唾を飲み込んで抑えコンラートはユーリの背中をあやすように叩く。
「大丈夫ですよ、怖くない。友達に感想を言うんでしょう? あともうちょっとだから頑張って」
 言うとユーリは、はっとしたようにからだを離して目を逸らし「あっ! ……い、いや怖いわけじゃないよ! ちょっと驚いただけ、あははは……」と、そっぽを向いて再びテレビに顔を向けたが彼の手はわずかに震えているようにみえた。
 ユーリが学校の友人よりも自分に心を開いているのはわかる。でなければメールなんてしてくれなかっただろう。しかし、年上なのにこうして年下には弱いところをみられたくはないのかもしれない。
 コンラートはユーリに寄りかかる。甘えるように。
「すみません。実は、俺が怖いんです。だから、手を握ってもいいですか?」
 彼の返事もまたずに手を握ってみた。
「ほんとだ。コンラッドの手、ちょっと震えてる」
 笑いながら、ユーリが手を握り返してくれてわずかに体温があがる。そうしてまたふたりで手を繋ぎながらテレビを見るも、自分はゆっくりあがっていく体温で握る手が汗ばんでしまわないか心配で映画に集中などできずエンドロールになりやっと手が離れた。
「見終わったー! 喉乾いたからなにか飲み物取ってくる……あ、それから手を握ってくれててありがとうな」
 そう言ってユーリは部屋の明かりをつけてそそくさと出て行ってしまった。
 ……彼が気付かなくてよかった。手が震えていたのは自分からちょっと強引にユーリの手に触れてしまったこと。握り返してくれたその手から自分の気持ちが伝わってしまうんじゃないかという想いからだ。
 いつかは告白するつもりだが、まだ心の準備ができていない。いまは情けなくもこうして小さな優越感と妄想をするので精いっぱいだから。
 コンラートは繋いでいた手に唇を寄せる。そこにはまだ愛しいひとの体温が残っているような気がした。
「……ユーリがこのさき、ホラー映画を俺以外と見ませんように」
 あんな可愛い姿だれにも見せたくない。 



その中学生、悶悶。
(「……コンラッド、一緒にリビング行かない?」ひとりで行くのが心細いのか、ユーリがおずおずと尋ねてくる姿が可愛すぎて――ああもう、本当にどうしようもないです!)





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