Love telephone1



 小さな東の国。日本はとても偉大な国だ。コンラートは手のひらにある機械を見つめていつも思う。スクランブル交差点の信号機は赤。手のひらの機械――携帯電話がバイブレーションする。コンラートは、それを宙に放りあることばを口にした。
「ユーリ」
 すると、携帯電話は底から粒子となり姿を変化させた。漆黒の髪と目を持つ小柄の少年に。
「メールが一件、届いたよ。ヨザックから。急きょ明日臨時のプレゼンがはいった。出勤は一時間はやくなる。資料はこちらで用意してくれるからあんたお得意の講話術で先方を口説き落としてくれってさ」
 信号が青にかわる。四方八方からひとがスクランブル交差点を行きかうが注意もせずになんなく人ゴミをそれぞれ避けていく。携帯電話が人型になったのもまったく気にせずに。
 それもそのはず数百年もまえに生まれた者なら驚くこと間違いなしだが、いまは三十世紀。携帯電話が姿を変えてもだれも驚かない。これは、どこにでもある光景なのだ。
 携帯電話はありとあらゆる動物に変化をする。変化して道案内をしたり、携帯の主であるマスターを危険から助けることもある。いわば、唯一無二のパートナーだ。
 昔の人類は、新しいものを作るだけ作り快適な生活を追及してきた。それが現在では大きな問題になるとも想像することもなく。地球にある資源は無限ではない。そして、ゴミはどんなに細かく処理をしても、リサイクルをしてもゴミがゼロになるわけではない。そのことにやっと気がついたときには様々な環境問題がひとや地球を傷つけすぎていた。アメリカのシカゴ大学にある世界終末時計の秒針が世界の終末二分前をさして世界中の者が騒ぎだし研究者たちはどうにか食い止めようとしている。しかし、快適になった生活から不自由な生活に戻るにはかなりのストレスである。(人間とはわがままな生き物だ。)ストレスから多くの犯罪や自殺者を増やさないようにするにはいままでと同じ生活基準で地球保護しなければならない。
 そうして結果的どうすればいいのか、出た結果はなんとも安易なものだが『これ以上ゴミを出さないこと。モノを長く使うこと』だ。モノを長く使用するに至って一番必要なのが無機物に愛情を注ぐことだ。愛情がひとのこころを左右する。なにも語らないそれらに愛情を注ぐのは難しい。愛情を注ぐには、注いだぶんだけ愛を返してくれないと気持ちのモチベーションは続かない。これを解決するために科学者たちは機械に心を与えた。心とひとに愛されるカタチを。
 その最前線にあるのが姿を変える携帯電話だ。
 おおよそ、中学生はやければ小学生から持ち始める携帯電話。これに命を与えた。この携帯電話の登場によって、ひとは変わりはじめた。ある者は携帯を動物にある者は携帯を人型に(現在もっともポピュラーなカタチは人型である)変化させ対話をすることによって愛情を注ぎおおよその人間が五年から十年同じ携帯電話を愛用している。新しく携帯電話に導入されるプログラムはそのまま使用している携帯電話に安価な値段で取り入れられることと携帯電話以外の機械とコミュニケーションをはかることでまだ使える機械たちの故障の原因や寿命なども簡単にひとが理解できるようになったからだろう。(また、この携帯を一度手にしたら簡単には解約もできないし、故意に壊せば数百の罰金が何年か刑務所生活になる)そのおかげで世界終末時計の秒針は終末から二分前で止まっているものの動きは見せていない。この状態が続けば、むしろ秒針はもう一分前までには戻せるかもしれないと、昼間のニュースで大大的に取り上げられていた。
 ……世界と人間の危機を救った科学者たちにはコンラートも感謝しているが、正直他人ごとのような気持ちでいるので世界の終末がニュースで取り上げられてもそれよりも明日のプレゼンのほうがずっと気になるのが本音だ。
「ありがとう、ユーリ。ヨザックにわかったと返信をしてくれるかな?」
「おーけー」
 ユーリ(携帯電話には、必ず名前をつけることが義務付けられている。名前をつけると愛情がより増すためだと言われているため)は、頷くと「返信したよ」と答えた。
「で、コンラッドは今日はどこに出かけるの?」
「ユーリの服を買いに行こうと思って。ネットサーフィンしてたら、行きつけの店で新作が出てたんだ」
 長い交差点を渡りきって、大通りを左に曲がる。行きつけの店はこのさきにある。コンラートが言うとユーリは呆れたように唇を尖らせた。唇を尖らせるしぐさはまるで小動物のように愛らしい。彼の姿は、どこからどうみても人間そのものだ。
「いまのおれの姿は人間だけど、それは仮の姿だぞ。そんなおれに服なんて買わなくてもいいのに。フリーダウンロードできるマイキャラ衣装のURL教えただろ? あれでじゅうぶんだよ」
「たしかにそうだけど、俺にとってユーリは携帯電話とそのマスターだけの関係じゃない。ユーリは俺にとって特別な存在なんだ」
 たとえそれが、まやかしかもしれなくとも。
「ユーリの服を買うことは俺のすくない楽しみなんだ。その楽しみを奪わないで」
 ね、お願い。と、コンラートしおらしい声でこうとユーリは困ったように眉根をさげて「そういう顔するなよ」とそっぽを向いた。
 彼はコンラートのお願いが苦手らしい。
 まあそれをわかっていてコンラートはやるのだが、心やさしいユーリはそれに気がついていないようだ。
 有利がいうように、携帯電話の服はネットで買うのが主流だ。そちらのほうが衣装が安価で手軽だからだ。(現実世界で購入したものも、ネット内で購入したものと同様ユーリたちは手に入れることができ、そのままネット内で使用することが可能)けれど、コンラートとしてはあまりネット通販などでユーリの服を選びたくはなかった。そうすることによって、ユーリが機械でコンラートが人間であるという絶対的に越えられない境界線をまざまざと思い返されるのがいやだったのだ。
 自分はユーリと出会うまでは、ユーリよりもずっと機械人間みたいなものであった。なにも感じずからっぽな人生を送ってきていた。この世の中がどんなに快適になろうともコンラートの目に映るものはすべて白黒の世界であったのに、ユーリと出会って変わったのだ。
 とてもユーリが機械でできているなどコンラートには思えなかったのだ。
「……ッド、コンラッドってば!」
 呼ばれて、はっとユーリのほうを振り返る。
「どうしたの、ぼーっとしちゃって」
「いや、ちょっと考え事をね」
「とつぜんぼーっとするから充電切れたのかと思った」
 機械のような人間ではあったが機械でできているわけではない。コンラートはユーリの言葉に思わず噴き出した。
「ごめん、ごめん」
 気がつけば、もう店の近くまで歩いてきていた。
「ユーリに似合う服いっぱい買ってあげる」
 言って、コンラートはユーリの手を握った。触った感じも本当に人間のようだ。
 ただ、そこに体温はなくてコンラートはすこしだけ寂しく思う。

END
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