BAN! 自分よりも一周り、二周り……十周りも歳の離れたまだ二十歳にも届かない幼い恋人は強力な銃を持っている。 そしてそれは百発百中。 いつも、適格にコンラートの胸を銃弾が突き抜けるのだ。 「――なあなあコンラッド」 今年十八歳になった我が主であり、眞魔国二十七代目魔王であり、いつかこの世界のすべてを手に入れる魔族と人間の混血の少年、そして自分の命よりも大切な恋人ユーリが、自分の部屋の横長のソファーに寝そべりながら尋ねた。 彼の頭の横で腰をかけたコンラートは読んでいた本のページを閉じる。 「なんですか?」 二重瞼の大きな漆黒の瞳がこちらを見上げる。自然に上目つかいになるそのしぐさと、舌がわずかに短いのか舌ったらずな口調になるのがとても可愛らしい。ついつい甘やかしたくなってしまい、声音が甘いものに変わる。 「あのさ、おれと出会うまえのあんたはいまとちがうって聞いたんだけどほんと?」 「だれから聞いたんです?」 「あんたの心当たりがありそうなひと、全員。口をそろえて」 言われて、思わず苦笑する。心当たりと言われて浮かぶ者が多すぎる。コンラートは「そうですね……」とすこし考えるようにことばを口内で転がすようにしたあと、頷いた。 「どんな風だった?」 「あなたがみんなから聞いたことで合っていると思いますよ」 「ってことは、機械人間みたいでポーカーフェイス。女はとっかえひっかえのさびしくてだらしない男ってことか」 なんでもないような口調でさらりとひどいことを言う。おそらくユーリは意味は理解しているものの想像はできていないのだろう。彼にとってはコンラートという男が一体どういう人物か出会ったときからしか知らないのだ。親にも子供時代があったことを知っていながらもリアルな想像ができないような。 ユーリが聞きたいのであろうことを先回りしてコンラートは自分の過去をかいつまんでつらつらとはなしはじめた。とくに、彼がみんなから聞いた以前のコンラートの特徴が色濃くあらわれるような場面を。 ユーリは寝そべった状態から歩伏前進して頭をコンラートの太ももにのせて(いわゆるひざまくら)ウンウンと相槌を打った。「こんなかんじでしたね」と一通りはなし終えるとユーリは「へえ」と柔軟をするように天井に手をのばした。 「まだ気になることがありますか?」 「んー……なんでみんなはおれと出会ってコンラッドは変わったっていうのかなあって。だってもしかしたら表にあらわさないだけで、いままで変わってなかったのかもしれないじゃないか」 ただ、そういう機会がなかっただけでさ。と言うのでコンラートは、「いいえ、変わりましたよ。生まれ変わったと言ってもいい」とユーリがのばした手に自分を重ねてソファーにやんわりと押しつけた。 「あなたは俺の世界の中心で、あなたの感情とことばですべてが回っています」 自分という存在は、ユーリあってのものだ。 過言でも謙遜でもなくそういう風にできている。ユーリの頬が朱に染まる。その赤くなった頬にコンラートが口付けを落とせば、ぴくりと彼はからだを震わせた。 「あんたって本当にはずかしいやつだな……っ」 「俺は恥ずかしくないです」 「そりゃそうだろ」 わずかにユーリの口調がぶっきらぼうなものになった。照れている証拠だ。意味ありげに親指のはらで下唇を撫でるとより一層からだを固くする。普段であれば、すぐに「冗談ですよ」と唇から指をはなして笑うのだが、今日はせずそのまま自分の唇を重ねてみる。 「ぁ、」 驚いて声をあげた彼の声を自分の口内へと誘う。口唇を密着させ共有している酸素を奪うように息を吸い込み奥に隠れていたユーリの舌にコンラートは自分の舌を絡めた。ちいさな少年の舌は弾力があり擦ると気持ちがいい。重ねていた手をほどいてユーリの両耳をやんわりと塞ぐ。耳を塞ぐと口内の水音が鮮明に聞こえるためか、羞恥心で彼の肢体がときおり魚のようにはねる。 本当に、かわいい。 ようやく口をはなすと服越しでもユーリの胸が上下しているのがわかった。キスで濡れた唇を乱暴に手の甲で拭いながらユーリがコンラートを睨む。その瞳も涙で濡れていてあまり本来の意味をなしていないが。 「い、きなりなにすんの」 「俺がどんな風に変わったのか、実際に体感していただこうと思って。……こういう行為もね、いままで好きじゃなかったんです。キスとかセックスとかなりゆきでするようなものだと思ってました。だからみんながいうように本当にだらしなかったんです。俺にとって初恋はあなたで、さまざまな感情が自分にあることを知ったのもあなたのおかげなんです」 「……おれ、なんにもあんたにしてないけど?」 「そう思っているだけですよ」 どれだけこの少年に救われてきたのかわからない。ことばが足りないほどに助けてもらっている。 「でも、さ」 わずかにユーリの声音が柔らかくなる。 「おれもあんたと出会って変わったこといっぱいあるんだよなあ。自分でわかるもん。コンラッドと恋人同士になってからささいなことでさ、不安になったりして……こんなの自分じゃないって思うのに、そんな自分もきらいじゃないんだ。いまのおれがおれは好きだ。コンラッドもそうだといいなって思って……こんなはなしした」 「そうですか」 はにかむようにユーリが笑う。 「もちろん、俺はいまの俺が大好きですよ」 自分自身が好きになることなどないと思っていたが、彼と出会って変わった。自信がもてるようになった。 ユーリには剣術や体術、自分を守るものもなければ攻撃するものもない。けれど、だれよりも強い心がある。どんな困難にも負けない心。 「あなたが愛してくれる、あなたを愛する自分がたまらなく好きです」 「そっか。それはうれしいな」 少年の手をとりコンラートは己の胸へとあてる。そこからじわりと切ないような痛みが走る。いままで知らなかった痛み。 ――愛しい、痛み。 切ない痛みが心臓を突くたびに、自分は彼を愛しているのだと実感する。 「……ねえ、ユーリ」 「ん、なんだよ?」 「俺のこと、愛してるといってくださいませんか」 いうと、キスをしたときよりもユーリは目を大きく見開いた。照れ屋な彼のことだ、きょとんとした表情から眉尻をきゅっとあげて悪態をつくのだろう。 コンラートが予想したとおり、ユーリは長いため息をこぼしながら上半身をもちあげ眉尻をつりあげた。 「なーに、言ってんの。コンラッドサン」 不服そうに唇を尖らせる恋人。彼が愛のことばをすることなんてめったにない。 怒らないでください、冗談です。と用意していたセリフを開いた唇に突然やわらかいものが触れた。 「おれの知らない昔のだらしないコンラッドもいまのへたれなコンラッドもぜんぶひっくるめてちょー愛してますけど、なにか文句でもある?」 男前。そのことばが似合う表情でユーリが挑発するように首をかしげた。 ああ、本当に。 コンラートは再び胸を抑えて、堪え切れない笑い声をこぼす。 「まったく。あなたには敵わない」 たった一言の弾丸が、機械人間だといわれた男の心臓を貫く。 「文句なんてありません。最高だ。だからもう一回キスしてもいいですか?」 「その、だからってなんだよ」 「なんでしょうね?」 少年の頬に手を滑らせると、どちらともなくふつりと会話が途切れて唇が重なる。キスがこんなにも気持ちのいいものだと知らなかった。いままで、数えきれないひとと繰り返した行為なのに、気がつかなかった。 「ユーリ、愛してます」 言うと、ユーリは「もう知ってるよ」と背中に手をまわした。 あたり前に言ってしまう、彼がとても愛おしい。 氷の塊のような心臓と感情に少年のことばの銃弾が突き刺さり、打ち砕く。もう数えるほどしか氷はない。ユーリが空けた穴からは、春のようなあたたかさと切なさの混じる風が吹く。 でもきっとそれは、コンラートだけの特別じゃない。 愛する者からの銃弾を受けただれもが知っている。 END |