末永く、爆発しろ!


 剣の指南を終えて、コンラートは主の自室へと向かった。指南が終わったら城下町へと出かける予定なのだ。
 自然に歩む足のペースがはやくなる――と、主の部屋から声がした。主、ユーリとその友人である大賢者、村田猊下の声だ。扉を叩こうとした手が止まる。彼らの話題は自分だった。
「――ウェラー卿ってさ、だれにも良い顔するじゃない? 八方美人ってやつ。なんでもないように談笑して、ひとを品定めして相手が自分に向ける善意も悪意もいいように利用するんだ。生き方としてはとても賢いと思うけど、それじゃただ生きてるだけだと思わない? あれじゃ人間の三大欲求だけを満たしてる人間のふりしたロボットだ」
「人間の三大欲求って?」
「睡眠欲と食欲、性欲さ。性欲にいたっては本当に見境なかったみたいだよね。夜の帝王っていうあだ名がつくくらいには……つまらない人間だ」
 猊下の口調に、嫌悪感がにじんでいるのがわかる。正直ユーリの耳に入れたくないことばかりだ。
 すべて猊下のおっしゃるとおりだ。
 自分は、上目っ面だけがいい……つまらない人間だ。
 いま、ユーリはどんな顔をしているのだろう。彼は、やさしいから「そんなことない」と言ってくれるのだろうか。しかし、内心では猊下のことばに対して共感しているのかもしれない。
 主であり、恋人であるユーリのことを信じられない己にコンラートは嫌悪する。
「うー……ん、」
 ユーリが悩ましげな声を漏らす。
「村田はそんなにコンラッドが嫌い? コンラッドとつきあってるおれにこんなこと言うくらい」

「まあ、ね。正直、別れたらいいのにって思うくらいにはウェラー郷のこと嫌いかな。渋谷は彼のどこが好きなんだい? 彼のやさしさなんて元婚約者のフォンビーレフェルト郷には及ばないし、フォンヴォルテール卿のほうが頼りになる。似てない三兄弟のなかで彼の長所は普通なんだ。悪い部分はダントツだけど」
「そうか?」
「そうだよ。すくなくともきみ以外はそう思っていると断言してもいい。ウェラー卿も頷くだろうね。……ね、本当に彼のどこが渋谷を惹きつけたんだい?」
 ユーリは、信頼しているひとにはうそをつけない。「そうだなあ……」と考えしばらく沈黙がながれた。その沈黙が答えだとコンラートは知っている。
 自分にいいところなどない。
 やさしい彼が、同情してくれただけだ。同情と愛の違いがわからない彼に、自分は甘えている。それをいま猊下は彼に告げる気なのだろうか。背筋がひやりとする。この扉を開けてなんでもないようにふたりに声をかければ、話題はうやむやになるのだろう。思うがノブに手をかけることはできなかった。
 情けない男だ。
「ウェラー卿はきみの恋人に向かないよ。彼は番犬、忠犬くらいの立ち位置がちょうどいい」
「コンラッドは犬じゃないよ、村田」
「ふぅん?」
「忌み子と言われる混血児でだれもが羨む王の子供。その狭間で生きるってどういうんだろうな。素直に甘えることなんてできなくて、ひとの顔色窺って生きるしか、たぶんあいつにはなかったんだよ」
 ユーリが言うと、猊下はそれを嗤う。「彼に同情してるってことじゃない」と。
「それもあるかもな。でも同情だけだったら恋人にはならないって。なんていうかわかんないけどおれはコンラッドの悪いところもいいところも全部好きなんだよ。……おれがコンラッドを好きになるのは問題ないことだけど、あいつがおれを好きになることは問題だ。臣下は王に恋愛感情を持って、ましてや告白するなんて御法度だ。いままで賢く生きてきたコンラッドならそれをわかってる。――でも、コンラッドはおれを欲しいって言ったんだ。だれかを愛したことない臆病な男なくせに……そんとき思ったね。この男をだれにも渡さないって」
 声にならない想いがコンラートの喉を震わせた。
 少年はうそをつかない。そしてことばを紡ぐ。
「コンラッドと出会って好きになって、恋人になって、おれは性格が悪くなったよ。コンラッドのことをだれがどんな風に思ってもかまわない。あいつはおれが全部独り占めする。コンラッドの愛してるのことばもキスもいろんな顔もおれだけが知っていればいいって思ってる」
 だから、悪いけどおれから別れる気はないよとユーリは言った。
「……コンラッドがたまに言うんだ。『あなたをもっと大切にしたいのにできない。やさしくできない。うまくいかない』って。それって本当の気持ちがコンラッドを動かしてるってことだと思うからおれはすごくうれしい」
「ねえ、もしかしなくても僕いま惚気られてるよね?」
 呆れ口調に猊下は返答して深くため息をついた。
「ああ、僕はかなしいよ。純粋無垢な絶滅危惧種の渋谷がいつのまにかそんなこといえるまでに大人になっちゃって……」
「こんなおれは嫌い?」
 意地悪そうな声で尋ねるユーリにコンラートはちいさく笑った。猊下がどうユーリに返答するのかなんて考えなくともわかる。
「嫌いにならないよ。だって、渋谷は渋谷だもの」
「それならよかった。おれも村田が村田だから好きだし、コンラッドがコンラッドだから好きなんだ。コンラッドが過去どんなひとを好きになって傷ついていまのあいつがいるならおれはそれを受け止めるよ」
「ごちそうさま。はあ、ウェラー郷をいじめるつもりだったのに、なんで僕がきみにいじめられなきゃいけないんだ」
 そろそろ聞き耳をたてるのやめたら?
 猊下が、ユーリではなく扉のまえにいる自分に声をかける。ノックを二回叩く。
「コンラートです。失礼します」
 ノブに手をかけ室内に足を踏み入れると、茶会をしていたのだろう。甘い焼き菓子の香りが鼻腔をくすぐり、不満そうな猊下と目があい、コンラートは頭をたれてうやうやしく礼をする。
「これみよがしに笑顔で登場しちゃってさ、僕やっぱりきみが嫌い」
「それはそれは」
 ユーリがこちらを振りかえり「コンラッド、稽古おつかれさま。終わったらすぐに部屋に入ってくればいいのに。聞き耳立ててたの? 意地が悪いぞ」とこどもに注意するようなくちぶりでコンラートに笑いかけた。
「入るタイミングを見失ってしまって」
「……それじゃあ、僕はここらへんで御暇しようかな」
 腰を持ち上げて、猊下はコンラートを通りすぎる。
「え、村田は一緒に城下町行かないの?」
「バカップルの間に挟まれておでかけしたっておもしろくないし、書庫で読書したほうがいいや」
「まあいいけどさ。……コンラッド、おかえり」
 椅子に腰かけたままこちらに手をのばす少年に近付いてコンラートは抱きしめた。
 はじめて利益など考えず、自分が『欲しい』と手を伸ばした――ただひとつのタカラモノ。
 好きでいていいと、どうしようもない自分をありのまま愛してくれるひと。
「はい、ただいま。ユーリ」
 少年の耳元で小さく吐息を吹きこむように「愛している」と呟くと猊下が扉のまえ、手をノブにかけこちらを振り向きもせずに声をあげた。
「リア充、末長く爆発しろ!」
 バタン! と、盛大な音を立てて扉がしまる。
「リア充、爆発……?」
 聞きなれないことばにコンラートが首を傾げるとユーリはくすくすと笑いながら胸にあたまをぐりぐりと押しつけたあと顔を見上げ、意味を教えてくれた。
「ようは末長くおしあわせにってことだよ。――末長く、よろしくな、コンラッド」
 焼き菓子よりも甘い声で言う愛しいひとにコンラートは唇を押しあてることで思いを伝えた。
「……城下町に行くのはまた今度にしませんか?」
「行かないかわりになにするわけ?」
 わかってるくせに。
「うんと、あなたをベッドのうえで愛したい」
 言うと、ユーリは自分にしかみせない笑顔を浮かべて頷いた。
 
END

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